「副腎疲労」は根拠が不明確な疾患である(NATROMのブログ)
今回は名取宏さんのブログ『NATROMのブログ』からご寄稿いただきました。
「副腎疲労」は根拠が不明確な疾患である(NATROMのブログ)
PATM、慢性ライム病、そして副腎疲労
『RikaTan(理科の探検)』誌2019年4月号に「根拠が不明確な疾患と代替医療 PATM(他人にアレルギー症状を起こすとされる疾患)を中心に」という題名で寄稿した。
「RikaTan (理科の探検) 2019年4月号」2019年2月26日『amazon.co.jp』
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B07M6RTWNR/igakukei-22/
PATMとは”People Allergic To Me”(私に対してアレルギーのある人々)の頭文字から名付けられた「病名」である。ブログでも簡単に書いた(他人にアレルギー症状を起こさせる疾患「PATM(パトム)」は実在するか?*1 )が、詳しくは
『RikaTan(理科の探検)』誌を参照して欲しい。本題は「根拠が不明確な疾患と代替医療」であり、その例としてPATMのほかに慢性ライム病を挙げた。
*1:「他人にアレルギー症状を起こさせる疾患「PATM(パトム)」は実在するか?」2018年9月28日『NATROMのブログ』
http://natrom.hatenablog.com/entry/20180928/p1
専門家集団は副腎疲労の疾患概念を認めていない
PATMと慢性ライム病以外にも「根拠が不明確な疾患」はたくさんある。今回はその一つである「副腎疲労/副腎疲労症候群」を挙げよう。副腎疲労とはその名の通り、コルチゾールをはじめとした副腎皮質ホルモンを分泌する器官である副腎が「疲労」した結果、倦怠感やうつ症状といったさまざまな症状が生じるとされる疾患である。しかしながら内分泌の専門家集団は副腎疲労(Adrenal Fatigue)という疾患概念を認めていない。米国内分泌学会のサイトに一般向けに説明されたページがある。
「The Myth of Adrenal Fatigue」『Hormone Health Network』
https://www.hormone.org/diseases-and-conditions/adrenal/adrenal-fatigue
いくつかのポイントのみ箇条書きで訳してみたが、機械翻訳でもだいたいのところがわかるので、副腎疲労について知りたい方はぜひとも上記リンク先を一読することをおすすめする。
・副腎疲労の存在を支持する科学的証明は存在しません。
・副腎疲労だと診断されてしまうと、症状の真の原因が見つからないままになり、正しく治療されないかもしれません。
・副腎疲労を発見できる検査はありません。しばしば、症状のみに基づいて副腎疲労と診断されます。ときに血液または唾液の検査がなされますが、十分な科学的な根拠に欠け、それらの検査結果や分析は正しくないかもしれません。
・特別なサプリメントやビタミンを買うように勧められるかもしれませんが、それらの多くは安全性が検証されていません。
・「副腎疲労」だと言われても、そのような証明されていない診断に貴重な時間を浪費しないでください。倦怠感や気分の落ち込みといった症状があれば、副腎不全、うつ病、閉塞性睡眠時無呼吸といった他の疾患があるかもしれません。
米国内分泌学会だけでなく、メイヨークリニックも同様の警告を述べている。
「Adrenal fatigue: What causes it?」『 Mayo Clinic』
https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/addisons-disease/expert-answers/adrenal-fatigue/faq-20057906
「副腎疲労は存在しない」というタイトルの系統的レビューもある。
「Adrenal fatigue does not exist: a systematic review. – PubMed 」『NCBI』
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27557747
副腎疲労と副腎皮質機能低下症は異なる
ここで注意が必要なのは、副腎疲労とは別に、医学的に確立された「副腎皮質機能低下症/副腎不全」という疾患もあることだ。診断は早朝血中コルチゾール値、早朝血中ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)値、ACTH負荷試験などで行われる。治療は通常はヒドロコルチゾン(副腎皮質ホルモン)の内服である。倦怠感、食欲低下、体重減少、抑うつといった非特異的な症状であるため、うつ病や認知症と誤診されることもある。
副腎疲労と副腎皮質機能低下症の違い
副腎疲労と診断されたら
「自分は副腎疲労と診断され、治療によって改善した」という経験をお持ちの方もいらっしゃるだろう。そうした患者さんの症状や経験を否定しているわけではない。しかし、改善例は副腎疲労の疾患概念を支持する理由にはならない。副腎疲労の症状(とされるもの)は倦怠感や気分の落ち込みといった非特異的なもので、プラセボや生活習慣の見直しだけで改善してもまったく不思議ではない。
私の批判の対象は患者さんではなく、根拠が不明確な疾患を診断し、治療を行う医師だ。プラセボでも治るような患者さんに方便で病名をつけているとかならともかく、高額な検査やサプリメント治療、根拠のない食事療法を行っており、問題である。ありていに言えば、実在が疑わしい病気を口実に患者を食い物にしている。副腎疲労と診断されても現在調子がいいならそのままでもよいが、改善が思わしくなかったり、治療や検査にお金がかかりすぎたりする場合は、医師を替えることをおすすめする。
副腎疲労が存在する可能性は?
「副腎疲労が存在する可能性はまったくゼロなのか?」という疑問もあるだろう。端的に言えばゼロではない。現在の診断基準では副腎皮質機能低下症に該当しないものの、潜在的あるいは相対的に副腎機能が低下し何らかの症状を呈している症例も存在しているかもしれない。そうした症例の不在を証明するのは原理上不可能である。厳密に言えば系統的レビューのタイトル「副腎疲労は存在しない」は不正確な表現で、「現時点では副腎疲労が存在するという十分な証拠がない」のほうがより適切だ。しかし、副腎疲労の不在が完全に証明されていないことは副腎疲労の疾患概念を擁護する理由にはならない。むしろ、「本当の」副腎疲労と言える疾患が仮に存在しても、インチキな診断に紛れてわからなくなっている。
根拠が不明確な疾患に共通する問題点
現時点(2019年2月26日)では日本語での検索結果の上位ページは、ほとんどが副腎疲労という疾患概念に好意的であり、専門家集団からは懐疑的に考えられているという医学的に正確な情報になかなかたどり着かない。『RikaTan(理科の探検)』誌で書いた、PATMや慢性ライム病と同じ問題をかかえている。つまり、エビデンスに乏しい診断・治療を行っている自称「専門家」の主張がより目に触れやすいという問題である。インターネットに限らず、一般書やメディアでも同様だ。
自称「専門家」の立場では、「日本ではまだ医師にも知られていないのですが、実はこういう疾患があるのです」などと主張すれば、耳目を集めることができ、患者が増えたり本が売れたり講演会を開催したりでき、利益につながる。「日本ではあまりなされていない特別な検査(自費診療)」や「医師の間でも認知されていない疾患」といったフレーズには注意が必要だ。とくにマスコミ・メディアの方々にお願いしたいのは、たとえ医師に監修してもらったとしても、その医師の見解は標準からかけ離れている可能性についても考慮していただきたい。
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執筆: この記事は名取宏さんのブログ『NATROMのブログ』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2019年4月4日時点のものです。
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