映画『孤狼の血』白石和彌監督インタビュー 「仁義を大切にしている昭和の男が消えていく哀愁を描く事に心を砕きました」
暴対法成立直前の昭和63年の広島。警察、ヤクザ、そして彼らを取り巻く女たちが、それぞれの正義と矜持を胸に魂を賭けて生き残ろうともがく姿を描いた映画『孤狼の血』。破天荒な捜査を厭わない刑事・大上役の役所広司さんをはじめ、松坂桃李さん、江口洋介さん、竹野内豊さん、石橋蓮司さん、ピエール瀧さんなど、豪華なキャストが揃い、広島・呉でロケを行い、時として凄惨なシーンも織り交ぜられる迫力に魅せられる作品となっています。
ここではこの大作をまとめ上げた白石和彌監督にインタビュー。大役を務めた心境や、昭和を表現する絵作り、そして2018年にヤクザ映画を発表する意味についてまでお聞かせ頂きました。
ーーまず、『孤狼の血』の監督のオファーを受けた時のお気持ちからお願いします。
白石和彌監督(以下、白石):いや、「僕でいいのかな」と思いましたよ。僕はピンク映画やインディーズなアングラ出身の助監督だったし、『日本で一番悪い奴ら』が日活さんと東映さんで共同配給して下さったこともあったと思いますけれども、そんな実績としてもまだまだだったし、よく抜擢して下さったとは思いますけれども。「いいのかな、大丈夫なのかな」と思いましたね。不安はありましたよ。
ーープレッシャーも大きかった、と。
白石:もちろんそうですね。でも腹くくった以上は、もう徹底的に自分の持ち味を出しながら、やれることはやろうとは思いましたけれども。あとは、プロデューサーのみなさんが「まずR15にして下さい」とか、「中途半端なものを求めていないですから」ということをおっしゃって下さっていたので、すごく背中を押してもらえましたね。
ーー『孤狼の血』ですが、日本推理作家協会賞を受賞した柚月裕子先生の小説を映画化するということで、監督の中で一番こだわったポイントはどういったところになるのか、教えてください。
白石:そうですね。難しかったのは、やっぱり柚月先生の原作が『仁義なき戦い』や『県警対組織暴力』などの東映さんの昔の実録ヤクザ映画を基にしていて、それをどう映像化するかというところですね。じゃあ、深作欣二監督みたいに手持ちでグラグラといったカメラワークで撮ることが、はたして正解なのかどうなのか。そういった大きい作品を監督という立場で預かるとしても、そこのクオリティをどう設定しようかなというのは考えました。それで、思い切って端正に撮っていく事を選択したんですけれど。なので、昔のパッションを持ちながら、現代のノアールというか実録風の映画を構築しようというのは、一番考えたところですね。特に、原作でも書かれている、古き良き仁義を大切にしている昭和の良き時代の男たちが消えていくというのが哀愁があるというのがベースなので、実は仁義なき話ではないんですよね。それをどう映画として構築して見せようかということに心を砕きましたね。
ーー監督ご自身、映画のどのようなところに惹かれましたか?
白石:やっぱり『仁義なき戦い』などをベースにしているとはいえ、警察が主人公で様々なミステリーが物語に関係してくるところです。主演のひとりである日岡が抱えている、ある秘密も、それが小説だから成立しているのですけれども、映画の中でどうするかっていうのを考えなければいけないところでした。あとはヤクザを描くこと自体が今どきすごく難しくなってきているので、それは僕にできるかなという思いもありました。ただ僕は助監督やり始めた頃に、ヤクザもののVシネマとか、制作会社にもそんな感じの方もまだいる時代でしたので(笑)。有力な人に相談すればロケ場所が全部用意されてあるとか、謎の撮影をやったり。そういったことが活かせる、ということはありましたけれどね。
ーー『孤狼の血』は広島の呉市がモデルです。ロケ地はどのようにお探しになったのでしょうか。
白石:まず脚本をつくるうえでも「呉を見に行きたい」というのはプロデューサーにお願いして、(前作の)『日本で一番悪い奴ら』のキャンペーンをやっている最中に、広島キャンペーンがあって、その前日か前々日くらいに乗り込んで呉の街を見て回ったんですよね。柚月先生もおそらくご覧になったと思うんですけれど、僕の呉の印象が昭和63年で時間が止まっているように見えたんです。当時はもう少しスナックの数が今よりも多かったとか、当時の熱量から比べると小さくなっているというのはあるのかもしれないですけれど、そんなにロケ加工しなくてもいけるかなというのと感じました。もう一つ、『仁義なき戦い』シリーズは呉を舞台にしておきながら、京都撮影所とその周りの商店街で撮っています。実際に呉で撮っていないのであれば、あえて頑張ってやることで、何かまた違う色合いが出せるのでは、という希望や計算がありました。
ーー呉で映像の空気感がそのまま出来上がっていった、と。
白石:そうですね。呑み屋に行ったら、みんな呉弁をしゃべっているでしょうし、そういうことが、多分俳優も行って演じることがすごい糧になるだろうなと思いました。
ーー劇中に何度か登場する養豚場のシーンが印象的でした。
白石:大変だったんですよ。豚を連れて来るのに、買い取ると一頭10万円だとか。買っていられないですからね。それでも、協力して貸してくれる方がいらっしゃったんです。やっぱり『孤狼の血』というタイトルで、狼に対するものは豚だろうな僕はと思ったんです。狼はなかなかいないからね、日本に。いれば狼という話になったかもしれませんけれど。とにかく、「ここは豚だ」とこだわりましたね。
ーー『club梨子』のセットも大掛かりなように感じました。どのように撮られたのでしょうか?
白石:クラブ梨子は呉にある有名な黄色いビルの上の階にあって、「今使ってないところなので使って下さい」と言って下さって。ピアノを運んだりして結構大変だったんですけれども。オールスターが集まるから演出家としては大変だなと思いながらやっていました。
ーー例えば警察の車のトヨタ・マークⅡや黒電話など、昭和63年という時代感を出すための、演出や小物のポイントを教えていただければと思います。
白石:そうですね。例えばガミさん(大上)がポケベルを持っているんですけれども、そこは実際に63年にあったか聞いたんですね。ほかにも、ヤクザの抗争的なことや、呉どうだったとか。しかし、これはあくまでもフィクションなので実録的な要素はほぼなかったんですけれども、だからこそそういう小物の部分はみんなで調べられる限りのことを一個一個調べて、やるしかないですよね。とはいえ、表で撮れば、現代の広告看板があったりもするので、そういうのはCGもあるし、どうしてもやらなければならないところは頑張ってやっていったということです。あと、美術の今村さんが僕のデビュー作からずっとやって下さっているんですけれども、ご自身がもう70歳台のベテランで、この時代のことも良くご存じだし、美術監督としての経験値も非常に豊富なので、むしろ今村さんがある程度、僕やこの作品を導いてくれたというところがありますよね。
ーーこの映画はキャストの熱量が全面的に押し出されている作品だと思います。映像の迫力を出す空気作りを何か意識されたのでしょうか?
白石:どうでしょう。僕も助監督が長かったので監督とキャストがうまくいっていないとか、そういう現場も多々見ていますけれども。関係は悪くないんですよ。かといって始まる前にみんなで円陣を組むわけでもないし(笑)。特別なことはしていないです。でも衣装合わせのときとかに、「こういうことをしたいんだ」とか。でもやっぱりそれは思い返すと柚月先生の原作の力のような気がしますけどね。だから田口トモロヲさんなんかも「セリフの方言を見ているだけでテンションが上がります」と言ってくれたり、みんなそういう想いはあったと思いますよ。
ーー豪華なキャストが揃いましたが、どのように決めていかれたのでしょうか?
白石:プロデューサーやキャスティングの方といろいろ話しながら振り分けていきましたけれど、東映さんとしてはオールスターキャストにしたいというのがあって、もちろん出て頂けるのであれば、というふうには思っていましたけど。尾谷も伝説のヤクザみたいな感じなんで、伊吹吾郎さんが出て下さって良かったし。昔の東映のヤクザ映画の匂いのある人が本当に少なくなってきちゃっているから、そういう意味ではこういう映画を今やるとしたら、本当にギリギリだったかなと思いました。
ーーやはりガミさん役の役所広司さんの存在感が際立っていますが、現場での他の役者さんへの影響はどうだったのでしょう?
白石:もうそれは圧倒的ですよね。やっぱり最初に現場に入って役所さんと(松坂)桃李君の二人のシーンとから撮り始めていて、徐々に警察署やって、ヤクザ事務所やってみたいなことになっていくと。役所さんが、どうやっているのかなっていうのは、みんな絶対に見ますからね。役所さんが、このテンションだったら俺たちはここまでやっていいなとか、絶対そんなの僕なんかよりたぶん役所さんを見ていたと思いますから。そういう意味では、僕が「役所さんのテンションがこのくらいかな」ってことを話していけば、みんなに伝染していって、それがほぼみんなへの演出みたいなところがあったと思います。桃李もそうですよ、間違いなく。でも役所さんがパチンコ屋に入る前の道路のファーストカット撮ったときに、「緊張した」って言ってて「役所さんでも緊張するんだ」って「ちゃんとヤクザに見えましたか?」って「はい。ヤクザに見えました、良かったです!」って。よくよく考えたら刑事だったんだけども(笑)。
ーー松坂さんや永川役の中村倫也さんをはじめとする若手俳優もたくさん出演されています。東映のヤクザ映画や警察映画とは離れた世代がこの映画に出ているというところもポイントだと思います。昭和の男っぽく見せるのに、どのような役作りをされていったのか、教えてください。
白石:それはすごい重要な問題です。ヤクザ映画が時代劇になりつつあるんですよね。コンプライアンスの問題でヤクザともう会うこともだめでしょう。でも昔の役者はそうではなかったわけです。そこでいろいろ話を聞いて、日々取材をしているみたいなところがあったのですけれど、今では会うことも許されないから。実際にこんなヤクザはもういなくなってきてるしね。それが、ある程度過去の映画を観るとか、想像の中でやっていくしかないから、役者は大変だと思いますよ。だからできるだけ、どういうことなのかという話をして、衣装とか髪型で少しでも気持ちを作って貰っていくということですね。
ーー脱法行為も作品の随所に描かれています。
白石:助監督をやっているときにヤクザの方たちに取材をして一緒に映画作ったことがあって、そういうときに、そこの組の若い人たちが手伝ってくれるわけですよね。仲良くなって話をしていると、「俺もさ、懲役行きてぇんだよね」って言っていて。「懲役、行きたいものなの?」と聞くと、「数年入ったら何百万か貰えるし、いい思いできるんだよ」と言われた事とかね。そういうことは実際に会って話を聞かないと分からないじゃないですか。そういうことを日常会話で聞くことなんてできないから。僕はまだギリギリちょっとは少し聞いたことがあるし、そういうことを例えば倫也君とかに「こんな感じだったよ」とか伝えたい。後は、もう書物を読んでということですね。
ーーガミさんの「綱渡りの綱に乗ったら、もう落ちないように前に進むしかない」といったセリフがありましたが、それを手がかりに松坂さんがライターを見つけるシーンがあって、その精神の継承といった側面も描かれていたと思います。
白石:いやもう、既にこの映画の中で綱に乗っちゃってますよね。ここからは綱を渡っていくしかない人生なんだけど、もう綱に先はないんですよ。昭和という時代が終わって、暴力団対策法も僕らが知っているような法律ができて、今のヤクザはご存知の通りの状況になっているじゃないですか。分裂してケンカもできないわけですよね、今のヤクザというのは。そういう時代が良かったのかという話にもなるから。だから日岡は、残された最後の昭和の人みたいなイメージになっていくのかな。
ーー尾谷組や加古村組の組員など、警察以外のキャストも個性的です。
白石:『彼女がその名を知らない鳥たち』の時に、野崎役の竹野内(豊)さんが「刑事もヤクザもやったことがない」と言っていて、「もし、機会があればやります?」と聞いた時に「チャンスがあったらやってみたい」と話していたので、その段階で野崎でオファーしようと思っていました。(新聞記者役の)中村獅童さんもスケジュールがそんなになかったんですが、ポイントで出てもらいました。けれど「本当はヤクザやりたかった」と怒られたりして(笑)。撮影が終わってからも、いろんな役者さんに会うたびに「なんで呼んでくれなかったんですか」「ヤクザやりたいっす」と言われました(笑)。今なかなかできないですからね。振り切った芝居がやりやすいんだと思いますよ。
ーー原作にはない阿部純子さんが演じた薬剤師・桃子も、最後にどんでん返しがあります。
白石:オーディションにはずっと来てもらっていたのですけれど、すごい、いい娘で何だろうな……。若いのに「お前、なんでそんなにいろいろなこと経験してそうな顔してるの」という(笑)。「お前頑張れ」みたいな感じがあるんですよね。ずっとお仕事したいなという想いはあって、ただ僕の手がける作品の女性キャストは、大体がビッチばっかりで。今回の役どころも一筋縄ではいかないんですけれども(笑)。久々に会って「あっ、これはもしかしたら合うかも」と感じて、「頑張れる?」って聞いて「はい頑張ります」と。
ーー映画のパンフレットには東映の50~70年代の警察・実録やくざ映画の系譜が載っています。2018年にこのような作品を世に出す意義について、最後にお聞きできればと思います。
白石:他の映画会社が、キラキラ漫画を原作にした映画で全盛時代を迎えていて、東映さんもそういう映画を撮っていると思いますけれども、そんな東映さんの映画を僕が言うのもなんですけど「観たいかな」という(笑)。本当に原点に返ってこういう映画を作るって思いが、まだまだ残っていて。地方に行くと劇場さんから「こういう東映さんの映画が観たかったんです」と言われるんですよね。僕にこれだけ言っているんだから、多分東映さんの営業の方とかみんな聞いているはずで、この映画が本当にヒットしたら絶対にまた面白いことになるぞと。多様性とか含めて韓国にこういうことやられっぱなしだから。それとは別に「日本でも撮っていいんじゃない」という想いはずっとあったんで、嬉しいですよね。
ーーありがとうございました!
映画『孤狼の血』公式サイト
http://www.korou.jp/ [リンク]
(c)2018「孤狼の血」製作委員会
乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営し、社会・カルチャー・ネット情報など幅広いテーマを縦横無尽に執筆する傍ら、ライターとしても様々なメディアで活動中。好物はホットケーキと女性ファッション誌。
ウェブサイト: https://note.com/parsleymood
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