“どんでん返しの帝王”が社会福祉制度の限界に挑んだミステリー小説

“どんでん返しの帝王”が社会福祉制度の限界に挑んだミステリー小説

 新聞やテレビなどのメディアでもたびたび話題となる生活保護の受給問題。高収入を得ているテレビタレントの母親が不正に受給していたという話のいっぽうで、生活保護を止められた男性が「おにぎり食べたい」と書き残して餓死したという事件もありました。生活保護は健康で文化的な最低限度の生活を送るために国が保障している国民の権利でありながら、現在そこにはさまざまな問題点やひずみが浮き彫りとなっています。

 そんな日本の社会福祉制度の限界に挑んだミステリー小説が『護られなかった者たちへ』です。あらすじを簡単にご紹介すると……。

 舞台は震災から復興しつつある仙台市。保健福祉事務所の課長・三雲忠勝が、手足や口の自由を奪われた状態の餓死死体で発見されます。三雲は公私ともに人格者として知られるだけに怨恨の線も薄く、捜査は暗礁に乗り上げることに。さらに続いて、県議会議員の城之内猛留が死体となって見つかりますが、同様に餓死状態にさせられたことがわかります。この二人をつなぐ接点はどこにあるのか、誰が何のためにこのような無残な殺し方をしたのか。宮城県警捜査一課の笘篠誠一郎たちはその謎を追い、犯人につながる手がかりを必死で探し、ついに切なすぎる真実へとたどり着くこととなります。

 物語のキーパーソンとなるのは、警察官として捜査をおこなう笘篠と交錯する形で登場する利根勝久という男性。三雲の死体が発見される数日前に模範囚として刑務所を出所したばかりなのですが、三雲、城之内に対してただならぬ憎悪を抱いており、あと一人別の人物を探し出そうとしている様子が描かれます。あやしい……どう見てもこの利根という男、今回の殺人事件にかかわっている気配が濃厚なのです。

 とはいえ、著者の中山七里氏の異名は”どんでん返しの帝王”。今回も一筋縄ではいかない、あっと驚くような結末が用意されており、「この人が犯人だったとは!」とまんまとだまされてしまう読者も多いはず。ミステリー小説の醍醐味をこれでもかと味わえることでしょう。

 そして娯楽小説であるとともに、これは現代の社会福祉制度の犠牲となった者たちの怒りや哀しみ、葛藤などにスポットをあてた社会派ミステリーでもあります。生活保護の申請をむげに却下されたり、生活保護を受けていても途中で止められたり、生活保護を受けるべき状況の人が頑として申請を拒否したり……本書にはそのような人々が次々と出てきます。小説ではありますが、これは今の日本の社会で実際に起きている現実であることを思うと胸が痛んでなりません。

 物語の最後、タイトルにもなっている「護られなかった人たちへ」から始まる手紙は本書のテーマそのものともいえます。本来護られるべきところを護られずに死んでしまった者は誰なのか。殺害された三雲や城之内なのか、それとも……。皆さんもぜひじっくりと考えてみてください。

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