“封殺された名優”アンソニー・ウォンが語る香港映画界の希望と現実 映画『淪落の人』インタビュー
▲アンソニー・ウォン
2月1日(土)から映画『淪落(りんらく)の人』が公開される。本作は、事故で半身不随となった中年男性チョンウィンと、彼を世話することになったフィリピン人家政婦エヴリンが、属性や文化的背景を超えて理解し合っていく姿を描いた作品だ。主演のアンソニー・ウォンは、日本では『八仙飯店之人肉饅頭』の猟奇殺人鬼や『インファナル・アフェア』『エグザイル 絆』などの硬派な役柄で知られているが、本作では人間的な弱さやキュートな一面もあわせもつ繊細な人物を演じ、3 度目となる香港電影金像奨・最優秀主演男優賞を受賞した。
ウォンは、俳優としては2014年の香港民主化運動“雨傘革命”を支持して以来、中国映画市場から封殺されてしまったことを公表している。そんな中、新人のオリヴァー・チャン監督からの本作の出演オファーを受け、ノーギャラでの協力を申し出たという。今回のインタビューでは、香港政府が企画する首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative/FFFI)の第三回コンペを経て公的資金で製作された本作の舞台裏や、現在の香港映画界、そして自らのキャリアについて言葉を選ばず語ってくれた。
――そもそも、なぜこの作品への出演を決められたのでしょうか?
プロデューサーのフルーツ・チャンさんがもともと友人で、彼の紹介でオリヴァー・チャン監督と会いました。最初にお会いした時には、非常に映画に対する情熱を持っていて、仕事にも誠意を持っている。大袈裟なところもなく、堅実な感じがしたので、一緒に仕事ができるな、と思いました。ここ最近、わたしも出演の機会が少なくなってきていたので、この映画に出会えてよかったと思います。
――オリヴァー監督は、脚本の無い段階でプレゼンに来られたそうですね。
まあ、だいたい脚本が無いことが多いので、まずはプレゼンを聞いて、面白かったらそこからどうするか?という話になります。この作品のテーマのひとつは、フィリピン人の家政婦の“阿媽(アマ)”さんです。私は以前から、なぜ香港映画が彼女たちの存在を取り上げてこなかったのか?と思っていたんです。私の知る限りでは、この映画は彼女たちをメインテーマにした初の作品だと思います。そういうテーマに惹かれるところがあったんです。こうした、“初めて”の映画に関わることが出来て、非常にラッキーだったし、光栄です。
――香港に住むインド人のみなさんにもご興味があったと聞いていますが。
そうですね。というより、インド人だけでなく、香港に貢献している全ての方々に関心がありました。パキスタン人、ユダヤ人、タイ人……色んな国から来られた方が、香港のために力を尽くしてくださっているわけです。私からすれば、そこに住む全ての人々が香港人ですよ。
――オリヴァー監督は、FFFIの第一回作品『誰がための日々』(ウォン・ジョン監督)の製作を参考にして、アンソニーさんにできるだけ安く出演していただけることを見越していたと聞いています。
監督から言われたというよりも、フルーツ・チャンさんとのお話ですね。この作品は政府の助成金で製作されていて、非常に予算が限られていたので、なかなかこちらからは金額をリクエストしにくかった。私が他の作品で貰っている額をそのまま提示しても、まず払えないでしょうし、かといって自分のランクを下げるわけにはいかない。だから、「いっそのこと、ノーギャラでやりますよ」と言ったんですが、フルーツ・チャンさんは、「公開されて興行収入がよかったら、そこから歩合で払うよ」と提案して下さったんです。まあ、私は、「それは、ゼロってことだよね」と言いましたが(笑)。
――(笑)
▲プロデューサーのフルーツ・チャンは本編にも出演(写真中央)
この規模の映画を映画館で上映しても、ほとんどが1週間もたないんです。でも、もう1年くらい上映が続いています。それでも、まだギャラの話は一切していませんが。当時は、とにかく彼女を助けたい一心でした。
――演じられたチョンウィンは、キュートな一面もある、非常に魅力的なキャラクターでした。オリヴァー監督は、他の作品とは違う、ウォンさんの可愛らしい一面を引き出したかったそうですが。
私も色んな役を演じてきたので、日本に紹介されてきた作品のイメージとは違うかもしれませんが、こういう役柄は初めてではないんですよ。ただ、私の可愛らしさを見つけていただけたのなら、それはありがたいです(笑)。
――オリヴァー監督の演出はいかがでしたか?
合格です。演出に関しては、あまり細かい話はしなかったです。だいたい、「どんなシーンが欲しいか」を言ってくれれば、対応できるので。この作品は、本当に彼女にピッタリでした。もちろん、監督・脚本・編集を一人でやっているから、ということもありますが、彼女の性格によるところもあると思います。ロマンスに対する憧れのようなものがあって、そこが彼女に合っていると思いました。
▲オリヴァー・チャン監督 第14回大阪アジアン映画祭にて
――アンソニーさんが沢山スラングを使われるので、カットしたところもあったそうですが。
あんまり覚えてないです(笑)。ずっとカメラを回し続けていたので、どこまで使われているか、わからないんですよ。ベテランの役者はどこまでが脚本どおりで、どこからがアドリブか、一切意識しないものです。撮影中は何でも自由に表現するので、当然、脚本を超えて、その場で思いついたことも話し続けます。新人の俳優だったら脚本どおり演じて、「はい、終わり」だと思いますけど、我々には“演じている”という境界線がない。なので、どこが使われるか、使われないかは、監督にお任せしています。(本編を観ても)どこか切られたな、とも思わなかったですね。
――エヴリン役のクリセル・コンサンジさんは、ほぼ新人ですよね。撮影期間が短いにも関わらず、お二人のお芝居には心を打たれました。
彼女をよく知らずに撮影に入ったので、ロケが終わってからどんな役者さんなのか知りました(笑)。香港には住んでいらっしゃらないと聞いています。香港に長く住んでいるフィリピンの方、インドの方には、それぞれ文化圏があるんです。彼女は最初、現場ですごく緊張していたんですけど、それは私のことをビッグスターと思ったからじゃなくて、何者か知らなかったからでしょう。ただ、彼女は歌手でもあるので、やはり耳がいいですね。彼女にとって広東語は外国語ですけど、聞いたものをすぐにリピートできるし、反応できる。これは、彼女ならではの技というか、すごいところなんだと思いました。
――英語と広東語が入り乱れるシーンが多いです。アンソニーさんは英語を流ちょうに話されるのに、片言で話すのは逆に難しくなかったですか?
そんなに難しくはなかったですよ。香港の人は、だいたい英語と広東語で話すので。私の英語は流ちょうに聞こえるかもしれませんが、日本で言えば、関西の人が東京に行って、話しているような感じだと思います(笑)。
――中国市場から締め出されていたことを公言されています。本作で電影金像賞の主演男優賞を受賞されたことは、キャリアの転機になりそうでしょうか?
転機にはならないと思います。なぜなら、政治に転機が訪れていないので。賞を獲ったところで、全く変化はないでしょうね。中国から締め出されている作品で、自分がどうなろうが関係ない。仮に自分が素晴らしい作品を作れたとしても、もう一度中国に受け入れられることはないでしょう。
――そうですか……大陸資本の作品に出演しなくなってから、俳優としてのスタンスに変化はありましたか?
まったく変わりません。というのも、そもそも作品を選べるような環境ではないんです。例えば、AとBから選べるならいいですが、そんな機会も全くないので……。
――若手監督を育てる企画から、本作は生まれました。アンソニーさんご自身も、若手の力になりたいという思いがあるのでしょうか?
残念ながら、今の香港の映画界には若手を育てようというムードはほとんどないと思います。私自身はお手伝いしようと思っていますが……香港映画界全体を見ると、そういう考えはほぼないと思います。あるとすれば、以前のジョニー・トー監督がそうだったと思うんですが、今はどうなっているかわかりません。かつての香港の映画産業は死んでしまったし、ほとんどの映画人は脱出して、中国本土に行ってしまいました。新世代はまだ赤ん坊のような存在なので、今から育てようとしても時期尚早というか……すぐに成果を出せと言っても、それは難しいでしょう。
――FFFIは、評価の高い作品を輩出しているので、希望を持っていたのですが。
もちろん、賞を獲ったり、海外で注目されることは、いいことではあります。ただ、それが起爆剤になるかと言えば、そういうことはないんじゃないかな、と思います。やはり、クリエイターたちが自ら作りたい、表現したい、という意欲が全てです。その気持ちが盛り上がらないことには、賞を獲ったところで意味がない。どうしてもやりたいという意欲と、やれる場所が揃わないと、香港映画は変わらないと思います。
『淪落の人』は2月1日(土)新宿武蔵野館 他 全国順次公開。
映画『淪落の人』予告(YouTube)https://youtu.be/BlE2TIn1QGM
インタビュー・文・撮影=藤本洋輔
映画『淪落の人』
(2018年/香港/112分/ビスタサイズ/5.1ch)
原題:淪落人
英題:STILL HUMAN
監督:オリヴァー・チャン / 出演:アンソニー・ウォン、クリセル・コンサンジ、サム・リー、セシリア・イップ、ヒミー・ウォン
映倫指定:G
配給 :武蔵野エンタテインメント
公式サイト:http://rinraku.musashino-k.jp/
NO CEILING FILM PRODUCTION LIMITED (C)2018
(執筆者: 藤本 洋輔)
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