SDGs発信の拠点「鎌倉みらいラボ」として鎌倉市景観重要建築物・旧村上邸が生まれ変わった!
780坪(約2600m2)もの広大な敷地には、母屋と別棟の茶室があり、日本庭園も池がある立派なお屋敷だ(写真撮影/飯田照明)
キーワードは「サスティナビリティ(持続可能性)」。継続的に、みんなで、関わる場に
旧村上邸は、鎌倉の旧市街地の中でもひときわ静かな西御門にある和風木造住宅。母屋には茶室や能舞台、敷地内には日本庭園や別棟の茶室もあり、能や謡曲の会、茶会などが行われて文化伝承や交流の場として愛されてきた。所有者である村上梅子さん(以下梅子さん)が2014年逝去し、遺志を継いで市に寄付されたのが2016年。2018年6月には内閣府から自治体SDGsモデル事業に選定され、ますますこの保存活用事業が注目されることに。
その後プロポーザル(※1)を経て、保存活用のための民間の事業主体がエンジョイワークスに決定、改修工事やイベントが実施された。そして2019年5月20日、企業の研修所や市民の文化活動の場として「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」がお披露目された。完成お披露目会には松尾崇鎌倉市長をはじめ、このプロジェクトを支えた約20名の来賓と報道陣がこの家の代名詞でもある能舞台に集まった。
※1.旧村上邸の保存・活用する企画提案を市が公募し優れた提案を選ぶことSDGs未来都市に選定された鎌倉市の取り組みを語る松尾市長。お披露目当日は村上家の親族やご友人、事業主体者や工事関係者、研修運営関係者など旧村上邸に縁が深い方々が列席(写真撮影/飯田照明)
鎌倉では街のあちらこちらで、この旧村上邸の近くでも古民家が取り壊されているのが現実。旧村上邸は鎌倉市の所有となり取り壊しは免れたものの、歴史ある大きな建物や敷地を安全に活用するための改修には莫大な費用が掛かるうえに、継続的な維持管理も必要になる。たとえ国や市からの補助金が出たとしても、一時的なもの。この静かで緑豊かな環境を維持しながらこれだけの規模のお屋敷を活用していくためには、官だけでなく、市民、企業みなが一体となって継続的に関わっていく仕組みが必要だった。
大切にされたお屋敷の和の趣を残しながら耐震性をクリアして多目的に活用しやすく
では、具体的な改修のポイントを紹介していこう。最も大きな課題だったのが耐震性だ。昭和14(1939)年以前に建てられた母屋は耐震補強が必要だったものの、筋交いや耐力壁を設けてしまっては、この荘厳な日本家屋や能舞台が台無しになる。趣を損なうことなく、大空間を残しながら耐震性を高め安全に活用できる建物にする方法が検討され、「仕口ダンパー」を採用。一棟で、なんと80~90個もの仕口ダンパーを使って柱と梁の接続部を補強したという。それでも安全性を考慮し、2階建ての建物だが2階部分は使用しない判断がなされた。能舞台というこの建物の特徴的な大空間の趣を壊さず耐震補強するため、目につく部分とつかない部分に分けて2種類の仕口ダンパーで補強された(写真撮影/飯田照明)
入口近くの計28畳の和室は、趣を変えないよう畳敷きのまま会議室に。和室ならではのフレキシブルさで8畳ふたつ、6畳ふたつの4部屋に仕切ることもできるし、オープンな大空間として使用することも可能。和室としてはもちろん、写真のように畳の上で使えるテーブルと椅子もある。新しくWifiも完備され、ホワイトボードやプロジェクター、スクリーンなど、会議に必要な備品も用意された。畳敷きで和室の風情を残した会議室で、庭の緑を眺めながらの企業研修に。和室4室に分けることも、オープン28畳の大空間として使うことも可能。4時間利用で5万円(写真撮影/飯田照明)
梅子さんが居室にしていたという家の中心部のニ間続きの和室は、じゅうたん敷きに変更してラウンジスペースに。こことキッチンは、会議室利用者が研修時の休憩スペースや憩いの場として活用できる。 ソファやじゅうたんも古民家に合う和の色合いで、欄間の梅の模様ともマッチしている(写真撮影/飯田照明)元の間取りをベースに、入口脇の和室と能舞台をそれぞれ貸し出しスペースに。その他を共用部分として手を加え、ラウンジやキッチン、トイレも男女別に増設された。別棟の茶室はそのまま茶室として貸し出し(写真提供/エンジョイワークス)
静かな伝統ある古民家で、10年後、100年後の自分たちのあるべき姿を考える
梅子さんが足袋を履かずに上がることを許さなかった、というほど大切にしていた荘厳な能舞台は、そのままで企業研修、講座、お稽古など多目的に使用する場に。座布団や椅子を並べることができるが、場の雰囲気を壊さないよう神社仏閣などで使われる椅子を選び、さらに椅子の脚裏には能舞台を傷付けないようフェルトを付けるなど配慮されている。 旧村上邸の特徴である日本庭園に面した能舞台。最大収容30名程度で、能のお稽古はもちろん、椅子や座布団で講座や研修などにも。4時間で3万5000円、一日7万円(写真撮影/飯田照明)梅子さん百寿を記念してつくられた冊子には、2002年当時、能舞台で多くの観客を前に笛を吹く梅子さんの姿が。多くの人に愛された場であったことが伝わってくる(写真撮影/飯田照明)
別棟の茶室は炉も切られ、水屋もある本格的なつくり。独立感もあるため個室として、お茶のお稽古はもちろん、10名までの少人数の集まりなどに使用できる。別棟の茶室は4時間で1.5万円のところ、1日(8時間)3万円で利用可能(写真撮影/飯田照明)
旧村上邸再生にあたっては、補助金だけでなく一般からの投資も受けるため投資型クラウドファンディングも募集し、目標金額900万のところ、見事120%の目標達成にて終了。投資家特典は施設利用割引券や企画会議参加権などということからも、市民の関心の高さがうかがえる。イベントにも多くの市民が参加して、実際に障子の張り替えやペンキ塗り、暖簾の草木染めなど、普段触れることが少なくなった昔ながらの暮らしの手仕事を体験する貴重な機会となった。威風堂々とした門構えの「旧村上邸―鎌倉みらいラボ―」。所有者であった村上梅子さんにちなんで梅のマークの草木染の暖簾は、市民参加のワークショップを開催し手づくりされた(写真撮影/飯田照明)
梅子さんの百歳を祝う「百寿の会」には瀬戸内寂聴さんも村上邸を訪れ、その日のことがエッセーに書かれているというから、その交友関係の広さには驚くばかり。そうやって梅子さんが日本古来の良きものを伝え、交友を広げてきた場が、いまもここに存在している。
100年先の未来に伝えるべき事、そのためにこの10年自分ができること。実際梅子さんは100歳をこの家で迎え、最後までこの家で暮らした。この家も正確な築年数は不明だが、80年前の昭和14年には既に建っていることから、100歳に近いといわれる。そんな100年という時の流れをリアルに感じるこの場所で、日常を離れ、自分が、会社が、鎌倉が、日本が、世界が、より幸せであるために何ができるか考えるために、これ以上ふさわしい場所はない。これから市民も参加可能なお茶体験や手仕事のイベントも企画されている。目の前にあるものを五感で味わい、次世代につなげるべきものを生み出す場として楽しみに活用していきたい。企業研修担当者の皆さん、非日常で斬新な研修場所、ここにあります! (写真撮影/飯田照明)窓の外には緑豊かで池もある本格的な日本庭園が広がる。会議室、能舞台、茶室,それぞれの利用もでき、全館利用の場合は9時から17時の8時間で15万円(写真撮影/飯田照明)
※料金は2019年7月時点のものです。最新の情報は「旧村上邸 ―鎌倉みらいラボ―」のHPでご確認ください●取材協力
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