第二次『幻想と怪奇』に喝采!
伝説の雑誌〈幻想と怪奇〉が45年の歳月を経て甦った!
昨秋に旧号12冊から作品を採った『幻想と怪奇 傑作選』を刊行し、このたび第二次『幻想と怪奇』として新創刊である。書店・取次の扱いは雑誌ではなく書籍だ。本欄では書店に置かれている時期が限定される雑誌は取りあげないのだが、本書(という呼びかたはしっくりこず、気分的にはやはり雑誌と言いたいのだけど)は範疇内である。
まずは、編集人の牧原勝志さんに拍手を。彼は各社で幻想文学の企画を実現させてきた、この道ひとすじの傑物である。
新しい『幻想と怪奇』の一冊目は「ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會」と題し、19世紀後半のイギリス作品と、その時代に材を採った現代作家の作品を集めている。
SFサイドで「ヴィクトリアン」といえば産業革命と急速な都市化のイメージが強いのだが、本書のひとつの柱となっているJ・シェリダン・レ・ファニュ(「トム・チャフの見た幻」と「ドラムガニョールの白い猫」およびオーガスト・ダーレスによる模作「教会墓地の櫟」を訳出)は、荒野や平原、廃墟化した町が舞台だ。
また題材的にも、チャールズ・ディケンズ「幽霊屋敷の人々」、ウィルキー・コリンズ「食器棚の部屋」(この二作はディケンズが企画したリレー小説のうちの第一話と第五話)では幽霊屋敷、リチャード・マーシュ「奇妙な写真」では心霊写真と、神秘的な現象や気配が中心となる。SFの鼻祖H・G・ウエルズも、アフリカの呪術を扱った「ポロックとポロ団の男」で登場。
本書冒頭のエッセイ「ヴィクトリアン・インフィニティ」で北原尚彦さんが、次のように述べている。
ヴィクトリア時代は大きな変化の過程にあり、様々な「両極」のものが入り混じっていた。科学が急速に発展しているのに、心霊術が流行し降霊会があちこちで開かれた。
先述した急速な都市化も、ひとびとの生活に光ばかりではなく、むしろ新しい闇をもたらした。その象徴とも言うべきが、切り裂きジャックである。この事件を題材に夥しい数のフィクションがつくられているが、本書ではそのうち最初期に位置する作品としてベロック・ローンズ「下宿人」(オリジナル版)を採っている。オリジナル版と断っているのは、のちに加筆されて長篇化されているからだ。凄惨な連続通り魔事件が世間を騒がすなか、老夫婦の家主が謎めいた下宿人を疑いはじめ……というプロットだが、疑念が左右に揺れるさまが絶妙。
いっぽう、現代作家による作品では、キム・ニューマン「ジキル博士とハイド氏、その後」がもっとも面白く読めた。スティーヴンスン『ジキル博士とハイド氏』後日譚で、ジキル博士とは別にハイド氏が存在したとの大胆な設定のもと、いっそう不吉な物語が展開される。たんにオリジナルをひっくり返すのではなく、人間心理の二面性というテーマに別な切り口でアプローチしているのが見事。
日本作家では、高野史緒がワイルド『ドリアン・グレイの肖像』を裏返しにしたような「アイリーンの肖像」、井上雅彦が霧のなかで怪異が二転三転する「霧先案内人」で登場。どちらも、作家の個性がよく出たショートショート。
さて本書の最大の呼びものは、荒俣宏・島村義正・竹上昭の三氏による「回想の『リトル・ウィアード』」だろう。怪奇小説ファンなら知らない者はいない、伝説のファンジン『リトル・ウィアード』の軌跡を貴重な楽屋話をまじえて振り返る。『リトル・ウィアード』の総目次つき。
(牧眞司)
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