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旅に出なくたっていい。若者が夢を語れる世界をつくりたい / 前田塁インタビュー

旅に出なくたっていい。若者が夢を語れる世界をつくりたい / 前田塁インタビュー

TABIPPO.NET編集長である前田塁。創業から約7年経った今でも旅への探究心は衰えず、昨年には編集部でアメリカ横断という企画も実施していました。

普段はどのような仕事をしているのか?なぜ将来の夢は「宇宙飛行士」なのか?など、気になることについて詳しく聞いてみました。

旅に出なくたっていい。若者が夢を語れる世界をつくりたい / 前田塁インタビュー

ルイス前田

世界一周中に出会った友人と旅人を増やす会社を起業して4期目。40ヶ国訪問、世界二周して、ワークライフカオスに生きてます。Webメディアの運用と開発が得意な賢者型編集長で、次の夢は宇宙飛行士です。第3土曜日で冠ラジオ番組はじめました。JFN「FUTURES」

 

――株式会社TABIPPOで現在、どのような仕事をしているのか教えてもらってもよろしいでしょうか?

Webメディア・TABIPPO.NETの編集長と、エンジニアの兼務をしています。編集長業務は、1つ1つの企画をライターと考えたり、メディア全体の方向性や年間の戦略を決めたりと、下から上まで様々な業務を担当していますね。

開発においては、2017年の4〜6月にセブ島へエンジニア留学に行ったので、それ以降、TABIPPO.NETの裏側のサーバーやコードを見ています。2つの業務の比率でいうと、編集長が8割、エンジニアの開発が2割といったところでしょうか。

――なぜ編集長になったのでしょうか?

TABIPPOを会社として立ち上げの時に、創業メンバーである清水と小泉で役割分担したんです。清水が社長業務と営業とプロダクト事業、小泉がイベント事業を担当することになりました。残るはTABIPPO.NETの原形となるブログ。やや消去法的に僕が引き受けることになりました。

当時はメンバーは誰もいない1人編集部だったので、チームとしての編集部を立ち上げ約4年間続けてきました。ゼロからイチのところは立ち上げて形となったので、もう新世代に引き継ぐタイミングかなと思います。

――編集長を辞めるということですか?

実は、編集長という肩書きにこだわりを持っていないんです。TABIPPOは若い人のためのメディアだから、若返りを続けていかないといけないんですね。当時会社を始めたときは、清水や僕はソーシャルメディアアカウントで最先端を走っていましたが、今はInstagramやYouTubeも出てきています。

それらについても理解はしているし、使い方もわかりますが最前線ではないなと。その部分については、Instagramと一緒に育ってきた若い人たちから教わることもありますし。

――TABIPPOで仕事をしていて、楽しい時・やりがいを感じる時はどんな時ですか?

何百万PVという数字を見てもピンとこないですが、身近な友達から「調べたらTABIPPOの記事を見つけたよ」って言われた方がやりがいを感じますね。創業当時もそういう声はもらっていましたが、お世辞のような気もしていて。最近だと、本当に周りに浸透してきたことを認識します。

楽しいのは、新しい企画を考える時。企画は最近ライターと一緒に考えていて、ライターの書きたいこと、ライターが書けること、TABIPPOとして書かなきゃいけないことを、どうやって実現するかとよく考えています。「書きたい」が強いライターと弱いライターがいるので、まず「書ける」部分から企画を考えることが多いかなと思いますね。

これから出る企画でおすすめなのは、僕と阿部ちゃんの「旅と健康」かな?(笑)

――メディアチームの中ではどんなポジションですか?

創業メンバーで、且つ編集長で、世界も2周してるから……なんだかよくわからないけど偉そう……じゃないですかね?(笑)コミュニケーションをとっているとはいえ、ライターからしたら距離を感じることもあるかもしれない。それもあって世代交代をしたほうがいいと思いますね。

あと、記事を書くことは僕も他の人もできますが、社外に出た時に僕のポジションだからこそできる仕事があると思っていて。メディア同士のタイアップしましょうとか、アメリカ横断のような複数のクライアントと企画を進める時など、そういう大きな案件を動かすポジションでもありますね。

 

――前田さんは昨年30歳を迎えましたが、20歳の時には、どんな大人になると考えていましたか?20歳の自分が今の自分をみたら、何を伝えると思いますか?

20歳の時はアメリカ留学もまだ世界一周もしていませんでしたが、ちょうどその準備をしていた時だったので、海外に関わる仕事をするのかなと、ぼんやり考えていました。当時は国連の職員になりたかったな(笑)。

20歳の時にやりたかったことは一通り叶えて今があるから、「やりたいことやったね」と声をかけると思います。

(▲アメリカ留学時代のルームメイトと)

――TABIPPOの活動を通して、得たものは何でしょう?

大きく2つあって、1つは「夢の叶え方を知ることができた」こと。メンバーからの理解を得られていることが大前提ですが、約7年前にTABIPPOを立ち上げた頃の最初のイベントは自費でやっていて、赤字にも黒字にもならないような、ほぼボランティアだったんですね。

そこから会社にして、セブ島留学とかアメリカ横断まで出来るようになり、「ボランティア」から「お金」にすることを一通り経験したので、こういう風に続けていけば、自分たちのやりたいことを会社が無理ない範囲で実現できるようになりました。

これから何か新しいこと、例えば僕が今後したいと思っている宇宙の仕事も、多分7年かけてならできる気がするんです。夢の叶え方を、マイナスからプラスまで積み上げるまでを一通り経験できたのは良かったなと思います。

旅に出なくたっていい。若者が夢を語れる世界をつくりたい / 前田塁インタビュー

(▲TABIPPO創業時に撮影)

そして、もう1つは「味方が増えていく興奮を感じることができた」こと。今までTABIPPOを通して関わった人たち、一緒に仕事をした人たちは数千人に、そして僕たちのイベントに来てくれた人は数万人規模になっています。いきなり倍にはならないけれど、だんだん味方が増えていき、応援してくれている人も多くなってきました。

味方が増えていくのを目にして、そこから「僕たちのやり方は間違っていなかった」と感じましたね。言葉は単純だけど、何かを続けることの大切さだったり、続けて大きくなっていく興奮だったり、そういうものを感じて初めて、自分の活動の意義がわかるかなと思います。

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