正反対っぽい女子ふたりの同居生活〜伊藤朱里『緑の花と赤い芝生』

正反対っぽい女子ふたりの同居生活〜伊藤朱里『緑の花と赤い芝生』

 女性の対人関係について世間でよく言われることとして、”既婚か未婚か、子どもがいるかいないかで、断絶が生まれやすい”というのがある。”なぜ男性の場合は、既婚未婚の別とかましてや子どもの有無とかが、差し障りにならないのだ!”というもの言いはひとまず措いておく(不公平ではあると思うものの。まあ、育児に熱心な男性であれば、おとうさんだって友人関係が悪くなる可能性は否定できない)。女性は出産の前後はどうしても身体的に影響を受けずにいられないし、その間に友だちづきあいに陰りが出ることもあるだろう。実際のところ、各人が置かれている状況が違えば、他者とのつきあい方が変わってくるのはある程度しかたないことだと思う。とはいえ、これってほんとうに結婚や出産だけがきっかけだろうか。だって私たちは、全員が学童や学生という横並びの時期でさえ、全員となかよくできていたわけでもなかったではないか。

 本書においては、同じ27歳でありながら正反対っぽい女子ふたりが、交互に胸の内を語りながら物語が進む。リケジョで大手飲料メーカーの研究開発担当のバリキャリである志穂子と、身なりに気を遣い料理教室に通うなどかわいらしさや家庭的であることに重きを置く杏梨。それこそ、学校生活において同じグループになることはなさそうなふたりが関わり合うことになったのは、杏梨が志穂子の兄・晴彦と結婚したことによる。それでも、仕事を理由にほとんど実家に寄りつかない志穂子と、彼女(と晴彦)の母である義母と仲がよくしょっちゅう義実家を訪れる杏梨では、接点がなくても不思議ではないはずだった。それなのに、志穂子がひとり暮らししている社宅に空き巣が入ったため、しばらく晴彦と杏梨夫婦の新居に身を寄せることになったのである。お互いにまったく気が進まないのに始まった同居生活、果たしてどのような問題が待ち受けているのか…?

 当たり前のことだけれども、人それぞれうれしさやかなしさを感じるポイントは異なる。例えば、離婚して女手ひとつで娘を育ててきた国語教師の実母に反発する杏梨にとっては「専業主婦として家族を陰から支えてきた」「無邪気で世話好きでよく気が利く」義母は憧れの対象だ。でも、実の娘である志穂子の目には旧弊な価値観を娘に押し付けようとする鬱陶しい母親として映っている。それぞれ実の母から、”努力が足りない、もっと自立せよ”と否定されてきた杏梨と、”兄より高い学歴を目指すな、学歴やキャリアよりかわいげが重要”とたしなめられ続けた志穂子。「みんなちがって、みんないい」と認めることが、どうしてこんなにも難しいのか。しかし、結局は相手への関心の裏返しということに尽きる話であろう。義理の姉妹にしろ母親にしろ、ほんとうにどうでもいい存在だったら、何があろうと気にならないのだから。

 いずれにしても、何度も顔をつきあわせていくうちに、各人ほころびが出始める。でもそれは自然なことではないだろうか? 歳をとればとるほど本音で語るのが難しくなる中、志穂子と杏梨の直接対決は貴重な体験といえよう。上の方で「正反対っぽい女子ふたり」と書いたが、「正反対の女子」と断定するのを避けたのは、志穂子と杏梨はとてもよく似ている気がするからだ(目指す方向性が違うだけで)。ああでもないこうでもないと考えすぎてしまうところとか、周囲の無理解に対してそれぞれのやり方で抵抗しているところとか、結局は近親憎悪みたいなものから苦手意識が芽生えているように思える(事実上、近親者だし)。そう、時に女子たちが戦うべき相手というのはいるけれど、それはこのふたりの間でのことじゃない。奇妙な同居生活の着地点はどこにあったのか、ぜひお読みいただきたい。

 この苦みもありつつチャーミングな小説において、私が感銘を受けたことのひとつは、男性を悪しざまに罵るような記述がないことだ(鈍感さを指摘する箇所はいくつかある)。女性がたいへんであるように、男性もまたたいへんである(たいへんさの種類が多少異なる)。たとえ何かと迷惑を被ることがあっても、一方的に糾弾することはしないというフェアな姿勢は、実生活でも小説の執筆においても必要なものだと思う。

(松井ゆかり)

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