ブック・エキスポ2012雑感

ブック・エキスポ2012雑感

この記事は大原ケイさんのブログ『Books and the City』からご寄稿いただきました。

ブック・エキスポ2012雑感

ブック・エキスポ2012

とりあえず、今年のブック・エキスポ・アメリカについてあれこれ見聞きしたこと、気づきなどを書いてみる。とはいっても今年はあちこち日本からのご一行様からお声がかかり、編集者とのアポはいつもの半分もこなせていないのだが。

Big Bookの時代は終わった

「ビッグ・ブック」というのは、フランクフルトやロンドンで、業界人がみんな話題に挙げるホットな企画のことで、acquisition editorと呼ばれる編集者の皆さんが取り合うトロフィーみたいなもの。ビル・クリントンのメモワールとか、スティーブ・ジョブズの評伝とか。
誰もがゲラや企画書を読んで「これ、翻訳してうちの国で出したら売れるよね」ってんで争奪戦が繰り広げられ、あの国のオークションがヒートアップしているとか、どこぞの国の出版社がpre-emptン億円で押さえたとか、景気のいい話をして盛り上がるわけです。
でも今回のBEAでハッキリわかった。もうビッグ・ブックがどうのこうのという時代は終わったのだ。既に終わっていて、なのにブックフェアの度に「今回のフェアではないよね」なんてみんなで囁き合っていたのに、今回はさすがにビッグ・ブックがないことが当たり前になって、誰も「ビッグ・ブックがない」ことをわざわざ指摘さえしなくなった。
話題が先行するだけではもう、どの市場でも本が売れる時代が終わったという見方もできる。ビッグ・ブックの話をするのが楽しいのは、それで各国の編集者に連帯感が生まれたりするからなのだろう。
翻訳モノの編集者が色んな国の版権担当者と顔を合わせたりするのは年に数回なので、ice breaker(雑談のきっかけ)としての需要もあったかもしれない。でも今はフェースブックやツイッターといったSNSで国境も距離もなく日常的に繋がってしまえる。
それに、何がビッグ・ブックをビッグたらしめるかといえば、それはやっぱり、アドバンスと呼ばれる先行投資の額だからね。アメリカもヨーロッパも不景気で、そんなにどーんとアドバンスを出せなくなっているのが実状。どこも堅実に勝負、つまりショボくなっているわけです。
アメリカにおいては、Eブックのアドバンスに対する影響も否めません。ベストセラーを見込むあまり、初版を刷りすぎて大損ぶっこいた、ということがなくなるわけだから、朗報と言うべきかも。ダブルデイのThe Travelerなんてのがかえって懐かしいくらいだねぇ。
そんなわけで、これからのブックフェアについても私がこのブログにビッグ・ブックがどうのこうのというのはもうおそらくこれが最期になるでしょう。

業界のコンベンションとしては縮小中

元々このブック・エキスポは、出版社側が日頃から自分たちの本を仕入れてくれているアカウント(書店とか、図書館とか)に、お世話になってます、これからこんな本を出しますのでヨロシク、と接待するのが主旨。
もちろんアメリカでも本屋さんの数は減っていて、インディペンデント系と呼ばれる小さな本屋さんは紙の本の売上げで言うと、全体の10%もないのだが、出版社にとってはとても大事な10%で、この人たちこそが本の目利きとして面白い本を発掘して読者を広げてくれているという気持ちがある。どんなにアマゾンやバーンズ&ノーブルや、ウォルマートやターゲットの方が売上げを伸ばそうとも、Eブックが広まろうとも、出版社にとってインディペンデント系書店の人たちこそが自分たちの力強い味方だと思っているからだろう。
とはいえ出版社も予算は毎年緊縮しているので、昔はロサンゼルスだ、シカゴだと毎年会場を持ち回りで移していたが、それも大変なので、出版社が集まるニューヨークに来てもらいましょう、ということで最近はずっとニューヨークで開催されている。他にも、以前より寂しいのがmangaのブース。なんだかなぁ。これはアメリカの出版社に替わって、少しは日本の版元が頑張るべきところなんじゃないのか。全国の書店や図書館司書の人たちが来てるんだから、日本の漫画文化はタダのエロじゃありません、とか、これもやっぱり本なんです、ってアピールする絶交の機会を逃している気がするね。クールジャパン、どした?
出版社のブースは縮小されているが、版権担当者のスペースは2階のガラス張りのカフェスペースに移ったので、広く、明るくなった。これは嬉しい。願わくばもう少し会場のWi-Fi回線、有料なんだからもう少しどうにかしろよ、と腹立つことしきり。しかも3Gの電波も怪しい箇所があるなんて、コンベンション会場としてありえないでしょ。
一方で、これは今年初の試みだと思うのだけど、最終日には「パワーリーダー」という本好き認定の一般客にも入場を許可したことだ。東京の国際ブックフェアでは当たり前の風景だけど、ブック・エキスポの会場ではみーんなギョーカイ人だったから、ちょっと新鮮かな。そりゃ、初めてこんなところに足を踏み入れたら嬉しくって、みんなブログに書きまくるだろうし。日本のブックフェアだと、せいぜい既刊本がお安く買える程度だけど、ブック・エキスポだと、ゲラも見本刷りも、トートバッグもみんなタダ!でもらえちゃうんだぞー。

そしてみんなが知りたいEブック

今年もアメリカの出版社はどうしてるの?おせーて、おせーてと大勢日本から視察ツアーがやってきたようですが、ぶっちゃけ言ってアメリカの出版社だって別に率先してデジタルに対応してるんじゃないんだよね。突き詰めれば、アマゾンに煽られて、アマゾンが読者を味方につけて、その読者が要求するからEブックに対応せざるを得ない状況になったわけで。
だから日本から「表敬訪問」だの、「情報交換」だの言われても、特にお見せするモノはございません、と及び腰になる。そもそも見学できるようなEブックの「現場」ってないわけだしね。どこも手探り状態でやってるんで、胸を張ってこうすれば正解!って教えてくれるわけないでしょ。
まぁ、Eブックに関しては、そろそろ「3割」の時代が見えてきた感じ。読書人口の3人に1人が何らかのデバイスをもち、本の3冊に1冊はEブックで取引される時代がね。まぁ、その後は少しずつ失速して5割ぐらいに落ち着くのか、Eブックが過半数になるかって話だけど、最近はデジタル化そのもので派生する問題よりも、自費出版や、従来のビジネスモデルがどこまでどういう風に破壊されていくのかが、少しずつ具体的に現実感を伴って見えてきた気がする。まぁ、これはこの週末あたりにじっくり考えさせてもらいまさぁ。

その他聞きかじったウワサとか

・アマゾン出版のブースがどーんと(奥の方にだけど)出てて、ラリー・カーシュバウムが我が物顔でフロアを闊歩しているのを見かけた。もちろん(みんなの脳内で)ダースベーダーのテーマが流れていましたとも。
・会いたかったイケメン作家(マイケル・シェイボン、JR・モーリンガー)をことごとく逃した。トム・ウルフは(いつも白いスーツ着た変人なので)100メートル先からでもわかった。ジョン・ミーチャムとリチャード・フォードは普通のおっさんだった。
・何年か前にジュリアードの女学生が自宅アパートで殺されて、その時犯人かもと話題になってたアパートの管理人の兄ちゃんが、私は殺してません、真犯人をサイキックで見つけました、って内容のショボい原稿を売り込みに来ていて、応対した知り合いが口を揃えて「絶対やってる」「目がいっちゃってた」と言っていて、それも逃したのが悔やまれる。
・リーマンショックの後に、出版社をクビになった知り合いの編集者が、オープンロードとか、Lulu.comとか、アルファブロガーとか、それぞれ新しい形で本に関わる仕事に戻ってきていて、安堵した。
・アップルのiAuthorとか、米軍が教育プログラムにキンドルを買い上げるとか、テキストブックがデジタル化という話に、えらく日本側が期待してるけど、秋の大統領選を前に、赤い州の赤首お茶会連中と、共和党が各州の教育費をどんどん削ろうとしている動きがあるので、思ったより伸びてないことがわかった。一方で、児童書・アートブックなど、ビジュアル重視の本はまだまだ紙が強くて、Eブックになるには、作る方(著者&出版社)も読む方(親)もまだ納得ができるものが作れるほどテクノロジーが追いついていないという理由に感心。そう、誰も(アマゾン以外は)誰もなんでもかんでもデジタル化しちまえばいいと思っているわけじゃない。そしてやっぱりブック・エキスポにやってくるような人たちは紙の本が好きなんだよな。じゃなければ、あんなにトートバッグもしおりも要らないでしょ。
・天気が良くなかった。

執筆: この記事は大原ケイさんのブログ『Books and the City』からご寄稿いただきました。

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