いっぷう変わったお仕事小説〜青山七恵『踊る星座』
例えば女優という肩書きだけでもすごいのにモナコの国王に見初められて王妃にまでなったグレース・ケリーレベルまでいかずとも、一般人の人生も十分さまざまな事件にあふれている。楽しい人生を送る秘訣としてとにかく笑いのストライクゾーンを広くしておくことが大事ではないかと個人的には考えているが、こちらは大スターでも大富豪でも一流アスリートでも一般人でも誰でも簡単に実践可能である。ささやかな事件とあふれるユーモア、それが本書の主人公である「わたし」の人生を彩るものだ。
実のところ、「わたし」が経験する事件のいくつかは”ささやか”の範疇を超えているし、彼女自身楽しさよりも圧倒的に苦しさを感じているようである。そうとわかったうえでなお、おもしろそうな人生だなあという気がしてしまう。「わたし」はダンス用品の会社で働く女子。幼い日の奇天烈なエピソードなども披露されるが、メインとしては彼女があたふたしながら社会人生活を送る様子が描かれている。一般的な感覚からすると突飛すぎるものである彼女の身に降りかかるトラブル(ちゃぼと卵をめぐる攻防&二度に及び母親の車に轢かれかける騒動とか、「世界人格供給商会」なる怪しい団体の支部長に人格を採取されるとか)もあるけれども、彼女はどちらかというと冷静にとらえているようにみえる。そこに生じるおかしみというのもやはり爆発的な感じではなく、概ね真剣さをもって困りごとと向き合おうとするがゆえににじみ出してしまったものという風情。
個人的には「8 妖精たち」の章から俄然おもしろくなったと思う。「『ウエストサイド物語』か!」と叫ばずにはいられなかった。続く「9 テルオとルイーズ」も素晴らしい。もちろん、映画「テルマとルイーズ」にかけてある(と書きながら、いったいどれくらいの読者に通じているのだろうと思いつつ)。「テルマとルイーズ」は私も封切当初に観ていまだにときどき思い出すことがあるくらい、観た者に強い印象を与えたと感じている(ブラピがこの作品への出演をきっかけに注目され始めたことでも有名)。著者は私よりだいぶお若いが、映画の雰囲気を絶妙に描き出していると感じた。よけいなお世話ではあるが、「わたし」はピンチの際にもうちょっと後先を考えた方がいい。「テルマとルイーズ」に多大なる影響を受けたタクシーの運転手・朝日輝男(テルマと名乗る)に唐突に「一緒に死のう」とか言われても、その気になっちゃだめだ。
この小説をジャンル分けというか分類するとしたら職業小説になるかと思うが、いわゆる「いろいろたいへんなこともあるけど、前向きにがんばろ!」的なテイストとは少し異なる(いや、”前向き”さがないわけじゃないし”がんば”ってもいるのだが)。ひと味違ったユーモラスさによって、作品に複雑な趣が加わっているのかもしれない。世の中にはリアリティに満ちあふれた職業小説も多数あり、それによって力づけられる読者は多いに違いないけれども、本書のようにあり得ないシチュエーション&なし崩しの解決を読んで救われることもある。仕事の場面に限らず、電車の中でロマンス小説の著者と出会って説教されたり、幼女を連れた往年のアクションスターのような男にプロポーズされたり、「んなわけない!」とツッコミを入れたくなるようなシーンを読むと不思議と晴れ晴れとした気持ちになって明日への活力が湧いてきたりもする。仕事や日々の生活にお疲れぎみのみなさんにぜひとも読んでいただきたい一冊だ。
青山七恵さんは、『ひとり日和』で第136回芥川賞を受賞。もともと資質をお持ちだったということなのだろうが、デビュー間もない頃からくらべると最近はお笑い的センスのキレが格段にアップした印象。田村セツコさんの表紙絵(小学館のPR誌「きらら」での連載時のイラストもほんとうにかわいかった!)が気になっていた『ハッチとマーロウ』からまた読んでみようかな。
(松井ゆかり)
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