アメリカ、それは最後のフロンティア

アメリカ、それは最後のフロンティア

 それはとほうもないライト・ショウだった。

 気候変動によって全土が砂漠と化したアメリカにあって、いまも煌々と輝きつづけるラスヴェガスの夜、その夜空にまずあらわれた摩天楼ほどの立体像はミッキーマウスだった。つづいて、ピンクのドレスをたくしあげ脚線美をさらすマリリン・モンロー。スーパーマンにドナルドダック、クラーク・ゲーブルに超人ハルク、二十階建てほどのコカコーラのびん、銀色のパイプとシリンダーずくめで空飛ぶ石油精製所といった感じの宇宙船エンタープライズ、フットボール場なみの大きさと混じりっけなしのアストロターフの色をした一ドル紙幣。

 チープで即物的で無制限に再生産され、欲望を肯定してくれるアメリカの夢たち。

 それは磁力のようにひとびとを引きつける。アメリカに住む者ばかりではなく、世界中がアメリカの夢にひたされている。醒めることのない楽しい夢であり、極彩色の悪夢でもあり、もうその区別じたいが意味がない。

 バラードは未来に仮託して、そのアメリカの夢を再発見に出かける。

 経済破綻と資源枯渇によってアメリカからひとびとがこぞって逃げだしてから一世紀、イギリスから蒸気船を仕立てた探検隊がアメリカへ向かう。主人公はこの船に密航した青年ウェインだ。

 船長スタイナーはウェインに言う。「たぶんきみは万事を一からやりなおすことになる。大統領にだってなれるんだ」

 まさにアメリカン・ドリーム。それを象徴するのが一行が乗っている船だ。調査船第二九九号という正式名称があるのに、彼らはその名を捨てて新しくアポロ号なる船名をつけ直したのだ。アポロ号。アメリカが初めて月へ人間を送りこんだ偉大な巨塔。

 うちすてられたアメリカにわざわざ行こうなどという者は、どこかおかしい。ただひとり、政治的保身のためにアメリカ行きを引き受けた探検隊長のオルロウスキーをのぞけば、みな何らかの妄執に駆られている。私生児として育ったウェインは、アメリカに行けば父が見つかると思いこんでいる。機関長のマクネアは、アパラチア山脈が噴きあげた砂金がアメリカを覆っているといってきかない。アン・サマーズ博士はすてきなホテルやリムジンやギャングの暗い記憶を愛している。ポール・リッチ博士を支配しているのは権力欲と暴力的な衝動だ。スタイナー船長も冷静そうなのはうわべだけで、マンハッタンが見えたとたんアポロ号を猛発進させ、海中に潜んでいた自由の女神の王冠に船底を引き裂かれる。

 それでも沈没する前にどうにかニューヨーク港へたどりつく。船を修繕するチームを残し、探検隊は内陸へと探査を進めていく。途中、さまざまな土着民(いくつもの部族に分化したアメリカ国民の末裔)と遭遇する。

 えんえんと続く砂漠、物資調達もままならない困難な旅すがらに、ウェインはオルロウスキーにこんなプランを開陳する。アメリカに気候変動をもたらしたのは、北極圏を農地化するためにつくられたベーリング海峡ダムです。自分たちが築く新生アメリカ国家で最初になすべきは、ネブラスカにたっぷり残っている核ミサイルを整備して、あのダムを壊すことでしょう。東側は抵抗しようがない。彼らにはとうの昔に核兵器を廃絶しており、そもそも使いものになる軍隊だってないんですよ。

 トランプ大統領が聞いたら欣喜雀躍することまちがいなしのシチュエーションだ。

 しかし、あに図らんや、そんな構想をぶちあげているさなか、ニューヨークに残ったアポロ号修繕チームから無線が入る。ビル全体が震動するほどの地質構造的な変動があり、北東方向に異常な発光が認められた。そして放射能の測定値が危険領域へと達している。

 その数値を一瞥したリッチ博士はこともなげに言う。「これは致死量の三倍だ。もうおだぶつ同然だね」

 それ以降、ニューヨークとの交信は途絶える。アポロ号が修繕できたら、ヴァージニア州ノーフォークで落ちあう計画だった。しかし、それができないとなると……。

 オルロウスキーは南へ進んで、マイアミで救助船を待つべきだと主張する。水泳プールもあるから休憩できるぞ。しかし、スタイナー船長もウェインもそれに異を唱える。救助船? 水泳プール? ばかばかしい。自由を求めるなら目ざす方向は決まっているだろう。

 Go West! そこは最後のフロンティア!

 かくして、艱難辛苦、数多くの犠牲を出しながら、たどりついたのがラスヴェガスだ。冒頭で紹介したライト・ショウは、この都市を本拠とするアメリカ第四十五代大統領マンソンが披露したものだ。マンソンはギャンブル狂で、あげくルーレットで核ミサイルを打ちこむ場所を決めようといいだす。ヨーロッパからやってきた疫病が広がる前に、アメリカの都市を燃やすのだ。核による浄化。ウェインたち探検隊もイカれていたが、さすが本場の妄想はスケールが違う。

 南山宏さんが「あとがき」で、本書についてのマイケル・ムアコックの評を引用なさっていて、そのなかにこんな一節がある。

 普通の作家なら比喩の材料に現実の外観を与えようとするところを、バラードのような作家は現実の材料を比喩にまで拡大してみせる。

 アメリカが産出したさまざまな素材は、現実を流通して消費・再生産されると同時に、私たちの無意識に深く染みこんでいる。バラードが提唱した内宇宙の、これは実証的なサンプルといえよう。

 1960年代の《破滅三部作》、70年代の《テクノロジカル・ランドスケープ三部作》につづく、バラード長篇が『夢幻会社』であり『ハロー、アメリカ』である。『夢幻会社』はセスナ墜落からはじまるアニミズム的神話世界だったが、『ハロー、アメリカ』でも重要な局面に飛行機墜落のエピソードが組みこまれている。そうしたモチーフのつながりを探して読むのも一興だ。おまけに、その墜落した飛行機というのが、新種ガラスによって日光を揚力に変える、外見はガラスと針金細工の精緻を極めた構造物である「日光飛行機」である。《ヴァーミリオン・サンズ》に登場しそうなガジェットではないか。

(牧眞司)

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