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リハビリテーションの効果を高める音楽プログラムをご紹介!

ご高齢者や 認知症が進んだかたにも楽しんでいただける音楽会、「音楽の花束」を主催しておりますGOTOです。

高齢者施設でGOTOが行っている音楽の時間は、音楽を通して施設全体のリハビリテーションの効果を高めることを目的としています。ひとりひとりの介護計画上の課題を念頭に、日ごろからお客様と接しているからこそ工夫できることがたくさんあります。

デイサ―ビス「空の花」の音楽プログラムから、参加者のうち、とくに音楽での働きかけを要すると感じていた方が3名の方への工夫と効果を具体的にお伝えしてみます。

3名のご紹介

H様(男性)
元気に見えるが下肢が弱って前傾姿勢になることで転倒リスクがあり、また心疾患がありすぐに息切れする。歩行訓練を必要としているが、「俺は元気だからこんなところに来なくても」と、機能訓練への意欲がなく、来所が難しい。職員たちの働きかけで気持ちがほぐれ、この日はじめて屋外歩行に繰り出すことができた。周囲との関係性を作ることで、今後の意欲継続を目指したい。

M様(女性)
既往歴から腰痛と下肢の浮腫みに悩み、不安感も強く外出への意欲が薄い。数週間前に圧迫骨折。通所したい気持ちは強いが、圧迫骨折のあと痛みなどへの強い恐怖からしばらくの間利用を休止しており、この日が久しぶりの来所。自宅にピアノを持っていてコーラスの練習に通っておられ、職員からこの日に音楽レクを提案したいという要望あり。
T様(女性)
認知症状とパーキンソン病による心身の変化に大きな不安を感じておられる。一か所にじっとしていることが難しく、また思っていることがうまく伝えられないことで戸惑ったり悩んでいる。会話や触れ合うこと、歌うことによる安心感で気持ちが落ち着く。

導き出されたプログラム

参加者は、大正生まれから昭和21年生まれまで年齢層も幅がありました。その結果実施したプログラムは、以下のようなものになりました。プログラムの骨組みになっているのは「秋を感じる曲」です。
バラが咲いた/たきび
庭の千草/埴生の宿
いい日旅立ち/四季の歌
虫の声/椰子の実/村祭

心を動かすアプローチ

冒頭に「今日はどんな気持ちですか」と問いかけると、89歳の女性から「静かなあたたかい気持ち」という言葉が出ました。「バラが咲いた」はそんな気持ちに寄り添い、皆がどこかで聞いたことがあり口ずさんでいただける曲です。

H様は、歌の時間は知らん顔をしていることが多いので、まずは会話で引き込みます。「散歩に行って、バラが咲いているところはありましたか」と伺うと、「見なかったな。とにかく寒かった」とおっしゃったので、2曲目は季節を感じる「たきび」。すると「なんか、聞いたことあるぞ」と感想を言いながら、表情が緩みました。それを見た看護スタッフが、アロママッサージをお勧めしました。歌を聴くことでマッサージのリラックス効果を高める作戦です。

次の歌は戦時中も邦訳で歌い継がれた「庭の千草」。H様はじっと聞きながらマッサージを受けておられます。実はこの歌のもうひとりのターゲットが、コーラス好きのM様でした。

音楽的にも美しい「庭の千草」を好む女性は多く、M様を見ると胸に手を当てながら聴き入っておられました。続けて歌った「埴生の宿」も同じようにして聴かれ、「ああ、いい曲ね」「すてきね」と周囲の方に話しかけておられました。本当は腰痛対策と浮腫軽減を目的とした内臓活性化のため、座位を改善して、大きな声で歌っていただきたいところですが、慎重な性格を考えてここでいったんとめました。

他のお客様も考慮したプログラム構成

ここで別の、ポップスを好まれるお客様を引き込むため「いい日旅立ち」「四季の歌」を歌いました。曲の成り立ちや作曲者、歌い手の話などで盛り上がります。会話をしながらそれぞれの方が知っていることや思い出などを共有することで、お互いに話しやすくなり、関係性が深まっていくようにという促しです。場が賑やかになると同時に、先ほどのM様が声を合わせて歌い始められました。

機能訓練の時には怖がって腰を伸ばせなかったのに、コーラスをされている方らしく自然に座位を正しておられ、隣にいた理学療法士がにっこり見守っていました。「M様に音楽レクを」と言った職員のアセスメントはさすがだなと思ったものです。

思い出を共有する

「四季の歌」は四季を身近な人に例えているので、そこから会話を引き出してみました。何人かの方が、少しずつご両親の思い出を懐かしそうにお話しくださったあと、T様に水を向けました。すると、「父は厳しい人で、いつもわたしに注意をしていた」「そんな私たちを母はいつもそばで見ていて、あとで『お父さんはあなたのことを思ってこういうことをいうの、だいじょうぶ、頑張って』と言ってくれていた」と、話すと同時に涙を流されました。日ごろ「思うことが伝えられない」と悩んでおられたのですが、ご両親のことは思ったことがそのまま話せたようです。

「ごめんなさい、思い出してしまって」と泣きながらいうT様を見ていた男性が「聞いていたら、つられちゃったよ」と、もらい泣きをされました。隣にいた別の女性が「わたしなんてね、母のことなんてぜんぜん忘れましたよ。いたとは思うんですけどね、そんなもんです」と場を和ませてくださいました。T様はまだ目に涙を浮かべながらも、皆さんと一緒に笑顔になりました。

T様はここでご自身の感情を率直に出して、それを周囲の人に温かく受け止めてもらうことができました。こうした体験を積み重ねていくことで安心感を強め、進み始めている認知症上にも働きかけることを目的と考えています。音楽を通して心の機微に触れることは、注意が必要です。思い出すことで心を傷つけてしまったり、辛い想いにさせてしまったりするからです。

これらを修復できなければ、余計に苦しむ危険をはらんでおり、場合によっては避けたほうがよいときもあります。この日は信頼できるスタッフの見守りと、お客様がたの関係性もしっかりできている状況のもと、意図をもってこの働きかけを行いました。

互いの気持ちに寄り添う場づくり

参加者の心がそれぞれ動き、充分にやり取りができたところで気持ちのまとめに入ります。ご両親を思い出して童心に帰った気持ちを大切に「虫の声」を歌いました。虫の音を言葉にしてリズミカルに歌うという、日本文化の素晴らしい感性に触れることができる曲でもあります。

するとここでマッサージを終えたH様が「こんなに気持ちがいいのははじめてだ。天にも上った気持ちだよ」「戦争に行って苦労をしてきたが、こんな日が来るとは思わなかった」「ああ、有難い」と言いながら、涙を流されました。それを見て、また先ほどの男性が「なんだよ、困ったな」ともらい泣きをされました。

思いやりの連鎖、やさしさの連鎖を感じるようなしんみりとした雰囲気を味わうように「椰子の実」を歌いますと、多くの方が静かに口ずさまれました。場の雰囲気がとても温かく感じられたのです。

最後に明るい気持ちで家路についていただくため、職員も加わって思い思いに手拍子を付けて「村祭」を歌うと、和気あいあいと賑やかで、皆さまが笑顔になりました。H様も「うん、これは知ってるぞ」と笑いながらおっしゃったので、一緒に声を合わせてくださる日も遠くないと思います。

音楽にできることはまだまだある。

GOTOの模索はこれからも続きます。次回もどうぞお付き合いください。

前回記事:最期から3時間前の奇跡

この記事を書いた人

後藤 京子(GOTO)

「音楽の花束」代表。星美学園短期大学講師。東京音楽大学卒、同大学第2副科オルガン専攻修了、邦楽演奏コース長唄三味線専攻修了。1986年日本ピアノコンクール全国大会第3位、受賞記念演奏会出演、1987年読売新人演奏会出演。NHK邦楽技能者育成会に学ぶ。短大西洋音楽史講師、小学校音楽科教諭を経て2004年より「音楽の花束」のプロデュース活動を始める。2015年きらめき認知症シスター(きらめき認知症トレーナー協会認定)取得。カトリック東京カテドラル関口教会オルガニスト。デイサービス「空の花 高井戸」取締役副社長。>>公式サイトへのリンクはこちら「音楽の花束」

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