尖閣を奪われたらどうなるか

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尖閣を奪われたらどうなるか

今回は津上俊哉さんのブログ『Tsugami Toshiya’s Blog』からご寄稿いただきました。

尖閣を奪われたらどうなるか

現下の尖閣問題を巡る論調に違和感を覚える毎日です。「門外漢」ですが、領空侵犯して「突飛な想定」をしてみました。

尖閣を奪われたらどうなるか「突飛な想定」と言うなかれ

尖閣の島の譲渡を巡る議論が喧しい。東京都にせよ官邸にせよ、譲渡推進派は、(1) いまの 「緩い実効支配」 は中国による軍備増強、領海侵犯の常態化にさらされており、これ以上放置すれば、やがて中国に尖閣を奪われる、(2) 中国はいま政権交代に加えて薄煕来事件など不安要素を数々抱えており、対外的に強い動きができる状況にない、(3) したがって、いま実効支配の強化に動くべきだ、といった考えに立っていると感じられる。今回は(2) の 「中国はいま対外的に強い動きがしにくい」 という判断を中心に、門外漢ながら私見を述べたい。

紛争本格化は譲渡後の実効支配強化のとき

所有権譲渡は中国や台湾の反発を買うだろうが、所詮 「紙の上」 の話である。取得者が外交主体でもある 「国」 になるとギラつき方がいっそう増すが、それだけで日中が 「一触即発」 になるとは考えにくい。この限度なら、中国は領海侵犯を頻繁化して対抗するほかは、南沙で最近やったように、行政区画の設定という 「紙の上」 で対抗する程度だろう。政権交代で忙しい年内は、それで十分である。

やっかいなのは、日本側の作為が所有権譲渡だけでは済みそうにないことだ。現所有者は、譲受人が島を活用、振興することを望み、譲渡の条件にしているようである。東京都にせよ国にせよ、この点を約束しないと、そもそも譲渡が実現しそうにない。

しかし、巷間伝えられる避難港・灯台等の建設となると、もはや 「紙の上」 の話では済まない。中身は平和的な作為であっても、中国にとっては2010年秋の漁船衝突事件で 「国内法を粛々と執行」 されそうになったのと同様、「実効支配強化」 そのものである。日中間に 「棚上げ」 合意があるとする立場からは、とうてい座視できない仕儀となる。という訳で、今次尖閣紛争が本格化するのは譲渡の時というより実効支配強化策が実行に移される時、具体的には来年であると思う。

日本の実効支配強化に中国はどう出るか

さて、実効支配強化を目の前でやられたとき、中国がどう反応するか? が本題だ。

中国が武力行使など強硬策に出れば、中国 「世論」 は拍手喝采だろうが、燃え上がった国民感情は様々な国内問題に引火しかねない危うさがあると学んだのがこの10年間だった。日本には 「中国は国内の矛盾から国民の目をそらすために、意図的に対外紛争を求める可能性がある」 というステレオタイプがあるが、中国の内情はそれほど盤石ではない。とくに多事多難の昨今、「日本は寝た子を起こしてくれるな」というのが中国指導者の切なる願いだろう。

他方、日本政府に実効支配を強化されて、おめおめと引き下がる、或いは 「強硬なのは口先だけ」 と見透かされたのでは、政権が持たない。解放軍というより、そのバックにいる党内の (OBを含む) 保守・強硬派から退場を迫られるだろう。実効支配強化が実行に移されてしまったら 「何もしない」 訳には行かない。

(偽装) 漁船多数を繰り出し、迎えうつ巡視船を数で押し切って上陸を果たす・居座る、或いは日本政府は 「防衛出動」 (=宣戦布告) を決断しきれないという読みに立って、いきなり正規軍で急襲・占領する…実力行使により尖閣を占領する方法は幾つかありそうだが、容易に解決できない二つの難問が立ちはだかる。

第一は、尖閣を奪えても、占領を恒久化しようとすると、どえらいお荷物を背負うことである。尖閣は飲料水の確保もままならぬ何もない島だ。日本自衛隊の反攻に備えて相応の大部隊を駐屯させる、補給を確保する、周辺の海・空域に艦船・航空機を常時貼り付ける等々、途方もない金食い虫になることは必定である。

第二、もっと大きい問題は、中国が尖閣を奪えば、日本以上に米国の面子と利益を大きく損なってしまうことだ。中国に奪われた尖閣を奪回するために米国が武力出動するシナリオは非現実的だが (注)、一方で日本の救援要請をそっけなく見殺しにしたら、他の同盟国の米国に対する信任も地に墜ちてしまう。アセアンなども、いざというときにアテにならない米国から離れ、「東アジア・カムバック」 は笑い話になるだろう。

尖閣有事が発生すると、米国の外交・安保政策も窮地に陥る。それは 「中国外交の大勝利」 か?……そんな近視眼的評価は犬も食わない。米国にそれだけ恥をかかせ、国益を損なわせたら、その後の米中関係はどうなるか。中国が尖閣奪取に踏み切れない最大の障害はここにある。

武力行使後「兵を退く」シナリオ

しかし、実はこの障害を解消する方法があるのである。米国は尖閣のために戦争をすることはないが、自国の外交・安保資産を保全するために、全力で外交努力をするだろう。中国が障害を解消する手がかりもそこにある。いったんは武力行使で尖閣を奪うが、間違いなくやってくる「米国の仲裁」を容れて「兵を退く」心積もりで最初から臨む、ということである (「中国がいったん獲った領土を返す訳ねぇだろ!」 というネトウヨの声が聞こえてきそうだが、それは 「思いこみ」 である)。バリエーションとして、中国が侵攻軍を出動させ、字義どおり 「一触即発」 になったところで米国が割って入るという、もう少し 「ライトな」 シナリオもある。

このようなシナリオのポイントは、(1) 中国の面子が立つ、(2) 米国の顔も立てて関係を損なわない、(3) 日本に 「実効支配」 されている現状を中国に有利に改変する、の3つである。どの程度の現状改変を求めるだろうか。「ライトな」 シナリオにおけるボトムラインは、国や都が譲渡後に進めようとしている実効支配強化を取り止めさせることだろうが、尖閣を中国が占領した場合は 「兵を退く」 代償も大きくなる。緩くても日本が排他的に実効支配する昔 (例えば日本の巡視船が周辺海域を常時遊弋して中国漁船を追っ払う) への復旧は拒否するだろう。

仲裁に出る米国は日本を説得しなければならないから、仲裁の中身が日本にとって酷になることは避けたいところだが、そこが米中の談判のしどころだ。米国を乗り気にさせるために、中国が米国に 「保証・立会人になれ」 と求めるというシナリオはどうだろうか。米国が保証人になることを通じて、尖閣諸島の 「共同利用」 の途を開く。例えば、日中両国が出捐して避難港や灯台の建設を米国に委任する(但し、米軍の駐留・管理は不可)、完成後は日中双方が 「共同利用」 する、一方、巡視船や海監船を周辺に派遣することは双方が控え、保証人がこれを確保する、といったイメージである。中国にとって、庭先で米国の力を借りるのは理想の姿ではないが、全ては比較考量、尖閣を情緒不安定な日本の意のままにされるより、よほどマシである。

仲裁に止まらず後々の管理まで責任を負うのは、米国にとって面倒でやっかいな仕事だが、こういう仲裁が成立すれば、軍隊は出さずに外交で危機を回避し、同盟関係のクレディビリティも最低限守られる。また、日中関係のいちばん機微な箇所に直に参与できる、いわば日中関係の首根っこを押さえる立場に立つことにもなる。考えようによっては、値打ちある立ち位置だ。

中国にとっては、刀の鞘を払った (中国語では 「亮剣」 (刀身を光らせた)) 後で、米国の仲裁を容れて「兵を退く」 ことが、国内世論や保守・強硬派の同意を得られるかが関門だ。とくに、いったん島が獲れた場合、「兵を退く」 抵抗感は大きいだろう。

しかし、上記のような現状改変が獲得でき、さらに面子が立てば (例えば、仲裁のために、米国大統領が北京に飛んでくる、といった演出をすれば)、「米中主導で地域の危機を回避した」 という勝利の宣伝をして、国内合意が得られるだろう。口先でいくら強硬論を吐いていても、米国を本気で怒らせたら後が怖いことは誰でも分かる。保守・強硬派と言ったって、たいていは子や孫が留学したり在住したりで、米国のお世話になっているのである。全てはネゴシアブルだと見る。

「突飛な想定」 が現実化したとき、日本はどうなる?

問題は日本だ。米国が仲裁すると言っても、日本の利益専一ではなく、最後は米国の国益優先で仲裁される。中国という 「相手のある」 話である以上、程度の軽重はあれ 「緩い実効支配」 の昔には戻れないだろう。それに不服でも、米国の仲裁の手を振り払って、単独で戦争に踏み切る決断が日本にできるとは考えられない。「日本に独自の軍隊を持たせない」 という日米安保条約の書かれざる一条 (孫崎享氏の表現) の輪郭が立ち上がってくる思いだ。

上述 「保証人」 スキームが米中間で選好された場合、大袈裟に言えば、日本の安全保障の立ち位置は一変してしまう。従来は日中が向かい合い、安保条約により日本の後ろに米国がいる形だったのに、今後は、尖閣等の領土・領海問題について、日中の間に米国が割って参与する形になるからだ。日本独自の対中外交の範囲は狭まり、米国の監督・掣肘を受ける領域が増す。それは本来、日本にも中国にも好ましくないことだが、全ては比較衡量である。中国が日本との直交渉より米国とのディールの方により大きな価値を見出し、かつ米国がそういう仲裁案に乗れば、日本はその結果から逃げられない。

ついでにもう一つ、おぞましい話をする。以上の想定が正しければ、日本は 「中国に未来永劫、尖閣を奪われる」 最最悪の結末まで心配する必要はなくなるのだが、中国が長期にわたって 「どえらいお荷物」 を背負う事態にならないし、米国の顔が立つ途もある……ということは、中国が実力行使に踏み切るハードルは想像したほど高くない、ということだ。

以上のようなオチの用意ができている場合、限定的、抑制的な軍事行動で 「日本に教訓を与える」 シナリオは、さほど荒唐無稽ではない可能性がある。筆者は心配性なので、当局に近いが当局ではない米・中の人間同士が極秘裏に 「尖閣有事が起きたら…」 という形で、こういうアイデアを互いに相手に 「アテ」 合いっこしていても驚かない。

尖閣問題は慎重を期せ

繰り返しになるが、今次尖閣問題の焦点は、所有権譲渡そのものではなく、その後に続く実効支配強化にある。東京都も官邸も、対中姿勢は強硬化の一途だが、その一方で海保庁の巡視船、自衛隊の島嶼防衛態勢のいずれも、バリエーションに富む中国の侵攻に対する十分な構えができている訳ではない。譲渡推進派は冒頭に記したとおり、「中国はいま対外的に強い動きができる状況にない」 と読んでいるようだが、高を括って 「実効支配強化」 に動き出すと、「想定外」 の痛い目に遭うのではないか。都知事や総理ら個人が痛い目に遭う分には構わないが、「緩くても実効支配」 してきた権益を喪うのは日本国なのである。

尖閣は慎重の上にも慎重を期した運びが求められる重大問題である。備えもしないまま、選挙目当ての人気取りやいっときの情緒で重大国策を弄ぶのは止めてもらいたい。
(平成24年8月1日 記)

注:漁船衝突事件が起きた2010年秋、クリントン国務長官は 「尖閣諸島は日米安保条約の対象範囲」 と明言したが、一方では国務省スポークスマンが 「主権の所在については、(日中) いずれの側にも立たない (=中立)、両国が冷静に話し合いで解決を」 と年来の立場を改めて表明して、長官発言のギラつきをオフセットした (米国務省サイト)。また、米軍が日米安保条約に基づいて中国と交戦するには、国内手続として議会の承認も必要である。いったいどれくらいの時間がかかるだろう? 加えて、お互い気を許さない一方で抜き差しならぬ深さに及んでいる米中の経済・外交関係を考えれば、日米安保条約を発動し、日米連合軍が中国と交戦するというシナリオはまったく非現実的である。

執筆: この記事は津上俊哉さんのブログ『Tsugami Toshiya’s Blog』からご寄稿いただきました。

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