ガジェット通信 GetNews

見たことのないものを見に行こう

体験を伝える―『ガジェット通信』の考え方

面白いものを探しにいこう 本物を体験し体感しよう 会いたい人に会いに行こう 見たことのないものを見に行こう そしてそれをやわらかくみんなに伝えよう [→ガジェ通についてもっと詳しく] [→ガジェット通信フロアについて]

ふつうのおふろ〜温泉が紡いだ入浴支援〜

日本人は世界有数のお風呂好き民族です。国土のあちこちから温泉が湧いていて、家庭用入浴剤の数も豊富、お風呂に入りながら見れるテレビも登場し、入浴はますます日本人の生活に根付いてきています。今回は日本のどこかにある小さな施設で起きた、認知症高齢者Tさんのお風呂を巡るお話をざっくりお送りします。

認知症で入浴から遠ざかったTさん

細かい説明は省きますが、今回のエピソードの主人公、Tさんの状況をごくごく簡単にご紹介いたします。
女性、75歳、在宅独居、要支援2、アルツハイマー型認知症。
本が大好き、独居になってからテレビもラジオもないクラシカルな生活。
1日に何度か庭に出て草木に水をやる。それ以外は外に出ない。
俗に言う短期記憶障害
生活行為の中から清掃・入浴が抜け落ちた状態。
息子さんが車で20分ほどの距離のところに住んでいた。
息子さんが仕事以外の時間は訪問し、食事等を準備していた。
民生委員、地域包括の職員が訪問しても門前払い。
息子さんが清掃、入浴を勧めても「まだいいよ」と一言話されるのみ。
色々あって、小規模多機能サービスの利用を開始。

関係を、つくる

認知症高齢者が一人暮らしをするにあたり、長くなればなるほどさまざまな「人」の介入が必要になってきます。ひとりで家に篭り、お風呂に入ることもなくなり、手製の杖(木の枝)を使って歩くTさんを心配した息子さんは、小規模多機能型居宅介護の利用を検討し始めます。しかし、当初は職員が訪問しても相手にされず…

そこで、1日のうち数回「こんにちわ」「いいお天気ですね」とだけ挨拶をするかかわりを繰り替えすことにしました。すると徐々に、Tさんから話しかけてくれる機会が増え、関係性が構築され、職員がTさん宅にお邪魔できるようになりました。

お風呂には入らない

今にも崩れそうなほど高く積み上がった本を整理し、一緒に外出できるまでになりましたが、入浴に対しては笑顔でかわされる日々。お風呂に入らないこともその人の自由ではあるのですが、もともとお風呂好きだったTさんがなぜそこまでお風呂に入らない生活を貫くのか、息子さんはじめ職員も皆不思議がっていました。

温泉サークル

ある日、職員がTさん宅に訪問していると、2人のご婦人がやってきました。聞くとおふたりはTさんの昔からの友人、ばったり会った息子さんから現状を聴き、自宅までやってきたというのです。職員も一緒にお茶を飲みながら話していると…


Aさん

そういえばしばらく皆で温泉行ってないわよね~


職員

えっ?前はよく行かれてたんですか?


Bさん

多い時で月に2回は行ってたの、もうほら、年も年だから死ぬ前に全国の温泉に皆で行こうって言って。


Aさん

そう、温泉サークル。私たちとTさんと、もう1人Cさん入れて4人でね。


職員

今はサークル活動されてないんですか?


Aさん

なんだかねぇ、Tさんが調子わるくしたって聞いて…Tさんが元気になったら皆で行こうって決めてたんだけどねぇ。

そこで職員は無意識にこんなことをTさんに質問しました。


職員

Tさん、次の温泉サークルどこに行きます?


Tさん

うん、○○なんか行ってみたいね。

職員は友人のおふたりにもご協力をいただき、温泉ツアーをその場で企画してしまったのです。息子さんは「母が喜ぶのならぜひ」と快諾してくれました。

サークル活動再会

温泉サークル一向はTさんの希望する温泉地に向けて出発しました。職員も同行し、和気藹々とした雰囲気で温泉へ。Tさんは道中久々に再会した友人Cさんの顔を忘れ、「おたくどなたでした?」と質問することが度々ありましたが、それすら旅の味付けとしてTさん含め皆さん楽しまれていました。

杖歩行のTさんを職員がサポートしながら入浴、そして久しぶりに身体を綺麗に洗い、一泊。すっかり楽しんだ翌日、温泉宿を出ようとすると、売店で友人3人がTさんに向かって何かを手にもち、しきりに話をしています。

キーアイテムゲット

Tさんは過去の温泉ツアーについての記憶があります。そのため、友人3人が勧めるものが何か、それをどう使うかをきっちり理解されていました。Tさんはそれを手に持ち、イキイキとした表情とツルツルになった肌で言いました。


Tさん

この湯の花でお風呂に入るのが楽しみでね~

同行していた職員はハッと気がつき、友人たちに尋ねたところ、「Tさんはいつも各地の温泉で購入した湯の花を自宅のお風呂で使っていた」ことがわかりました。

入浴行為の再獲得

その後、自宅に戻ったTさん。湯の花を使おうとしましたが、しばらく放置されていた浴室は使用できる状態になかったため、修繕するまでの間は事業所で湯の花を使って入浴を楽しむことになりました。息子さんに確認すると、Tさんが認知症になってから棚にあった各地の湯の花をなんの気無しに処分したとのことでした。湯の花が手元に戻ったことで、Tさんは温泉の香りを感じ、好きだったお風呂という行為を再獲得することができました。

温泉サークルのその後

今回のケースは、「昔ながらの友人」というインフォーマルサービスが最大限に力を発揮してくれたエピソードです。Tさんの認知症を悲観的に捉えることのない底抜けに明るい3人の友人と、Tさんにまっすぐ向き合った職員がうまく融合することで、入浴から遠ざかっていた状況から一転、温泉ツアーに行ってしまうほどの変化が生まれました。

言ってみれば成り行きまかせですが、大事なポイントには必ずこの職員が存在していて、何かを呟いたり質問したりしています。友人も職員も「普通のことしかしていない」のです。そしてこの職員をしっかりサポートする事業所の姿勢があったことも大きい事例です。

この記事を書くにあたって確認したところ、温泉サークルは今でも月に1回の活動を欠かさず行っているとのことでした。変わったことはサークルメンバーの1人(Bさん)が最近アルツハイマー型認知症の診断を受けたことだけのようです。

前回記事:介護職が感じる仕事としての介護と家族介護の違い

この記事を書いた人

軍司大輔

前介護福祉士養成校学科長。介護療養型医療施設等で介護福祉士として従事した後、介護教員となり、現在は地域での介護事業に携わっている。介護職ネットワーク「ケアコネクト」代表として認知症勉強会や情報交換会を開催。国家試験実技実地委員、実務者研修・初任者研修・福祉用具専門相談員講習講師の他、介護福祉士養成校・各種試験対策講師を務める。教育と臨床の両面から地域で活動する。HR/HMギタリスト。

認知症ONLINEの記事一覧をみる
  • 誤字を発見した方はこちらからご連絡ください。
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちらから
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。

山寺宏一&高木渉で『ポプテピピック』

GetNews girl / GetNews boy