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ツインリードギターを確立したウィッシュボーン・アッシュの『光なき世界』はブリティッシュロック最重要アルバムのひとつ

1970年の初め、ディープ・パープルの前座をウィッシュボーン・アッシュが務めた時、その演奏に驚愕したリッチー・ブラックモアはディープ・パープルのプロデューサーに彼らを紹介、それから1年も経たないうちにメジャーデビューを果たすことになる。ウィッシュボーン・アッシュは3作目の『百眼の巨人アーガス(原題:Argus)』で世界的な評価を得るが、僕は今回紹介するデビュー作の『光なき世界(原題:Wishbone Ash)』のほうが優れた作品だと思う。本作で確立されたアンディ・パウエルとテッド・ターナーのツインリードギターはロック界の宝であり、その独創性は未だに多くのアーティストに影響を与えている。
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ブリティッシュロック界を牽引した スーパーギタリストたち

50年代終わりにアメリカで生まれたロックンロールは、当初は黒人のR&Bやブルースと白人のカントリー音楽が合体したフュージョン音楽だった。その後、成長を続け、10年も経たないうちにロックンロールから“ロック”へと変貌していく。特にイギリスへ渡ったロックンロールは、クラシックやジャズとも結び付くなど、独自のブリティッシュロックという形態を獲得する。その中で、ロックギターは本国アメリカよりも過激なかたちで進化し、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジらに代表されるブリティッシュロック・ギタリストを輩出する。
アメリカのロックギタリストたちは、イギリスと比べると基本に忠実なプレーヤーが多い。デュアン・オールマンはブルースとR&B、ジェリー・ガルシアはブルーグラスとジャズ、ジェームス・バートンやロビー・ロバートソンはロカビリーやカントリーと、それぞれのバックボーンをロックへとアダプトしていったのに対して、ブリティッシュギタリストはブルースを基本にしながらも、独自のアイデアを盛り込みながら、どんどん新しい思考やテクニックを編み出していくのだ。
これは寿司に喩えると分かりやすいかもしれない。日本では寿司そのものの形態は変えず、素材の新鮮さなどで勝負するわけだが、外国の寿司はと言えば、アボカドを入れたりマヨネーズを使ったりするなど、ルーツにこだわりがないだけに、まったく新しいスタイルにチャレンジできるのだ。アメリカとイギリスのギターの違いも、これと同じようなものだ。要するに、本場は無意識でルーツを大切にしてしまうが、それ以外の場所では大胆に勝負できるというメリットがあり、そのおかげでブリティッシュロックは大きく花開いたのである。
ツインリードギター

そんなブリティッシュギタリストの代表が、クリーム時代のクラプトンだ。ブルースをベースにしつつも、ジャズのインプロビゼーションに影響された長尺のアドリブで、あっと言う間に世界最高のギタリストという評価を得た。しかし、長いアドリブは我儘との隣り合わせであり、事実、クリームはクラプトンひとりだけが脚光を浴びることで、グループ内の衝突を生んだのである。ペイジやベックはそういう手法は取らず、バンドのアンサンブルを大切にしたと言えるだろう。ベックは弾きまくるというイメージを持っている人は少なくないが、ベックがギターを前面に押し出すようになるのはもう少しあとの70年代中期である。
アメリカではオールマン・ブラザーズとグレイトフル・デッドが、60年代後半からツインリードギターを取り入れている。このふたつのグループがツインリードギターの先駆者で、オールマンはグレイトフル・デッドを大いに参考にしている(ツインドラムのアイデアも含め)ので、意識的にツインリードギターを始めたのはデッドと言っても良いだろう。その後、デュアン・オールマンとディッキー・ベッツを範にしたツインリードギター(レーナード・スキナードはトリプルリード!)はサザンロックの定番となる。
アッシュの考え抜かれた ツインリードギターのフレーズ

オールマン・ブラザーズのツインリードギターは、ふたりで和声的にハモる部分があり、ウィシュボーン・アッシュも、そこは手本にしていると思われる。ただ、アメリカのグループは決めとなる部分こそハモるが、基本的にはふたりが好きなよう(もちろん、相手に譲ったり、相手とアドリブでハモったりすることはある)に弾いていることが多い。
それに比べてウィッシュボーン・アッシュの場合は、アドリブの割合が格段に少ないところが特徴である。1曲の中でリフだけでなくソロパートまでもハモるという方針は、アンディ・パウエルとテッド・ターナーの様式美へのこだわりによるものなのだろうが、プレーヤーとしては実に弾きにくく、プレッシャーのかかる作業である。ただ、リスナー側からすると、荘厳なまでの美しい響きとなるのだ。アッシュの音楽性はブルース的なものからクラシカルな部分を感じさせるものまで、ブリティッシュロックの王道と言っても過言ではないぐらい正統派なのだが、ギターに関してはまったく他にはないスタイルであるがゆえに高い評価を得た。70年代中頃、サザンロックグループが乱立するようになると目立たなくなってしまったが、70年代前半のツインリードと言えば、ウィッシュボーン・アッシュの独壇場であった。まさに、ワン&オンリーのブリティッシュロッカーとして、日本でも大きな支持を集めたグループだったのである。現在でも彼らに匹敵するツインリードのグループはアメリカのオーリアンズぐらいしか見当たらないほどで、それだけ彼らの音楽性がデビュー当時から高かったということだろう。
本作『光なき世界(原題:Wishbone Ash)』について

70年の暮れにリリースされた本作『光なき世界』の収録曲は6曲、当時のLPでいうとB面にあたる5曲目と6曲目はどちらも10分以上にわたる大作だ。サウンドはどれも王道のブリティッシュハードロックで、緊張感のあるドラマチックなものだ。改めて聴き返してみると、80年代以降のヘヴィメタルやグランジにも大きな影響を与えたことがよく分かる。アイアン・メイデンあたりはアッシュに影響されているのではないだろうか。どの曲も彼らならではの緻密かつ豪快さを併せ持っていて、やはりアンディとテッドのよく訓練されたツインリードギターが目玉である。彼らのシンプルでロックらしいフレーズは、僕を含めて当時のブリティッシュロックファンを虜にしたものだ。後に一時代を築いたギタリスト、マイケル・シェンカーはアンディ・パウエルに憧れてギターを弾き始めたというのはよく知られたエピソードである。
1970年の時点で、これだけ完成度の高いアルバムを作ってしまった彼らだが、続く『巡礼の旅(原題:Pilgrimage)』(‘71)、『百眼の巨人アーガス』と立て続けに秀作をリリースし、人気を不動のものにする。特に3作目の『百眼の巨人アーガス』は全英チャートで3位まで上昇、世界的なヒットとなった。メンバーはギターにアンディ・パウエルとテッド・ターナー、ベースのマーティン・ターナー(テッドとは同姓同名だが他人)、ドラムのスティーブ・アプトンの4人。アッシュはギターのことばかりが語られるが、マーティンもスティーブも名手である。この第1期のメンバーで73年まで活動し、5枚のアルバムをリリースする。以降はテッド・ターナーが脱退、グループとしての魅力は半減してしまう。これまでに来日公演も6回行なわれているが、残念なことに第1期のメンバーでの公演はない。
今はあまり語られないウィシュボーン・アッシュだけど、もし聴いたことがなければ、初期の3枚はどれも名作なので探して聴いてみてください。きっと新たな発見があると思うよ♪
TEXT:河崎直人
アルバム『Wishbone Ash』
1970年発表作品
 (okmusic UP's)

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