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日本の鯨肉食の歴史的変遷(クジラを食べたかったネコ)

岡が創業した東洋捕鯨の進出先の一つが八戸でした。八戸ではクジラは豊漁をもたらす恵比寿として大切にされていました。捕鯨会社の進出に対し、地元の漁民たちは「港湾が汚染される」「魚が獲れなくなる」と猛反対し、死者まで出る暴動に発展しました。

この時期の捕鯨業は鯨油をヨーロッパに輸出して外貨を稼ぐことを主な目的としていました。とりわけ南氷洋捕鯨は沿岸捕鯨との兼ね合いもあり、鯨肉は持ち帰ることなくほとんど海に廃棄していました。海外に市場を求めた鯨油に対し、鯨肉の方は国内でも需要がなくダブツキ気味だったため、軍需に活路が見出されることになります。日清・日露・太平洋戦争を通じ、商品価値の低かった鯨肉は軍用食糧として重宝されました。植民地化した朝鮮半島には缶詰工場が建てられ、占領地や前線に鯨肉の缶詰が移送されました。捕鯨業界は得意先となった軍隊と強固な絆で結ばれ、同様の関係は戦後の警察予備隊・自衛隊に引き継がれることになります。もっとも、太平洋戦争末期には頑強な捕鯨船が軍艦として徴用され、捕鯨業自体は一時中断を余儀なくされました。

詳細はこちら↓
「国際規制を無視し続けた戦前の捕鯨ニッポン」『クジラを食べたかったネコ』
https://www.kkneko.com/aa1.htm

戦後

 太平洋戦争が終わると、逼迫した日本国内の食糧事情の改善を図るべく、GHQは捕鯨操業にゴーサインを出しました。食糧難の折、鯨肉は全国に配給され、当時の日本人の動物性タンパク摂取量の実に4割を占めました。しかし、復興とともに国民の栄養状態が改善されるや、他の肉類よりも安価であるにもかかわらず臭味のために敬遠された鯨肉は、1950年代初頭には早くも供給過多となります。膨大な在庫に頭を抱えた捕鯨業界は、販売促進のためのキャンペーンを張ったり、設備に資本を投下して加工食品の形で需要開拓を図ろうとしました。また、軍隊に代わる大口の需要先として自衛隊や学校給食、さらに動物園などの飼料用途に活路を求めたのです。

 戦後においても、食糧難時代の一時期を除けば、捕鯨産業にとって生産の主力となったのは輸出用の鯨油で、鯨肉は市況の不安定な鯨油の穴埋めの役にすぎませんでした。その後、過剰生産と安価な代替油脂類の登場によって鯨油の価格は下降の一途をたどり、捕鯨業界は否応なく生産の比重を鯨油から鯨肉に移さざるを得なくなりました。そして、西欧の捕鯨国が次々に撤退していく中、高度成長期のさなかにあった日本の水産業界は、他産業に遅れをとるまじとひたすら増産態勢の維持に努めました。他国の母船を捕獲枠付で買い漁り、条約未加盟国から輸入したり、条約外の海外基地から捕鯨船を出すなど、規制逃れの策に奔走したのです。

 その後規制がさらに強化されると、旧ソ連とともに捕鯨会社自身が捕獲数の報告を偽ったり、関係者がバイヤーとして海賊捕鯨に関わるなど、目に余る悪質な違反行為によって規制を有名無実化してしまいました。結果として、企業間競争によってオリンピックに例えられた南極海での乱獲の総仕上げを果たし、鯨類資源の枯渇に大きな責任を負うことになったのです

 
《戦後の鯨肉需要の実態》

■給食

給食

 子供たちの健康を左右し、食に対する意識を学ぶ場となるはずの学校給食。一方で、消費者としての選択権がないため、調味料や加工・輸入食品の普及を図る〝政策の道具〟にされ、伝統的な食文化を破壊する中心的な役割を担ってきました。捕鯨産業にとっては、自衛隊や刑務所などとともに、公共調達による大量の安定需要が見込める得意先でした。1971年の学校給食の肉類消費量のうち、13%にあたる8,400tが鯨肉でした。’73年の推定では国内の鯨肉生産量の12%に当たる15,000tが給食用。これが、戦後世代が鯨肉の竜田揚げなどに郷愁(あるいはトラウマ)を感じ〝させられる〟所以です。

 
■加工食品

加工食品

 不人気でアブれた鯨肉の在庫に頭を悩ませる業界を救ったのが、ハム・ソーセージなどの練製品の加工技術の開発でした。いわゆる魚肉ソーセージは、原料の半分を占める鯨肉にマグロの肉を混ぜ込み、香辛料をきかせることで本物のソーセージを模したものです。大手水産会社はオートメーション工場による生産体制を整え、魚肉ソーセージの量産・普及を図りました。後に原料は白身の魚に取って代わられますが、多くの日本人はそれと知らずに鯨肉を口にしていたわけです。ほかにも、コンソメスープの原料にするなど需要開拓のために〝苦肉〟の策が試みられました。

鯨肉製品の比率

出典:「神話を越えて──クジラと日本」(岩崎サチコ、オレゴン大学)

 
■動物園

動物園

 1970年代まで、動物園で飼育されている肉食獣・雑食獣の主要な飼料として、商品価値の下がった鯨肉が選ばれていました。もちろん、学校の子供たちと同じく、動物たちに選択権はなかったわけですが。1952年の恩賜上野動物園の創立70周年記念祭には鯨館もお目見えし、キャッチャーボートの展示品や鯨製品の即売が行われましたが、関係の深さの一端を示すものといえそうです。商業捕鯨が縮小して鯨肉の価格が上昇してからは、馬肉がこれに代わります。

肉食獣の鯨肉供与例
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