相談&活劇の大石大『シャガクに訊け!』
社会学部。どのような学問をする場なのか、わかるようで実態がよくわからない気がしていたのは私だけだろうか(うちの場合、次男が実際に社会学部生だったりするのに)。いや、おそらくこのように感じている人は他にもいるに違いない。そんなあなた方に、少々長くなるけれどもウェーバーならぬ上羽先生のこの言葉をお読みいただこう。「僕は他の学問を知らないけれど、こんなに自由な学問は他にないんじゃないかと思ってるよ。君が最初に言ったとおり、社会学が何をする学問なのか、イメージすることは難しい。だけどそれは、範囲の広さ、自由さの裏返しでもある。何をやっているのかわからないんじゃなくて、何をやったっていいんだ。それが、この学問の最大の魅力なんじゃないかな」。
どうだろう、急激に社会学に対する興味がわき上がってこられたのではないだろうか? しかしながら、ちょっと先を急ぎすぎたかもしれない。上羽先生とは、本書の主人公・横島えみるが所属させられることになったゼミの指導教師。えみるは私立大学の社会学部に入学したものの、1年間遊びとバイトに明け暮れた結果留年が決定的となってしまった。憧れの准教授・幅増先生に呼び出されてその事実を告げられたえみるだったが、同時に意表を突く提案をされる。それが、”2年生になったら上羽ゼミに入れ”というものだった。
幅増先生とは小学校〜高校が一緒の間柄だという上羽先生は、さらに驚くべきことにこの大学の理事長の息子だった。専任講師でゼミも受け持っているのだがゼミ生がひとりもいない事実を理事長は憂えているそうで、幅増先生に「留年しそうな学生はいないのか」「進級と引き替えにゼミに入ることを進めたら、きっとその条件に飛びついてくるんじゃないか」と超法規的措置を提示していたことが明かされる。そこに現れたのがえみる、というわけだったのだ。えみるは条件を呑んで新年度から上羽ゼミに入ることを受け入れるが、そのゼミが型破りなもので…。
冒頭で引用したように、社会学が自由な学問であることは上羽ゼミの活動内容をみてもうかがい知れる。本来ゼミが設定されている時間帯に、なんと上羽先生は学生相談室にいるのだ。担当者が半年前に辞めてしまって以来どうしても木曜日の人員だけが手配できず、ゼミ生がいなくて暇だった上羽先生が学生からの相談に乗ることになったとのこと。カウンセラーの資格があるわけでもなく、そもそもコミュ障ぎみな上羽先生でだいじょうぶなのか、というのはえみるのみならず読者も気になるところだ。
ところが意外や意外、学生からの相談に対して、上羽先生は社会学の知識を駆使して的確な指摘をしていく。えみるは、幅増先生が言うところの「生きた社会学」を学ぶことになった。「ラベリング理論」「自己成就的予言」といった社会学用語が各章のタイトルになっており、その内容も解説されているので、社会学の知識が実例とともに自然に理解できる工夫も凝らされている。勉強と絡めた創作物はだいたいにおいておもしろみが薄れるものだが(ドラえもんやコナン君の学習漫画にしても、やっぱり本編を超えられないではないか)、本書はそのあたりがうまくクリアされている。本書の前半は学生相談エピソードが続くが、中盤以降一転して冒険活劇(?)的な要素が入ってくるのも意外性があってお見事。
著者の大石大さんは、本作で第22回ボイルドエッグズ新人賞を受賞。デビューされて初の刊行記念イベントにうかがった私が、その場にいた参加者しか知らない大石さんの秘密をお教えしましょう。大石さんはトークがとてもお上手! 翻訳家で法政大学社会学部教授でもいらっしゃる金原瑞人先生の司会進行の素晴らしさに負うところも大きかったですけれども、大石さんは筋道立てて物事を考えることがおできになり、しかもその考えを話すという手段によっても明瞭に表現できる方とお見受けしました。これはいわゆる”重宝される”タイプ。ご本人も「社会学部で学んだことによって、物事に向き合う姿勢のようなものを身につけることができた」といったお話をされていたので、これも『シャガク』効果なのかも!?
(松井ゆかり)
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