ロンドンの闇のなかで繰り広げられる、神話世界のゲーム
ロンドンの闇にうごめく異形の存在がいる。気ちがい(クレイジー)ジルと呼ばれる魔女、数多くの避雷針がある農家を拠点とする博士(グッド・ドクター)、霊廟に眠るマントを羽織った伯爵、月に煩わされる狼戦士(ヴルフサーク)ラリー・タルボット、そしてルーン文字が彫りこまれた刃物を使うジャック。ジャックは《素材》を求めて、墓地をあさったり、夜半に女性を襲ったりしている。
物語の語り手は、ジャックの番犬(ウォッチ・ドッグ)スナッフだ。スナッフは、主人に忍び寄ってくるさまざまな怪物(シング)を追い払う重要な役を担っている。ジャックとスナッフの関係と同様、ジルには猫のグレイモークが、伯爵には蝙蝠のニードルが従うというように、異形の者どもはそれぞれ使い魔(コンパニオン)を連れている。
異形の存在は、機が熟すのを待ちながらゲームをつづけている。ジャックの《素材》集めもその一環だ。ゲームの終局では《開く者(オープナー)》と《閉じる者(クローザー)》の二陣営に分かれるのだが、誰がどちらの側に属しているのかは最後までわからない。プレイヤーのあいだには、うっかりすると寝首をかかれかねない緊張関係があるのだが、いっぽうでゲームを先に進めるための情報交換もおこなう。その仲立ちをするのも使い魔(コンパニオン)の役割だ。
ロジャー・ゼラズニイは、ハーラン・エリスンやサミュエル・R・ディレイニーと並ぶアメリカン・ニューウェイヴを代表するひとりだが、形式や表現における実験性はあまりなく、ストーリーの展開はむしろ大衆小説的である。本書の「訳者あとがき」で森瀬繚さんが指摘しているように、神話物語を積極的に取りこむ作家でもある。
『虚ろなる十月の夜に』の登場人物も、怪奇小説・映画の名作で活躍した名優—-いわば現代では神話化しているキャラクター—-が勢揃いといったふうだ。先述したプレイヤーたちのほかに、ソーホーで発生した一連の奇妙な殺人事件を追って、名探偵がまるまると太った相棒(コンパニオン)を連れて登場する。やがてこの名探偵は、殺人事件よりもその近くで起きている不思議なできごとに興味を引かれ、ゲームに首を突っこむようになるのだ。
こうしたプレイヤー以外の干渉が、ゲームを複雑にしている。名探偵以外にも、教区司祭のロバーツが悪魔を暴こうと活発に動きはじめる。司祭の疑いは、信心に基づいているだけに始末に負えない。血液をすっかり失った死体がころがっており、蝙蝠の出てくる夢を見た人々が貧血になっている。超自然な悪の仕業以外のなにものでもないというわけだ。ロバーツ司祭本人も、邪悪なる男女とその使い魔たちが何か大きな心霊的なイベントに参加していて、お互いに戦い、人間の平安を脅かしているという幻視(ヴィジョン)を見たという。その話を聞いたスナッフは、どこのお節介が司祭にそんなビジョンを見せたのだと訝しむ。
こんなふうに、このゲームは、単純にプレイヤー間の敵味方の争いではなく、外部からの妨害を牽制しながら、ゲームそのものを成りたたせなければならないという枷がある。そのうえ、読者にはゲームの目的が知らされない。ただ、過去に何度もおなじようなゲームがおこなわれていたことだけが匂わされる。
夜霧のロンドンを彷徨しているように見通しが利かぬまま読み進むしかないのだが、少しずつ見えてくる景色がエキサイティングだ。
白眉は、スナッフがグレイモークとともに新しい候補地—-なんの候補地かは明らかではないがゲームにかかわっていることはまちがいない—-を探して、引き寄せられるように歩きつづけるエピソードだ。現実の地形に幻影が重なっていく。「どこにいるんだ? 俺たちは」と途方にくれるスナッフに、グレイモークが「幻夢境(ドリーム・ワールド)と私たちの世界の中間にいるの」と答える。グレイモークはずっと以前にここへ来たことはあるが、そのときの記憶は曖昧だ。彼らがその先へ進むと、異世界の光景が次々にあらわれていく。ウルタール、インガノク、サルコマンドといった地名。そしてカダス。
そう、どうやらゲームの向こう側には、大いなる神話世界が広がっているのだ。となれば、《開く者(オープナー)》と《閉じる者(クローザー)》が果たす役割とは……。『虚ろなる十月の夜に』は、スナッフが語る記録として10月1日からはじまるが、終局は31日と決まっている。その日は否応なくやってくる。
(牧眞司)
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