不思議な大和撫子と、大正ロマンな夢の世界を巡る儚い一時。美しく、郷愁的な雰囲気漂う世界観が魅力の探索アドベンチャー『夢もすがら花嵐』

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2019年4月30日で「平成」の時代は終わりを告げ、翌5月1日より「令和」の新時代が幕を開けた。平成は約30年ほど続き、その前の昭和の62年ほどの長期間には至らなかったが、日本の歴史上では十分、長く続いた時代として記録を残した。

逆に過去の日本で短く終わった時代と言われれば、昭和の前に当たる1912年から1926年の「大正」がある。僅か15年で幕を引いた大正は「大正デモクラシー」、「女性解放運動」、「普選運動」などに多くの庶民が参加し、社会の在り方を変えた極めて強い印象を残した時代と謳われる。さらに近代都市の発達、経済の拡大に伴って都市、大衆文化が花開き、後に「大正モダン」と呼ばれる時代を迎え、18世紀から19世紀の「ロマン主義」に影響を受けた洋風化が進むに至った。そのきらびやかな時代風景は、90年以上が経過した今日にも大きな影響を残しており、エンターテインメント界隈でも漫画、アニメ、ゲームを問わず、当時を舞台にした作品が多数誕生している。
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今回紹介する『夢もすがら花嵐』も大正時代、並びに「大正ロマン」の影響を強く受けたゲームだ。2019年3月25日より、PC(Windows、Mac)用フリーゲームとして「ノベルゲームコレクション」、「ふりーむ!」にて配信開始。ノベルゲーム制作ツール「ティラノスクリプト」製の作品であり、前者のサイトではブラウザ版も公開されている。

不思議な夢の世界を旅する探索アドベンチャー

物語は主人公の「書生」が不思議な夢を見るところから始まる。
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気が付くと、彼は落ちているのか、落ちていないのか、よく分からない状況でその場にゆらゆらと立っていた。
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そんな中、不思議な大和撫子が話しかけてくる。今まで何をしていたのか、行く当ても分からず、家に帰るか、夢の世界を一人でさまようことを考えた書生だったが、「獏」と名乗る彼女に誘われる形で、夢の奥深くを目指し、旅をすることになる。果たして、その先にどのような出会いが彼と彼女を待つのか。

ちなみに「書生」とは、大正時代における「他人の家に下宿して家事や雑務を手伝い、勉強や下積みを行う若者」のこと。主に高等学校、大学に通う学生を指す。「獏」は中国から日本へと伝わった、人の夢を食って生きるとされる伝説の生き物だ。ただ、本作の「獏」は大和撫子の姿をしている。一体、これが意味することとは……という疑問を残しながら、ゲームは始まる。
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内容は探索要素濃いめのアドベンチャーゲームだ。章ごとに舞台となる「夢の世界」で、そこに住まう人間、動物などと交流しながら、次の世界へと繋がる扉を開けるべく、様々な仕掛けを解いたりしていくのが主な流れとなる。

プレイ感覚としては、脱出アドベンチャーに近い。画面内のクリック可能なポイントを調べ、詳細な情報を引き出したり、アイテムを手にしていく過程、出口の開放を目指す最終目的がそれを象徴している。
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また、謎解きも全体的に捻った類のものが多く、プレイヤーの思考力が問われる難易度。中でも謎かけの類は、法則性を見出さねば答えに辿り着くことすら適わない程度に手ごわい。一応、そこに繋がる手がかりは用意されているほか、獏に話しかければ微かにヒントを得られる救済措置もある。
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だが、基本は周囲を入念に調べ、情報を集めて法則性を見つけ出す地道な取り組みが試される構成。直感で解ける類のものも少なく、探索アドベンチャーの名に恥じない、確かなやり応え溢れる謎解きを楽しめるゲームに仕上がっている。

そして、そんな手応えの強さに並ぶ「大正ロマン」な世界観。

美しくも儚い世界観と温かみ溢れる物語

ここまで掲載したスクリーンショットを見ての通りだが、舞台となる夢の世界はとにかく美しい。大正時代特有の”ハイカラ”な雰囲気、夢の世界ならではの不条理さが混ぜ合わさった、唯一無二のビジュアルとなっている。
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ゲーム最序盤の第一章からしてインパクト抜群。掛け軸から大きな桜の木が飛び出し、室内の物から人(!)まで全てを絡み取った、美しくもどこか異様な空気漂うものになっている。特に人が桜の木に巻き取られ、埋まった状態になっている様は思わずドキッとさせられる。見方を変えればホラー同然だ。
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その後の世界も驚きの連続。書生の実の妹が狐と結婚する式典が始まったり、かの有名な文豪にそっくりな男性が出てくるも、何故か人の言葉を喋らなかったりなどなど、あまりに唐突な展開の数々に釘付けになってしまう。もちろん、舞台となる世界も例によって異様。特に文豪ソックリな男性が登場する世界の様子には思わず、「なんじゃこりゃ……」と声に出てしまうほど。

各世界ごとに繰り広げられる物語も台詞の量は少なく、登場人物の関係なども最小限しか語られないが、暖かな語り口と親しみやすい人物像も相まって、現実世界ではこんなやり取りをしているのではと、あれこれ想像したくなる。また、そう言った素敵な登場人物、世界観だからこそ、しばらくここに入り浸っていたいという気持ちにもさせられる。
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このような特徴を多く持つのもあり、プレイヤーを引き付けては離さぬ強烈な訴求力に秀でている。さらにこうも魅力的だからこそ、進めば進むほど、この物語と旅が終わってしまうことが嫌になってくる。各世界の魅力的な情景、楽しい登場人物、全てが不条理ながらも心地よい雰囲気を醸し出していて、プレイヤーを誘いに誘うのである。
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だが、どんなに入り浸りたくも、その章(世界)の物語が終わればそこまで。次に進むしかなくなる。また、謎解きの難易度はやや高めに設定されてはいるものの、一つの世界を終えるのに費やす時間は最長でも40~50分程度と短め。テンポ良く進めば、2時間ほどでエンディングに辿り着けてしまうボリュームだ。

その設定も夢の世界は永遠に続かない、いつか覚めて消えるものの暗示になっていて、名残惜しさを一層強烈にする。まさに全ての世界での出来事が一時の「花嵐」。そんな体験をプレイヤーに感じ取ってもらいたいかのように、あらゆる部分が作られているのだ。
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ビジュアルの美しさだけでも十分に魅力的でありながら、ゲームプレイから物語に至るまで”美しさ”を表現する試みを施しているのは素直に凄い。それらを一層強く感じさせるための大正時代かと、時代設定に対して強い説得力が描かれているのも見事だ。

純粋に美しいビジュアルを見ただけでも、本作を遊びたい気持ちにさせられる人は少なくないだろう。実際、その期待を裏切らない”美しさ”が詰まっている。だが、それ以外の部分にも沢山の”美しさ”があって、唯一無二の体験をプレイヤーに提供するのだ。
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少しでも関心を抱いているのなら、もうこんな文章を読むのはやめて直にでもこの夢の世界に訪れて欲しい。間違いなく、素晴らしくも儚い体験と、『夢もすがら花嵐』の名の深みを思い知るだろう。同時にいい意味での物足りなさも感じてしまうはずだ。

夢の世界は一時の花嵐、だからこそ長く”そこ”に居たい。

ちなみにストーリーに関してはもう一つ、実はエンディング分岐の仕掛けも凝らされている。普通にプレイしただけでは、恐らくは書生が夢の世界を旅しただけ、なオチで終わってしまうだろう。だが、それ以外に思いもしない結末が用意されている。
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詳細は伏せるが、エンディングを迎えるまでの間、使用用途の分からなかったアイテムが残る。同時に”なにか”も手に入るはずだ。それをヒントに最後から少し進めてみて欲しい。その行く末に本作のヒロイン「獏」の真実を知ることになるだろう。そして、より一層、本作の登場人物に対する愛着とその後を妄想したくなってしまうはずだ。
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その他、本作はメニューインターフェースも大正時代を舞台にしているからこその独特のデザインにまとめられていて、唯一無二の華やかさを表現している。台詞の表示も縦書きで、著名な文学作品にちなんだ言い回しも頻繁に出てくるなど、日本文化を強く意識した作り込みの数々には、作者の確固たるこだわりを感じさせられるはずだ。
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一部、法則性を発見して解く類の謎解きが煩わしかったり、エフェクトを効かせた演出の関係でごく稀に処理が重くなる、人によっては苦手意識の爆発する音階絡みの仕掛けがあるなど、少し惜しいと感じてしまう部分もあるが、この映像に少しでも惹かれたのならば、四の五の言わずにプレイしていただきたい、大正ロマン溢れる傑作。花嵐のように過ぎ去る夢の世界で、夢を食らう大和撫子と共に心温まる素敵な旅を楽しんでみよう。
そして、夢から覚めた後の世界に思いを寄せてみよう。
きっと、本作のことが忘れられないものとして記憶に刻み込まれる……はず。

[基本情報]
タイトル:『夢もすがら花嵐』
制作者: 六夏/NUMBER7
クリア時間: 2~3時間
対応OS: PC(Windows、Mac)
価格: 無料
備考:軽微な暴力、出血表現あり

※ダウンロードはこちらから
https://www.freem.ne.jp/win/game/19829

※ノベルゲームコレクション(ブラウザ版)
https://novelgame.jp/games/show/1705

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