スーツを買う。(Tokyo Life)

Ken Mizuuchiさんのブログ『Tokyo Life』

今回はKen Mizuuchiさんのブログ『Tokyo Life』からご寄稿いただきました。

スーツを買う。(Tokyo Life)

スーツを買う

 20年ほど前、就職に伴い上京した僕は、近くの紳士服量販店でスーツを買っていました。

 ところが、裾が短かったり、妙な生地だったり、ウェストが太過ぎたり細過ぎたり。会社の人から「ズボンの丈が短くない?」と指摘を受けて恥ずかしい思いをしたりしてました。測って合わせたはずのスーツを、一度受け取った後に再度店に持ち込んで、修正をお願いすることも度々でした。

 そんなことを繰り返していたとき、いつのことだったか、僕は新宿の某デパートの、大きいサイズの扱いが充実したところにスーツを見に行きました。

 応対してくれたNさんという自分の母親くらいの店員さんは、スーツの選び方、ネクタイやシャツ、靴などの選び方や買い方について親身になって相談に乗ってくれました。量販店で買うよりは少し高くついたけど、安心して着られるスーツを、僕はそこで買いました。

 次のスーツも、その次も、Nさんに相談して買いました。Nさんは僕がどんなスーツを持っているのか知っているので、買い足すならこういう生地や色のスーツがいいでしょうと、的を射た助言をしてくれました。

 僕のスーツの最初のワードローブは、Nさんに揃えてもらったようなものです。

 そのうち僕が海外でも仕事をするようになり、日本は冬物の季節なのに海外の出張先や赴任先の気候の都合で春夏物のスーツを注文するという無理を聞いてくれたのはNさんでした。あるいは一時帰国で東京に短期間しか滞在できない時、海外からお店に保管されているはずの僕のカルテを元に予めスーツを作っておいてもらえるようお願いしておき、東京滞在中に出来上がったスーツを受け取るというわがままを聞いてくれたのもNさんでした。

*   *   *

 少し間が空いて、次の季節のスーツを相談しようとそのデパートに出かけて、いつものところで「Nさんはいらっしゃいますか?」と尋ねたら、店員さんが少し困った顔をします。「Nさんは先日亡くなったんですよ。」

 ちゃんとお礼もご挨拶もする間もないまま、Nさんは亡くなってしまいました。Nさんにどんな家族がいらっしゃったのか、どんな人生を送ってこられてのか、僕はほとんど何も知りません。でも、僕の東京生活、職業人生のスタートを支えていただいたのはNさんでした。もう亡くなってから何年も経ちますが、今でも、感謝しています。

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 今日また、新しいスーツを作りました。同じデパートの同じところで、Nさんに代わってEさんという男性店員さんに、ここ何年かはお世話になっています。Eさんもプロです。前回スーツを作ったのは1年以上前だったのに、カルテを見ることなく、「前回は裾を後で少し出しましたよね。」「胸回りが少し大きくなってるような気がしますね。」「前回はこのイメージで作ってましたが・・・。」と、手際よく固めていってくれます。

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 デパートは構造不況業種だといいます。たぶんそのとおりでしょう。僕が惰性でデパートで買っているだけで、いい専門店が他にもたくさんある、というのもそのとおりだと思います。友人が紹介してくれたオーダースーツの某店も、同じレベルのスーツならそのデパートより何万円か安く買えそうですし。

 でも僕は、たぶん今後もそのデパートの、NさんとEさんのところで買い続けるでしょう。スーツと一緒に、思い出や物語を買うようにね。

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 新宿伊勢丹メンズ館の永堀さん、ありがとうございました。江幡さん、これからもよろしくお願いいたします。

執筆: この記事はKen Mizuuchiさんのブログ『Tokyo Life』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2018年04月21日時点のものです。

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