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“ゴーン氏保釈”で転換点を迎えた「特捜的人質司法」(郷原信郎が斬る)

 以前は、「起訴事実を否認している」というだけで「罪証隠滅のおそれがある」とされ、起訴事実を否認する被告人は、検察官立証が終わるまで保釈されないという、「人質司法」が当然のようにまかり通ってきた。最近では、裁判所が、「罪証隠滅のおそれ」を、当該事件の個別事情に応じて、現実的な可能性の有無という面から具体的に判断する傾向が強まりつつある(【“ゴーン氏早期保釈”の可能性が高いと考える理由*2 】)。

*2:「“ゴーン氏早期保釈”の可能性が高いと考える理由」2019年1月11日『Yahoo!ニュース』
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20190111-00110826/

 「推定無罪の原則」は、少しずつではあるが尊重される方向にあると言える。

 しかし、そのような刑事司法全体における「人質司法」の問題と、特捜事件における「人質司法」とは、問題の性格と構造が異なる。この二つを明確に区別して議論することが必要である。

「一般的人質司法」

 日本社会は、一般的に、犯罪者の確実な検挙・処罰により「良好な治安」が実現されることを求める傾向が、もともと強かった。本来、被疑者の逮捕は、「逃亡のおそれ」「罪証隠滅のおそれ」がある場合に、それを防止するための「措置」に過ぎないはずだが、実際には、それによって「犯罪者」というレッテル付けが行われ、一定期間社会から隔離しておくことが正当化される。検察官の起訴は、刑事訴訟法上は、刑事裁判を求める「措置」に過ぎないはずだが、検察官は、公訴権を独占し、訴追裁量権を持っており、犯罪の嫌疑が十分だと判断した場合にのみ起訴を行い、有罪率が99.9%にも達するので、検察官の判断は、事実上、そのまま司法判断となる。そのため、社会的には、「起訴」は、事実上、被告人が「犯罪者」であることを意味する。

 そして、このようにして「犯罪者」としてレッテル付けが行われた人間の多くは、犯罪事実を認め、反省悔悟の情を示すことから、日本では「自白率」が高い。その中で、起訴事実を否認し、潔白を訴える被告人は「異端者」として取り扱われる。「犯罪者としての烙印」が押されているのに、反省悔悟もしない人間は、社会に戻すと、いつ何時再び犯罪を行うかもしれないということで、「社会防衛的な観点」から社会から隔離すること、つまり身柄拘束の長期化も容認する傾向があったことは否定できない。

 形式上は、「罪証隠滅のおそれあり」との要件を充たしていることで保釈を認めないわけだが、その要件が、起訴事実を否認する被告人について広く解釈されてきた背景には、このような「犯罪事実を認めず悔い改めない被告人は身柄拘束が継続されてもやむを得ない」との認識があったことは否定できない。

 しかし、刑事事件における証拠に基づく事実認定は微妙であり、検察官が判断を誤り、冤罪が生まれることもある。映画『それでもボクはやっていない』で注目された痴漢冤罪事件がまさにそうであるように、冤罪で起訴された人間にとって「人質司法」は理不尽極まりない苛酷な人権侵害となる。しかし、そのような事件には、「被害者」や「深刻な被害」があり、犯罪自体を検挙せずに放置することはできない。それだけに、「人質司法」を全体的にどうしていくのかというのは、決して単純な問題ではない。

「特捜的人質司法」

 ゴーン氏の事件で国際的な批判を浴びているのは「特捜的人質司法」の問題であり、それは、上記のような「一般的人質司法」とは構造が異なる。

 その点に関して、まず、「特捜部」という組織の特徴と、対象とされる事件の特色について見ておく必要がある。

 特捜部というのは「検察独自捜査」を行うことを目的とする捜査機関である。一般事件では警察が担う、犯罪の端緒の把握、逮捕など第一次捜査機関としての役割を、特捜事件ではすべて検察官及び補助者の検察事務官が行う。勾留するかどうか、起訴するかどうかという検察官固有の判断に加えて、検察独自捜査においては、そもそも、事件を刑事事件として立件するかどうか、被疑者を逮捕するかどうかという判断も検察官が行う。

 特捜部の捜査で被疑者を逮捕することは、社会に重大な影響を与えるので、逮捕等の強制捜査着手の判断は、検察組織内部で慎重に行われる。多くの事件では、地方検察庁の上層部、高等検察庁、最高検察庁等の上級庁の了承、事件によっては法務省当局の了承も得て、検察組織の意思決定に基づいて行われる。

 しかし、このように、検察組織全体での意思決定を経て、特捜部が、社会的に地位のある被疑者を逮捕し、重大な社会的影響を生じさせてしまうと、その後に、想定していなかった事実や証拠が明らかになった場合でも、当初の判断が間違っていたことを認めることになる捜査の中止や断念の決断は、検察組織全体に重大な責任を生じさせるので、極めてしにくくなる。特捜事件で、被疑者を逮捕した検察が、勾留請求や起訴を断念することはほとんどない(【検察の「組織の論理」からするとゴーン氏不起訴はあり得ない*3 】)。

*3:「検察の「組織の論理」からするとゴーン氏不起訴はあり得ない」2018年12月2日『Yahoo!ニュース』
https://news.yahoo.co.jp/byline/goharanobuo/20181202-00106210/

 このような特捜部が手掛ける事件は、一般的な刑事事件とは、以下のような点で異なる。

 第1に、特捜部の事件では、政治家・高級官僚・経済人・企業人など社会の中心部で活躍する人物が摘発対象とされ、被疑者の逮捕・勾留・起訴が、その対象者の生活や業務に甚大な影響を与えるだけでなく、社会・経済全体にも重大な影響を与えることも少なくない。一般に、刑事事件で警察に逮捕される被疑者の多くは「社会の底辺」で活動する者であり、刑務所の出入りを繰り返す常習的犯罪者も少なくないのとは異なる。

 第2に、特捜部の事件には「被害」「被害者」もない。殺人・強盗・窃盗等の一般的な犯罪であれば、「被害」が発生したことを把握した時点で、警察が捜査に着手する。しかし、特捜部が手掛ける刑事事件は、そのような「被害」とは無関係な、贈収賄・政治資金規正法違反・脱税・金融商品取引法違反など、いずれも、国家的・社会的法益等の抽象的な法益の侵害を理由に立件される犯罪である。

 第3に、社会の中心部で活躍する人物を、「被害」も「被害者」もないのに、検察が独自の判断で立件するのであるから、それを刑事事件として取り上げたことも含めて、その責任はすべて検察が負うことになる。被疑者を逮捕・起訴してマスコミの拍手喝采を浴び、無事に有罪判決に至れば、特捜部の「名声」が高まり、捜査を率いた特捜部幹部は英雄視される。一方、捜査が崩壊し、或いは、無罪判決で敗北に終わった場合には、検察組織に重大な責任が生じ、捜査を指揮した特捜幹部も責任追及を受けることになる。

 これらの特質から明らかなことは、特捜部の事件については、「一般的人質司法」に関して前述した「社会防衛的観点」からの身柄拘束は、全く無関係である。特捜部に逮捕され、起訴され、起訴事実を全面否認のまま保釈されたとしても、世の中に「新たな犯罪の不安」を生じさせるわけではない。

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