「身投げしたいほど恥ずかしい!でもやっぱり諦めきれない……」悟りの道から恋の迷路へ入り込んだ貴公子の苦悩 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
「女慣れしてる!」真面目とばかり思っていた彼の意外な一面
何もないまま朝を迎えた薫と宇治の大君。残念だったけど、薫は彼女が真に心を開いてくれるまで待とうと思います。が、大君は「嫌な方ではないけど、結婚となるととても」と尻込みし、むしろ妹の中の君と夫婦になってほしいと願います。
これでは埒が明かないと思った薫は、ふたりが早く円満になってくれることを望む女房たちに手引きされ、遂に寝室へ……。しかし、姉妹は普段どおり一緒に寝ていたのでした。
荒々しい風に足音を紛らわせて寝室に忍び寄る薫。しかし思い悩んで寝付けなかった大君はいち早くそれを察し、すばやく起きて壁側に立ててある屏風の裏に身を隠します。妹を起こして一緒に隠れようかとも思ったのですが、時間的にそんな余裕はありませんでした。
ちらっと結婚の話をしただけでも心外そうに、まるでピンときていなかった無邪気な中の君を思い出すにつけても、妹がこのことでどんなに傷つき、また姉の自分を恨むだろうと思うと胸も潰れそうです。
「中の君が起きたらどんなにショックを受けるだろう。本当にごめんね、ごめんね……」と、ドキドキしながら振り返ると、そこには灯影に浮かぶ薫の姿が。彼はあらわな下着姿で、いかにも慣れた手付きで几帳をめくって入っていくではありませんか!女慣れしてる!!
いつもきちんとした姿の薫しか見たことがなかった大君は、薫の別な一面を見せつけられたようで衝撃を受けます。そう、彼ってね、結構やることはやっているんですよ!
薫は姫君が一人で寝ているのを見て「なんだかんだ言っても僕を待っていてくれたのか」と嬉しく、胸をときめかせて近寄ると……あれ? 意中の人より華やかで可愛らしい感じがする。これは、妹さんの方だぞ!?
寝込みを襲われた中の君もようやく気づき、いきなり男が側にいるのに呆れてオロオロ。どうやら彼女も姉に一杯食わされたらしい。一体どこで隠れているのか、大君にしてやられたと思うと残念やら、悔しいやらです。
姉よりも明るく可憐な美しさに満ちた中の君を前に、みすみすこの人を他の男にものにはしたくない、とは思うものの、ここで手を出してはそれこそ大君の思うツボ。
どうやっても中の君と結ばれる運命ならいずれそうなるだろうし、そうなったらなった時のこと、今夜はひとまずこのまま夜明かしだとハラを決め、怯えている哀れな妹姫に声をかけます。
「驚かせてごめんなさい。人間違いをしてしまいました。何もしませんから安心して下さい。でも今更、ここを出るわけにもいきませんので、今夜はこのままお話をさせて下さい……」。
「身投げでもしたいくらいだ!」大恥かいた腹いせに逆ギレの一言
成り行きを伺っていた女房たちは、男女の密やかな話し声に大君が薫を受け入れたものだと思い込み、それでは中の君はどこへ行ったのかと探しますが、見つかりません。
年寄りの歯の抜けた女房の一人は「どうして大君さまは、いつもあんなよそよそしい態度をお取りなのかしら。お優しく御立派で、私なんて、いつも拝見するだけでシワが伸びるような気がしますのに。何か、魔物でも憑いているんじゃないかしら」。
「縁起でもない!魔物なんて。ただ浮世離れしたお育ちの上に、ろくに男女のことをお教えする人もなかったから、恥ずかしくてぎこちなくていらっしゃるだけですよ。そのうち、だんだんお慕いする気持ちも湧いてきますわ」という者も。
早くふたりがうまくいってくれればいい、そうすれば自分たちも安泰だ、と思う女房たちは、すっかりいい気になって、イビキをかいて寝てしまいました。あーあ。
またもや何もない朝を迎えた薫は、いずれ劣らぬ美しい姉妹を前にもったいないなと思いつつも「それではまた。あなたは、お姉さまのお振る舞いを見習わないでくださいよ」と出ていきます。
弁たちが相変わらず中の君を探し回っている中、大君はようやく壁ぎわから這い出てきました。仲良し姉妹もさすがに気まずく、何も言うことができません。
「お姉さまはひどいわ。急に結婚がどうのと仰ったかと思えば、こんなおつもりでいらしたなんて」と恨む妹。姉は姉で「大失敗だったわ。姉妹ともども男性に顔を見られてしまったなんて。今後は気を緩めてはいけない」。それぞれの思いを胸に抱えて悶々とします。
さて、弁は薫から昨日の真相を聞いて仰天。大君の気丈さもここまで来ると可愛げがないと、すっかり薫の味方です。
「これまではいくらか期待を持って我慢してきたけど、昨日のやり方はあんまりじゃないか。もう身投げでもしてしまいたいくらいだよ!……でも僕が死んだらおふたりのお世話も出来ないし、ご遺言に背くことになるからね。
僕はもう、どちらの姫にも色めいた気持ちは持たない、こちらはご立派な匂宮とのご縁をご希望なんだろうし、女房たちにも合わせる顔がない。しばらくここには来ないよ。どうか今度のことは他言はしてくれるな」と恨み節をぶちまけて、いつもより急いで帰っていきました。
男のプライドズタズタとはいえ、「より身分の高い匂宮のほうがいいんだろ!」というのは難癖でしかなく、ひどい言い草です。誰もそんな事言ってないし。
やっぱり諦めきれない…気づけば悟りの道から恋の迷路へ
薫がそそくさと帰ったことで、気をもんでいたのは大君の方でした。ふたりがどこまでいったのかは定かではないものの、共に朝を過ごした男女のルールとして、まず男性は後朝の文を贈らなくてはいけません。
これは早ければ早いほどよく、遅ければ遅いほどダメ。「どうしたのかしら。中の君をお見捨てになるおつもりかしら。それもこれも女房たちがいらないことをするからだわ」。
大君が悩んでいたところに、ようやく薫からの後朝の文が。いつもは煩わしく思う薫の手紙も、このときばかりは嬉しく思えるのも不思議です。
手紙は、片枝は美しく色づき、片方は青々としたままの紅葉の枝に付けられていました。「同じ枝を分けて染めける山姫に いずれか深き色と問はばや」。染め分けられた枝の、どちらが深い色でしょうか。私の深い思いはかわりませんと、言葉少なに言ってきます。
中の君への愛を謳っているどころか、自分への恨み節を託してきた薫に「昨日の件はウヤムヤにしてしまいたいらしい。妹を見捨ててしまうおつもりかしら」と気になります。女房たちはお返事をと大騒ぎです。
とはいえ、中の君に書かせるのもかわいそうだし、かといって自分で書くのも書きづらい。なんとも悩ましく思いながらも、さりげない風に返事を書きました。
「山姫の染むる心はわかねども 移ろふ方や深きなるらむ」。山の女神が枝を染め分けた真意はわかりませんが、あなたは美しく紅葉した方、妹の方にお心を寄せられたかと存じます。
大君からの手紙を見て、薫はますますやりきれません。「前々から妹を、妹をとは仰っていたが、僕がウンと言わないので強硬策に出たのだろう。僕の気持ちは変わらない。でも、このままではますます大君が遠ざかってしまう」。弁にもあれだけ大君、大君と言ってきたのに、中の君に乗り換えたと見られれば軽蔑されるだろうし、こうなると大君を好きになったことさえ後悔の対象になってきます。
だいたい、そもそもは俗世を離れ、悟りの境地に近づくための宇治行きであったはずなのに……。意識高く、恋愛なんてものにとらわれずに生きることを望んでいた自分が、皮肉にも恋の虜となっているのも我ながらみっともない。いつまでたってもこんな風じゃ、よくある好色男のように言われて、それこそお笑い草だろう、とあれやこれやと考え続けます。
意識高い系ゆえの理想…でもどこか不自然なのはなぜ?
大君が逃げ、取り残された中の君が薫と対面する一連の流れは、空蝉が源氏の侵入を察して継娘の軒端の荻を置き去りにしたシーンにそっくりです。
が、その後の男の行動は正反対で、源氏は逃げられて悔しく思いながらも「あなたに逢うためにここへ来ていたんだよ」などと都合のいいことを言って、なし崩しに軒端の荻と関係を結んだのに対し、薫は大君じゃなきゃ嫌だとばかり、中の君とは何でもなく終わります。
薫がどうしても結ばれたいのは大君。でも、ただ力づくで関係を結ぶのではなく、彼女が心から自分を受け入れてくれた時、身も心も結ばれたいと願っています。
「何もなくても、ただこうして月や花を一緒に愛でられたらいい」とは言うものの、彼の目指すゴールはあくまで(当時で言う)普通の結婚。身も心も結ばれて、晴れて夫婦になれたらどんなにいいだろう!だからこそ、心と体の二兎を追い、なんとか彼女がどちらもOKしてくれないかと焦れています。
一方、大君は薫を憎からず思いながらも、肉体的に結ばれることを拒否。その代わり、最愛の妹との結婚を望み、今回のような強硬手段に出ます。しかし、その割に薫の動向を意識しまくっていている様子が見て取れます。
父の遺言を守ろうとする強い意志と、彼と結ばれることに対しての諦め。だからこそ、心身まるごとではなく、物ごしに言葉をかわす心のみの付き合いこそ「真に隔てのない関係」であると、大君は考えます。ふたりとも、今で言う意識高い系とでも言うべきか、そういうところも似ています。
源氏との清い仲で終わった朝顔の宮は、それでこそ相手へのリスペクトを持ち続けられると考え、彼と他の妻たちとのドロドロした現実とは一線を画することに成功。読者としても「中年になってここで結婚して、源氏周りの人間関係に疲れるよりも、自分だけの高潔な世界を大切にしたかった人なんだなあ」という気がしました。
でも薫と大君のふたりはまだ若く、薫はまだ決まった奥さんもいない。「お父さん一人に育てられたせいで、親の言うことは絶対と思っているところもあるんだろうな」とは思うものの、彼女の言動にちょっと無理があるように感じられるのは、薫を必死に避ける様子が、いわゆる“好き避け”にも見えるせい?
大君と中の君、ふたりの姉妹に今後どう接していけばいいのか悩んだ薫は、打開策を見出すべく、匂宮にある相談を持ちかけます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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