その先は船川港への貨物支線が【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その7

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※2014年(平成26年)8月撮影 旧駅舎改札口から構内踏切とホームを写しています。当時はキハ40系の独壇場でした。
新しくなった男鹿駅は初めてなので楽しみです。駅舎が新築されて羽立駅との営業キロが0.2km短くなって2.5kmになっています。もうすぐ終点、住宅街を走ります。

駅手前の跨線橋は変わっていませんね。自転車で渡れる様になっています。旧・駅舎の頃は観光案内所を挟んで跨線橋の出入口と並んでいました。

正面に新しい駅舎があります。側線も1本だけになっています。2番線に入線です。男鹿駅14:33着。

2014年(平成26年)のホームから現・駅舎が立てられた場所を撮った写真です。側線が4本ありました。その先は船川港への貨物支線が延びていたのです。そう言えば、この頃男鹿線は最大4両編成で運行されていました。今は2両固定編成だけです。
※2014年8月撮影
アップにするとこんな感じです。写っている踏切辺りが「道の駅OGARE」前の道になる感じ。新駅舎はホーム終端部になります。全く風景が変わってしまいました。
※2014年8月撮影
新しい駅舎。この先の線路船川港への貨物支線は全て撤去されています。

ホームから見ると幸いなコトに旧駅舎はそのまま残されています。

構内踏切は撤去されていますが、改札口はそのまま残っていました。懐かしいなぁ。

2014年(平成26年)の改札口。こちらが駅舎でした。この頃はJR東日本直営駅なので駅長さんもいました。
※2014年8月撮影
1番線ホームのEV-E801系「ACCUM」用に設置された地上充電設備が目をひきます。何しろ筆者には初めて見る設備なのです。

さて、男鹿駅の外に出てみましょう。
ここからは余談です。
流石に中学校卒業時に来た頃の男鹿駅の記憶はほとんどありませんが、何となく当時はもっと観光客がたくさんいて賑やかだった印象が残っています。たぶん高度成長期で日本全体に勢いがあったのだと思います。
昨今の様に日本全国どこへ行っても外国人観光客がいる、というようなこともありませんでした。国鉄の車両も今よりは、はるかに混んでいました。
そして今でも懐かしく思い出すのは、冬の新宿駅構内です。スキー板をもった人たちが地べたに長い列を作って座りこんで夜行列車を待っていたのです。『わたしをスキーにつれてって』(1987年/昭和62年ホイチョイプロダクションの映画)よりも20年くらい前の光景なのです。
【非電化路線に乗ろう03】男鹿線 その8 に続きます。
(写真・記事/住田至朗)

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