「ああ、隠しているところがよく見たい!」女性の見たこともない姿に仰天!? 腰が痛くなるまで覗き見た“人形の娘”の実態~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

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見えそうで見えない! 覗きし放題の新築物件でウオッチング

昇進・結婚とおめでた続きなのに、心の中は常に亡くなった大君への想いで占められている薫。もはや縁の地・宇治にお堂を建てることだけが、彼の人生のよすがになっていると言っても過言ではありません。京の一大イベントの葵祭も終わった頃、ようやく宇治を訪れました。

建設現場をチェックし、いろいろな指示をした後、ここで留守を守る弁の尼のもとへ寄ってみると、女性用の牛車が1台、宇治橋を渡ってきます。荒っぽそうな田舎侍たちを多く従えて、いかにも「セキュリテイは万全!」といった風です。

(田舎者だなあ)と思ってみていると、どうやらその車もこちらへ入ってくる様子。薫が家来に訊ねさせると、なまりのきつい言葉で「前の常陸どのの姫君が、初瀬参り(当時の貴族の間で人気だった奈良県桜井市の長谷寺への参詣。玉鬘もお参りした)のお帰りで。行きもこちらにお寄りになったんでさ」

薫はすぐさま(おお、例の大君に似ているという、人形(ひとがた)の娘だ!)とピンときて、自分のお供に「私が来ていることは言うなよ」と口止めした上で、「こちらに駐車なさって下さい。先客がありますが、別のお部屋にいらっしゃるので」と、誘導させます。

家来たちも気楽な格好をしていますが、それでもどことなく高貴な人の一行だとわかるのか、田舎侍たちは距離をおいてかしこまっています。しばらくして、牛車は渡り廊下の端に寄せられました。

お堂とともに建て替え中のこの寝殿には調度品が揃っておらず、ブラインド代わりの御簾もかけていません。おかげで覗きはし放題!薫はがさがさ音を立てる裾の長い上着を脱ぎ、下着姿になって、障子に穴をこさえて覗き込みます。念入り!

車中の人達も警戒してしばらく降りてきませんでしたが、薫の家来の「ここには誰もいませんよ」という言葉に促されて、ようやく若い女房がひとり、降りてきました。この人は、田舎侍に比べると洗練されていて見苦しくありません。

続いて年配の女房が降りてきて「お早く」「でも、なんだか見られている気がして……」。これが例の人形の娘なのでしょう、かすかなその声は、品よく聞こえます。

おばさん女房は「いつもの困ったお癖ですねえ。ここは先日も格子戸を下ろしきってありましたよ。どこから見えるとおっしゃるんですか」と、まるで気にしていません。女房たちはさっさと降りていきましたが、この姫は随分としんどそうに、時間をかけてゆっくり車を降ります。

おかげで薫はじっくりと彼女を観察することが出来ました。頭の形、ほっそりとした体つき、本当に大君によく似ています。

でも肝心の顔にはピッタリと扇が当てられているのでよく見えない……!(ああ、隠しているところがよく見たい!)。隠されていると余計に見たくなるのが人情。薫はドキドキしながら覗きを続けます。

「うわっ」とドン引き!女性の見たこともない姿に仰天

一行が移った部屋には目隠しの几帳が立てられていましたが、薫の覗き穴のほうが高い位置にあるので無問題。それでも例の姫君は、やはり何か気になるらしく、薫に背を向ける格好で横になってしまいます。

「姫様は本当にお疲れのようね。泉川も水の量が多くて怖かったわ。春先に来た時は水が浅くてよかったんだけど」「いえいえ、東国の旅を思えば大したことは……」。

女房たちはケロッとした顔で、こんなことを言い合って元気ですが、姫はよほど疲れているのか、音も立てずに打つ伏しています。顔は見えないものの、ふっくらした白い腕が見え、田舎育ちの人とも思えぬ美しさです。

変な姿勢で覗き続けたせいで、薫はだんだん腰が痛くなってきました。(でもここで音を立てて、誰かいると思われては水の泡)と、じっと我慢していると、若い女房が「あら、なんだかとてもいい匂いがするわ。尼君が焚いていらっしゃるのかしら?」ドキリ!

「ほんとだねえ。やっぱり京の人ってのは風流だわあ。田舎ではこんな素晴らしいお香なんてかいだこともなかったよ。田舎じゃうちの奥様が一番だとばかり思っていたけど、こんなお香はなかったねえ。こちらの尼君は実に簡素にお暮らしだけど、やっぱりお召し物の色合いなんかも素敵だものねえ」。

そのうち、向こう側から少女が来て「お召し上がりなさいませ」と、薬湯や果物などを次々差し入れます。しかし、声をかけても姫は起き上がりません。ふたりの女房は栗などをボリボリ食べ始めました。

薫は、女が無遠慮にボリボリ音を立ててものを食べるところを初めて見て仰天。源氏の時もそうでしたが、やはりセレブたるもの、生活感あふれるシーンをむき出しにするのははしたない。お坊ちゃんの薫も(うわっ!)と、さすがにちょっと引きます。

が、やはり誘惑には勝てず、再び立ち戻って覗き再開。中宮をはじめとして、数々の身分の高い美女を見慣れてきた薫にしてみれば、こんな田舎じみたワンシーンは(物珍しいという以外に)大した興味のないものであるはずですが、それでも後ろを向いて寝ている例の姫から目が離せない。どこがどう、というわけではないけれど、やたらに心惹かれるものを感じて、腰痛を我慢しながら見守ります。

「生きていてくれた…!」肝心のそっくりさんの顔に感涙

さて、弁の尼は薫が来ていると聞き、挨拶に来ましたが、家来たちが気を利かせて「ご気分がお悪くて……」と告げたので、まさかここで腰を痛くするまで覗いているとは知りません。細々したことを済ませてから着替えをし、姫君の方へ挨拶にやってきました。先程女房たちが褒めていたように、身ぎれいで顔立ちにも品があります。

女房に呼び起こされ、疲れて寝ていた姫もやっと起きて座りました。待った甲斐があり、顔がちょうど真正面からドーン。(ああそうだ、大君もこんな風だった……!)と思えて、薫は感極まって涙します。

と言っても、大君の顔もそうまじまじと見たわけではないので、「だいたいこんな感じ」程度のものですが……。それにしても、腰を痛めてまで覗いている所じゃなければ、もうちょっと感動的だったのに。

こんなに良く似た人をろくに探しもせずに放っておいたとは。たとえもっと身分の低い人でも、ちょっとでも縁があれば絶対に会いたいと思っただろう。まして彼女は認知されなかっただけで、本当に八の宮の娘御なのだから!)

そう思うと彼女に駆け寄って「ああ、あなたは生きていてくれたんですね!!」と言いたい……。もちろん彼女は大君ではないとわかっていますが、よく似た人と巡り合ったのもやはり宿命、と思いたい一心です。

一方、女房たちと会話していた弁も、何やらいい匂いが漂ってくるのに気づきます。それが誰のものかは言うまでもなく、事態を察して早々に切り上げ。薫も脱ぎ捨てた上着を元通り来て、いつも弁と語り合う戸口へ出ていきました。

メッセージは送ったが…その後は消極的な彼の心理

「グッドタイミングだったね。僕の話は伝えてくれたかい?」薫は期待を込めて聞きます。弁は姫君の母親に話したものの、ちょうどその頃、薫も昇進・結婚で取り込み中だったので連絡を控えたことなどを話しました。

「母君も、「大君さまの代わりになんて恐れ多いこと」と恐縮しておりました。たまたま、今回は母君の都合が悪くて、姫君だけで初瀬参りに行かれたお帰りです」と弁が言うと「こうして今日巡り会えたのもなにかの縁だ。これも前世の約束だったんじゃないかと、彼女に伝えてくれないか」

弁は苦笑して「突然に生まれた前世のお約束ですこと」と言いながら薫の言葉を伝えに行きます。「かお鳥の声も聞きしにかよふやと 茂みを分けて今日ぞ訪ぬる」。顔だけでなく声も似ているのではと、草をかき分けて今日やってきましたと、薫はついに大君のそっくりさんに巡り会えた感動を歌うのでした。

とはいえ、彼女の今の身分は地方官の受領の連れ子。今日の事は固く口止めしましたが、田舎侍たちから薫の正体がバレるのは時間の問題です。昇進もし、帝のお婿さんという社会的立場で、身分低い女にしげしげと言い寄っていると噂になるのもみっともない……。というわけで、ぜひとも! とは思いつつも、実際の事の進展はありません。

せっかく運命の人のそっくりさんに出会いながらも、その勢いでツッコんでいけない男、薫。かつて源氏が藤壺の宮にそっくりな幼い紫の上を見かけた時は、10歳くらいの幼女と知りながらも祖母に押しかけて「お孫さんの今後を任せて下さい!」と売り込みに行っていたのを思い出すと(それがいいかどうかは別として)薫のパワー不足感が否めません。

「この娘には幸せな未来を」苦労人の母が悩んで決めた“縁談”

一方、姫君の母・中将の君は、弁の尼から薫の件を聞いて思い悩んでいました。(もったいないお話だわ。あんな高貴な方が本気で仰っているとも思えない。大君さまの縁故だと聞いて、興味を持って下さっただけだろう。それにしても、堂々とこのお話を受け止められるほど、こちらの身分が釣り合っていたらねえ……)。

八の宮には一介の愛人としてしか見られなかった中将の君ですが、現在の夫・常陸介との間には5、6人の子供があり、下はまだまだ子供。更に介の先妻の大きな子どもたちも数人いて、連れ子の姫君は腹違いのきょうだいの中で非情に肩身の狭い思いをしていました。

見た目が平凡で、他の娘たちと大して変わらないようなら、ここまで気をもんだりしないわ……。やはり高貴な方の血なのか、私の娘というにはもったいないほど美しく、可愛らしく成長してくれたこと。

夫がこの姫を継子あつかいして、露骨に差別するのが耐えられない。それでなくとも父宮に見捨てられた、可愛そうな子なのだもの。母である私がなんとかして、この子に幸せな未来を……)。

実父に認知されず、今は受領の連れ子として薄幸な扱いを受けるこの姫こそ、源氏物語最後のヒロイン『浮舟(うきふね)』です。

自身が八の宮に愛人扱いされたことで、対等に扱われない関係がいかに不幸かを知る中将の君は、薫の申し出に心惹かれながらも、ある男性と浮舟の縁談をまとめようとしていました。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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