【レビュー】ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』で“並行世界”を旅しよう

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【レビュー】ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』で“並行世界”を旅しよう

ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』は、村上春樹の小説をデンマーク語に訳すベテラン翻訳家メッテ・ホルムの仕事と、彼女を取り巻く日本とデンマークの世界を、まるでパラレルワールドのように描く不思議な作品です。今回は映画好きの筆者と翻訳家を志す妻の感想もふまえ、本作の魅力を掘り下げます。

『ドリーミング村上春樹』とは?

【レビュー】ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』で“並行世界”を旅しよう

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村上春樹作家活動40周年を節目に制作された『ドリーミング村上春樹』
20年以上、村上春樹作品をデンマーク語に翻訳してきたメッテ・ホルムが『風の歌を聴け』の翻訳に取り組むと同時に、アンデルセン文学賞を受賞した村上春樹とデンマーク王立図書館にて対談するまでを捉えたドキュメンタリーです。

本作の主人公メッテ・ホルムとは

デンマーク生まれの翻訳家メッテ・ホルムもまた、熱心な村上作品のファンであると同時に、大江健三郎、吉本ばなな、川上弘美といった日本の作品を翻訳し続けるベテランです。
彼女の場合、村上春樹作のほとんどが英語からの翻訳であるなかで、日本語から直接デンマーク語に訳す珍しいスタイルをとっています。
本編でも、日本の文庫本にびっしりと書き込みがなされており、言葉の意味や発音の仕方をメモしていました。
『ドリーミング村上春樹』で描かれるのは、これまでも多くの村上春樹原作を翻訳してきたメッテ・ホルムの仕事や、彼女が日本に来て村上春樹作の世界観を探る様子です。
それをカメラで追うだけでなく、まるで本当に村上作品に迷い込んだかのような“並行世界(パラレルワールド)”への演出にも注目して欲しい作品でもあります。

翻訳家の仕事やその姿勢を丁寧に

【レビュー】ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』で“並行世界”を旅しよう

『ドリーミング村上春樹』は60分ほどの短いドキュメンタリーですが、翻訳家メッテ・ホルムの仕事の様子をとても丁寧に捉えています。
その代表的な例に、作中で幾度となく登場する『風の歌を聴け』に登場する文章
“完璧な文章などというものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね”
の翻訳があります。
メッテ・ホルムはこの文章を翻訳するにあたり、「どんな単語が適切か」「その単語は日本語の語感を意識できているか」など、読者に“ムラカミ・ワールド”を正しく伝えるために何度も何度も、様々な言葉を当てはめます。
一見、読み手なら気にしなさそうなことでも、メッテ・ホルムは日本語の語感を大切にし、可能な限りデンマーク語として読者に届けるために試行錯誤を重ねるのです。
さらに村上春樹の世界を知るために、メッテ・ホルムは日本を訪れます。
「仕事は1人でするのが好き」と語る彼女はマネージャーや付き人をつけるわけでもなく、1人でホテルを取り、タクシーを手配して日本という世界を彷徨います。
日本に住む海外の友人から翻訳についてアドバイスをもらったり、村上作品に登場しそうなお店や場所に訪れたりするなど、言葉だけではなく小説の舞台に訪れてこそ分かる世界観をメッテ・ホルムは感じ取ります。

翻訳だけが作者の世界を伝える方法ではない

【レビュー】ドキュメンタリー映画『ドリーミング村上春樹』で“並行世界”を旅しよう

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『ドリーミング村上春樹』では、翻訳家であるメッテ・ホルムが翻訳された村上春樹作の表紙について、色々と意見をしているシーンがあります。
出版業界に明るくない筆者からすれば、「翻訳家がここまで表紙に意見できるんだ!」という驚きもありますが、それ以上に彼女は常に「村上氏なら、そのデザインは望まないかも」など、あくまで彼の代弁者である姿勢を崩しません。まさにプロ。
その後、彼女の意見を聞いて表紙は再度デザインされますが、果たしてメッテ・ホルムの望んだデザインとなったのでしょうか・・・?

“ハルキスト”も思わずニヤニヤしてしまう演出も多数 

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まず『ドリーミング村上春樹』を観て驚いたのは、ドキュメンタリー映画のはずなのに等身大の“カエル”がぼうっと現れ、ゆっくりとした口調で喋りだしたこと。
これは村上春樹の短編小説『かえるくん、東京を救う』(『神の子どもたちはみな踊る』収録)のオマージュ。
この“かえるくん”は作中何度も登場し、その印象的な台詞をリフレインさせて、まるでメッテ・ホルムと対峙するために行動しているかのようです。
他にもメッテ・ホルムが日本を訪れると、その空には2つの月・・・。これは『1Q84』のオマージュですね。
このように、『ドリーミング村上春樹』には、村上作品のオマージュが取り入れられており、ファンなら思わずニヤニヤしてしまう演出が見られます。
筆者は2つしか見つけられませんでしたが、まだまだ細かい“隠れムラカミ”がいるかもしれません。(隠れ○ッキーみたいに言ってすいません)
また、ハルキストをうならせる内容はオマージュだけではありません。
メッテ・ホルムが知人に翻訳の意見を聞く際に、「村上春樹の作品では、さっきまで普通に会話していたのに、突然蛇が現れたりする」など、“村上あるある”の演出について語るシーンも。
日本でも世界でも、村上作品の独特な演出のツボは同じようです。(翻訳家に限れば、この演出で苦労されているようでしたが・・・汗)
ハルキストの方なら、彼らのやり取りを聞きながら「それ、分かるわぁ~」なんて共感してしまうかもしれません。

良い翻訳をしてもらうために日本ができること

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『ドリーミング村上春樹』を観て特に印象的だったのは、メッテ・ホルムが日本の文化を知るために、あえてこぢんまりとした飲み屋や回らない寿司屋に訪れるシーン。
おそらく村上作品の世界観を知るために訪れたのですが、こうした店は「どんどん無くなっている」と店主は語り、自身の跡を継ぐ人が見つからなければこの店も畳むといいます。
メッテ・ホルムは作中で『風の歌を聴け』の翻訳を行なっていますが、これは村上春樹のデビュー作。
翻訳する順番は、必ずしも本国で発表された作品順とは限りません。
もしも、過去の名作を翻訳しようとした際、その世界観の舞台となる日本の文化が既に廃っていたら、翻訳家はどうやって小説の舞台を体感すればいいのか?そんなことが、このやり取りでふと思われました。
観光地が古い建物を残すことに意味があっても、メッテ・ホルムが訪れたような店などが残ることに意味はない。なんてことはないのです。
彼女のように、日本文学の世界観を正しく海外の読者に伝えられるようにするためにも、日本の文化も丁寧に残していく必要があるのではないかと考えさせられる一面でした。

改めて感じる、母国語が日本語であるありがたさ

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翻訳家を目指す筆者の妻に『ドリーミング村上春樹』の感想を聞くと、改めて「母国語が日本語でよかった」といっていました。
文字数だけで見るなら、英語はアルファベット26文字ですが、日本語はひらがなで“50音”なんて言っているくらいです。
そこに漢字が加わり、「音読み」「訓読み」でさらに意味が変わってくる・・・など、その違いは途方もなく、日本語も改めて見直すと非常に複雑であることに気付きます。
そんな複雑で読む角度によっては意味を変える日本語を、作者の世界観を正しく伝えるために翻訳することは並大抵のことではありません。
このドキュメンタリーは、冒頭でも書いた“完璧な文章などこの世に存在しない”での“完璧な文章”をメッテ・ホルムなりに追い求める作品でもあります。(完璧な文章を見つけることができたかは、ぜひ本編で確認してください)
その難しさを追い求める行為こそ、翻訳家冥利に尽きるのではないかとも言っていました。
翻訳家を目指す人なら、きっと彼女のように色々なことを考え、色々な世界を見ながら言葉を当てはめてみたいと思うようです。
そんな村上春樹ファンから観ても、翻訳家を志す人から観ても興味深い本作。
ぜひ、ドキュメンタリーという枠にとらわれず『ドリーミング村上春樹』の世界に飛び込んでみてはいかがでしょうか。


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