ガジェット通信 GetNews

見たことのないものを見に行こう
体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方
ガジェ通制作ライブ
→ガジェ通制作生放送一覧

アジアンズを削除して「クレイジー・リッチ!」の邦題にした”偉業” ~映画の舞台、シンガポールでの徴兵~(今日もシンガポールまみれ)

 
現実と異なる映画でのシンガポール描写

シンガポール在住の私には、マリーナ・ベイ・サンズなどなど、見知ったけ景色が次々に出てきますが、撮影にはシンガポールに加えて、マレーシアでも行われています。

・EdgeProp: Spot the Malaysian locations in Crazy Rich Asians
https://www.edgeprop.sg/property-news/spot-malaysian-locations-crazy-rich-asians

典型的なのは祖母の豪邸です。広大な敷地が描かれていますが、あの大きさの豪邸はシンガポールには存在せず、マレーシア撮影です。シンガポールは土地が東京23区程度しかない都市国家で、土地は希少です。公営住宅 (HDB) すら日本のタワーマンションの高さで建てられる国ですから。「さすが、富裕層国家シンガポール、すげぇ」と誤解されないように、念のために書いておきます。
シンガポール在住者の私には、他にもある「映画での誇張した演出」にあーだこーだという楽しみ方がありました。

徴兵制度がある国、シンガポール

原作者のケビン・クワン氏は、シンガポール生まれ。曽祖父はシンガポールのメガバンクの1つOCBCの創設者という、裕福な家系で育っています。名門小学校であるアングロ・チャイニーズ・スクール*6 で学びますが、11歳にて両親について渡米。その後はアメリカで過ごします。亡くなった父とのシンガポールでの生活の回顧録として始まったのが、クレイジー・リッチ・アジアンズです。自分の体験に着想を得た創作ですね。
舞台となったシンガポールでの公開にあわせ、シンガポールでプレミアが開かれ主要な俳優が並びましたが、原作者のケビン・クワン氏の姿はありませんでした。その直後に、ケビン・クワン氏はシンガポールでの徴兵 (ナショナル・サービス) に参加しておらず、シンガポールで指名手配されていることを、シンガポール国防省が明らかにしました。クワン氏は、徴兵なしでシンガポール国籍を回復するように求めた願書を出していますが、却下されています。

*6:「シンガポールと日本の学費・学力比較:アメリカンスクール/UWC/早稲田渋谷/日本人学校/慶應義塾」2015年12月25日『今日もシンガポールまみれ』
http://uniunichan.hatenablog.com/entry/20151225Tuition

・Straits Times: Kevin Kwan, author of Crazy Rich Asians, defaulted on his NS obligations: Mindef
https://www.straitstimes.com/singapore/crazy-rich-asians-author-kevin-kwan-defaulted-on-his-ns-obligations

この映画は政府のシンガポール観光局 (STB) が後援*7 に入っており、(単にチェック漏れの可能性もありますが)「あれはあれ、これはこれ」で政府が実利的な対応をしているのは、とてもシンガポールらしいです。

*7:「’Sincapore’: STB and Warner Bros explain misspelling errors at Crazy Rich Asians’ Hollywood premiere」2018年8月13日『The Drum』
https://www.thedrum.com/news/2018/08/13/sincapore-stb-and-warner-bros-explain-misspelling-errors-crazy-rich-asians-hollywood

シンガポールは小国ですが、徴兵があります。シンガポールは政府の最大支出*8 が防衛費であり、14.8%に達します(2018年)。なお、2位は運輸で、3位は教育です。日本政府の支出で防衛費は5%*9 にすぎません。防衛費のGDP比*10 では、日本は0.9%ですが、シンガポールは3.3%になります。他国に依存しない国防には、特に小国であれば、政府支出でも国民負担でも、それだけ重いものがあります。

*8:「Revenue & Expenditure」『Singapore Budget』
https://www.singaporebudget.gov.sg/budget_2018/BudgetSpeech/RevenueExpenditure

*9:「国の支出・収入の内訳は?」『財務省』
https://www.mof.go.jp/zaisei/matome/thinkzaisei01.html

*10:「Military expenditure (% of GDP)」『THE WORLD BANK』
https://data.worldbank.org/indicator/ms.mil.xpnd.gd.zs

 
国民意識を形作る徴兵というイニシエーション

シンガポールには「金が最重要の国」という印象を持つ日本人が多いのですが、すべての男性の国民(と永住権保持者の二世)は2年間にも及ぶ徴兵という負担を経ています。高度化した戦争でプロでない徴兵制度がどれだけ役に立つかを疑問視する意見もありますが、1965年にできたばかりの新しい国の国民意識の醸成に貢献しています。移民国家でありながら、移民や”新国民”との差異を際立たせるものに徴兵への参加をあげられることが多く、外国人との”違い”を肯定化する意識をもつくってしまっています。
逆に、”新国民”であったとしても、徴兵経験者であれば (極右以外の) シンガポール人は仲間として扱ってくれます。「あいつは新国民だろ?」「いや、そうだけど、NS(徴兵)にいったんだよ」「そうか、ならいいな」ということです。男子にとって徴兵は、シンガポール人として認められるイニシエーションとなっています。

 
重国籍を認めないシンガポール

シンガポールは、日本同様に、重国籍を認めていません。両親の国籍や、出生地から、生まれながらに重国籍として生まれたシンガポール人は、22歳までにシンガポール国籍ととるか放棄するかの決断を迫られます。日本とシンガポールの重国籍の男性がいました。彼はシンガポール国籍を選択する宣誓を、手続きの理解不足から知りませんでした。宣誓を行わなかったことでシンガポール国籍は自動的に喪失し、もう一つの国籍である日本国籍を放棄していたために、無国籍となります。
この時、世論は男性の擁護にまわりました。理由は、彼が徴兵を済ませていたからです。「なんであいつNSいったのに、シンガポール人に認めねぇんだよ。なんとかしてやれよ、政府」という仲間意識です。最終的には、シンガポール国籍を回復しています。

・AsiaOne: He’s tickled pink to get IC
http://www.asiaone.com/News/AsiaOne+News/Singapore/Story/A1Story20110321-269180.html

 
「明るい北朝鮮」は不適切な表現

シンガポールの国防やそれがいかに厳しいかの話をすると、すぐに『シンガポールは「明るい北朝鮮」だから』とドヤ顔で持ち出す人がいます。「明るい北朝鮮」という表現は不適切です。不適切なのは、揶揄だからでなく、シンガポールは国家創設以来の強固な反共国家であり、秘密投票による普通選挙で政権が選ばれているからです。中華系が3/4を占める中華系国家であるがゆえに、今となっては中国との特に経済に基づく関係を持っていますが、共産化を恐れ中国と国交を持ったのは1990年になってやっとです。日中国交正常化は1972年であるのにです。シンガポールは一党支配体制が続いていますが、日本も戦後の55年体制や、その後の一時的な中断を経ても、結局は強固な与党が継続的に政権支配をしている国なのを忘れてはいけません。
『シンガポールは「ブライト ノースコリア」と日本では呼ばれていて』とわざわざシンガポール人に説明する日本人がいます。滑稽です。「明るい北朝鮮」は不適切であるがゆえに、世界中で日本でしか使われていない用語です。日本通のシンガポール人しか知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。
シンガポールは国の歴史が浅く、移民国家であるがために、経済のみでなく国防を通じて、国民意識を培ってきました。国民を食わせることと、国民の安全を保障することは、国家の存在意義であり、国家の浮沈がかかっています。経済と国防(治安)には、表現の自由への制限や厳罰主義とのトレードオフでしか得られないかは、議論されるべきと理解します。しかし、これは「明るい北朝鮮」という不適切な表現を正当化する理由にはなりません。

こういうお硬い見方もありますが、単純に面白い映画です。是非、見に行ってください!

 
執筆: この記事はうにうにさんのブログ『今日もシンガポールまみれ』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年12月14日時点のものです。

前のページ 1 2 3
寄稿の記事一覧をみる

記者:

ガジェット通信はデジタルガジェット情報・ライフスタイル提案等を提供するウェブ媒体です。シリアスさを排除し、ジョークを交えながら肩の力を抜いて楽しんでいただけるやわらかニュースサイトを目指しています。 こちらのアカウントから記事の寄稿依頼をさせていただいております。

TwitterID: getnews_kiko

  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。
スマホゲーム タラコたたき