背筋が寒くなる怖い話アンソロジー『怪異十三』

背筋が寒くなる怖い話アンソロジー『怪異十三』

 夏といえば〈幻想と怪奇〉でしょ、というあなたにお薦め。
 三津田信三・編『怪異十三』(原書房)である。

 今はもう隔月刊になってしまったのでその慣習は崩れたが、かつての専門誌「ミステリマガジン」では八月号といえば〈幻想と怪奇〉特集であった。お化け映画が夏休みに上映されたり、特撮番組が夏になると突如怪談に因んだ話を織り交ぜてきたりするのと同じ様式美、背筋の凍る物語で涼んでもらおうというわけである。いつもは血腥い殺人や謎解きの物語ばかり載せている「ミステリマガジン」が、急に怖い話ばかりの誌面になる。同誌読者にとって〈幻想と怪奇〉は堂々たる夏の季語であった。

 というわけで今週は怖い話ばかりを集めたアンソロジーなのである。編者の三津田は、怪奇譚収集家の刀城言耶を探偵役に据えた謎解き小説の連作でおなじみだが、ホラー映画の熱心な愛好家としての顔も知られており、幻想・怪奇小説の書き手としても精力的に活動している。デビュー作『忌館 ホラー作家の棲む家』に始まる〈作家三部作〉や、長篇にしては珍しい技法を用いた『禍家』に続く〈家〉もの連作など、読むべき作品も多いのである。

『怪異十三』には、三津田が「一、僕自身が本当にぞっとした作品であること」「二、有名な作品は除くこと」「三、今では入手困難な作品に絞ること」などの条件を設けて選んだ内外十三の短篇と、作者自身の創作一篇が収められている。収録作の十三はいわゆる「悪魔の一ダース」と言われる数だが、さらに番外編として三津田自身の「霧屍疸村の悪魔」が加えられた。

 三津田は解説で、作業上の事情から上記の条件をやや緩めざるをえなかった由を明かしているが、それでも南部修太郎「死神」などの短篇は珍品の部類に入り、本書で初めて読むという人も多いはずである。その「死神」は藤澤清造『根津権現裏』(新潮文庫)の怪奇小説版みたいな話で、貧困ゆえに追い詰められていく男の心情が切迫した筆致で書かれている。三遊亭圓朝が舶来のメルヒェンを原案として作ったと伝えられる落語「死神」からの影響もあるように思うのだが、実際のところはどうなのだろうか。

「死神」以上に珍しいかもしれないのが宇江敏勝「蟇」だ。宇江は炭焼きの家に生まれて自らも林業に従事したという書き手で、山の民俗譚に深い造詣があった。「蟇」も山中の小屋が舞台となる掌編なのだが、自身の特徴を知悉したうえの書きぶりなのか、他では読んだことがない気味の悪さを感じさせる。素朴な民芸品だと思って手にとってみたら、実は邪神の彫刻だった、とでもいうような。

 後味がいつまでも舌に残る終わり方をする「蟇」は特にそうなのだが、目に焼き付いて離れない、視覚的な衝撃を重視した作品が多いように感じた。たとえば田中貢太郎「竈の中の顔」がそうだ。本書収録作の中では有名な部類に入るので、読んだことがある人は、ううう、あれか、と一緒に思い出して背筋を寒くしていただきたい。温泉宿に逗留している相場三左衛門のところに、毎日顔を出しては碁を打っていく僧侶がいる。ある日、三左衛門が何の気なしに彼の庵を訪ねていくとそこは、という話で、突如として現れる光景が目を疑うようなものなのである。この話のどこが自分は怖いのかと思って考えてみたが、一つの原因は脈絡のなさと思われる。なぜそんなところにそんなものが、という理屈がどんなに頭を絞ってみても出てこないのだ。理解不能なものは怖い。当たり前すぎて忘れていたことを、この短篇が思い出させてくれた。その怖さを単一の場面ではなくて筋立て、つまり語りのプロットでやってのけたのが菊地秀行「茂助に関わる談合」だ。こちらは、知らない街で手を引かれて歩いているうち、いつの間にか取り返しのつかない場所に足を踏み入れていた、というような短篇である。

 海外篇には、現実を引き裂いて嫌なものがぞろりと顔を出すような作品が多く収められていると感じた。嫌なのは怖いものほどにこやかに近寄ってくることで、虚仮嚇しなど一切せず、にこやかに、あるいは手招きなどしながら怪異は出現するのである。三津田が岡本綺堂と共に偏愛するモンタギュウ・ロウズ・ジェイムズの「笛吹かば現れん」などはまさにそうした場面が恐ろしい一篇である。また、ロバート・ルイス・スティーヴンスンの「ねじけジャネット」は、怪しいものの出方とさりげなさが半端ではないために、いつの間にか周囲の人間がそれを奇異に感じずに暮らすようになる話なのだが(でも、あれを放置したまま暮らしている住民はやっぱり問題だと思う。一緒の町内会では生活したくない)、あまりにも変なものが日常の中に混ざったままにされるので、崩壊の瞬間はいつ来るんだろう、とページを繰っていて心配になる。

 描かれる怪奇現象が印象的なだけではなく、それがいつ、どこで、どのように起きるかによって物語の見え方はがらりと異なる。海外篇の最後に置かれたイーディス・ウォートン「魅入られて」などはその典型のような作品で、さらりと書かれていることについて考え始めると、第二の風景が見えてくるようになる。世の中の現象に不可知の領域があることを主題としながらも、それを描くときには理性をもって行い、読者の知的好奇心を刺激する。三津田信三自身の創作姿勢が、収録作の選択にも反映されているようであり、作家のファンにはそこも興味深いはずである。

(杉江松恋)

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