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魂が震える!インドの聖地バラナシ(ベナレス)の観光スポット15選

それではまず、インドを想像してください。

・・・できましたか?

あなたの想像したインドから、タージ・マハルを切り取った場所。それがバラナシです。

バラナシにはインドが詰まっています。街中を歩きまわる牛、道端の哲学者サドゥー、ごちゃごちゃした街並み、そしてガンジス川。世界中の人が想像する「インド」がバラナシには詰まっているのです。

今回は、インドの塊のような街バラナシの観光地を紹介していきます。どの観光地もインドでしか見られない光景が広がっています。

編集部追記
2015年9月に公開された記事に新たに10ヶ所を追記しました。(2017/5/10)
2017年5月に公開された記事に新たに追記しました。(2019/2/13)

 

マニカルニカー・ガート

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photo  by archer10 (Dennis)(53M Views9

マニカルニカーガートは、ガンジス川沿いにある火葬場です。多くのインド人が最期の場所としてここを目指します。もくもくと立ち込める煙は、実際に亡くなった人を火葬している証。ここでは朝から晩までもくもくと煙が立ち込めています。

人の死なんて重いものが、ここでは日常です。いくら目を背けてもいつかは出会ってしまう「死」がここにはあふれています。

でも、なぜかその光景にはどこか生きる希望があるのです。死が渦巻くこの場所からはなぜか、何よりも強い「生」が感じられます。

 

アッシーガート

Katieさん(@k__c0)がシェアした投稿 – 2016 10月 12 3:54午前 PDT

あなたは、「やる気のないインド人」を見たことあるでしょうか?ここにはそんなインド人があふれかえっています。バラナシにあるガートの南端に位置するこのガートは、地元民の憩いの場。

地面でごろごろするおっちゃん。あくび交じりに洗濯するおばちゃん。大騒ぎするガキンチョ。ああ、なんて心地がいいんだろう。

特に何があるわけではありませんが、本気で力が抜けているインド人たちを見ると、こちらも最高にリラックスできます。

 

サールナート

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photo by lylevincent

サールナートはブッダが初めて仏教の教えを説いた場所で、仏教四大聖地のひとつとして知られています。現在では公園としてきれいに管理されており、博物館なども併設されています。

敬虔な仏教徒や海外からのたくさんの観光客でにぎわっておりますが、やはりブッダの目の前ということもあってか、大騒ぎする人も少なくゆっくりと観光できます。

 

ラームナガル要塞

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photo by Adam Jones,Ph.D.-Gloval Photo Archieve

ラームナガル要塞は18世紀にマハラジャ(王様)が作った宮殿です。

宮殿ですが・・・ものすごい荒れっぷりです。あきらかに歴史的に価値が高いだろうこの宮殿が・・・そりゃあもうボロボロです。壁ははげてるし、中に入ったら何もない、管理なんてろくにされていません。こんなもの日本や欧米にあったら観光地どころか、すぐにたたき壊されてなにかの商業施設にされているはずです。

でも、ここはインド。それもバラナシ。このお化けのでそうな宮殿がいい味を出すのです。

帰り道で「なんだあそこ!!汚かったなぁ!」なんて笑いあうのもインドらしくて楽しい思い出。一応フォローしておくと、この宮殿から見えるバラナシの街並みはとてもきれいです。まぁ、渡り船からでもその景色は見れるのですが(笑)

※個人的にはわざわざ行くような場所ではありません。あえてわざわざ行ってみましょう。

 

ガンジス河

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photo by rameshsar

きれいは汚い。汚いはきれい。闇と汚れの中を飛ぼう。シェイクスピア/マクベスより引用

初めてガンジス河を見たとき、たった一つこのセリフが頭の中に浮かびました。

濁った水、流される死体、よどんだ空気、大量のゴミ。足を踏み入れれば、川底とは思えない生温かくて柔らかい感触。藻のようなコケのような何かが足の裏をぐちゅぐちゅとくすぐっていくこの感覚は、日本の清流では絶対にありえない感触。

汚い。明らかに汚い。

でも、美しい。

沐浴する人が、川を見つめる瞳が、足元に落ちている空き缶ですら、美しい。

この場所ではすべての「きれい」が「汚い」に。すべての「汚い」が「きれい」になるのです。

 

バーラト・マーター寺院

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