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世界中に広まる男女が並ぶトイレマークは、日本で生まれたって本当?【日本の不思議】

日本と海外の文化ギャップは、TABIZINEでも長く人気を誇るテーマ。そのギャップを楽しめるのは、日本という国の独特の文化や風土あってこそです。そこで今回は、日本発祥の世界で愛されるもの、実は日本が世界一という意外なトピック、日本独特の興味深い文化などなど、知られざる日本の面白い部分を「日本の不思議」と題し特集したいと思います!
トイレのマークは日本発!東京五輪の前年に館林市の市庁舎で生まれた【日本の不思議】
(画像はイメージです)

言葉の分からない国に旅に出かけると、ピクトグラムに大いに助けられますよね? ピクトグラムとはヨーロッパで生まれたという絵文字で、文字の代わりに絵を使って公共施設などの用途を案内するサインになります。例えば、出口へ駆け込む人のマーク=非常口といった感じのイラストですね。

他の代表例を言えばトイレの男女のマーク。世界中、どこを旅していても見かけますが、実はあのピクトグラム、日本開催の国際イベント発信で世界に大きく広まったとご存じでしたか?

そこで今回は日本がきっかけで世界に浸透した、トイレを意味するピクトグラムの誕生について紹介します。

 

1964年の東京オリンピックに向けてトイレのピクトグラムが考案された

トイレのマークは日本発!東京五輪の前年に館林市の市庁舎で生まれた【日本の不思議】
(※画像はイメージです)

トイレのピクトグラム(ピクトグラフ)の歴史を見る前に、あらためてピクトグラムの意味を確認してみましょう。辞書を引くと、

<絵文字。また、絵を使った図表>(デジタル大辞泉より引用)

とあります。絵を使って何らかの意味を指し示すデザインは、世の中にたくさん。そのうちトイレのマークは、1964年の東京オリンピックで全面的に採用され、世界に大きく広まったという歴史があると言われています。

第1回目の東京オリンピックでは、五輪をアジアで初めて開催するにあたって、世界中から観戦に訪れる人たちが混乱しないようにと、情報伝達の手段としてピクトグラムを用意する必要がありました。その経緯は野地秩嘉著『TOKYOオリンピック物語』(小学館)など数々の書籍で語られています。

そのため、故・田中一光氏を筆頭に当時の若手デザイナーが美術評論家である故・勝見勝氏によって招集され、各競技を表すピクトグラムから、公衆トイレ・公衆電話など施設向けのピクトグラムまでが、体系的に考案されたと言います。

トイレのマークは日本発!東京五輪の前年に館林市の市庁舎で生まれた【日本の不思議】
(第18回オリンピック競技大会(東京) ピクトグラム(競技シンボル) 1962年 AD ・D 原弘 D 山下芳郎)

日刊スポーツのウェブ版には、当時招集されたクリエーターの一人・原田維夫氏への取材記事が掲載されています。記事によれば、チームリーダーである故・田中一光氏をはじめ、横尾忠則氏などそうそうたるメンバーが招集されたそう。

旧赤坂離宮の地下室で、将来有望な若手デザイナーが各自本業を終えた後に、弁当1つで集まって制作をしたのだとか。競技用・施設用の各種のピクトグラムは、オリンピック開催を通じて世界的な評価を呼んだといいます。

東京オリンピックと同時期に羽田空港のサインや絵文字を担当してた村越愛策氏の著書『絵で表す言葉の世界』(交通新聞社)には、

<1964年の大会終了後、その結果は各国関係者に大きな影響を与えることになった>(『絵で表す言葉の世界』から引用)

と書かれています。スイスで出版されたデザインの専門誌でも、東京オリンピックのピクトグラムが次以降のオリンピックで継続的に採用され、万国共通の資格言語として発展してほしいと期待を持たれのだとか。

実際にプロジェクトを仕切った故・勝見勝氏は、社会還元を意図してトイレのサインを含む全てのピクトグラムの著作権を、デザイナーに放棄させています。結果として後のメキシコ、ミュンヘンなど歴代の五輪でも、東京五輪の競技用・施設用ピクトグラムが採用され、その都度進化・発展して普及していった経緯があります。

もちろん東京五輪以外にも、航空や鉄道業界の発展など幾つかの影響が重なり合って世界にトイレのピクトグラムが普及していったと考えられます。ですが、筆頭に挙げられる大きな要因の1つに、1964年の東京オリンピックがあるのですね。

さて、気になるトイレマークの誕生秘話は?

トイレのマークはさまざまなアイデアが出される

トイレのマークは日本発!東京五輪の前年に館林市の市庁舎で生まれた【日本の不思議】
(第18回オリンピック競技大会(東京) ピクトグラム(施設シンボル) )

オリンピックを重ねるごとに、さまざまな時代のニーズと歩調を合わせ、世界的に広まっていったトイレのサイン、今ではそれらしい建物に掲げてあれば、条件反射的に「ここはトイレだ」と、海外旅行先であっても安心して駆け込めるほど定着していますよね。

今でこそ当たり前のサインとなっていますが、そもそもどうして男女のマークをもって、当時のデザイナーたちはトイレを表現しようと思ったのでしょう。上述した日刊スポーツウェブ版の記事では、とぐろを巻いた大便や、脚を上げて用を足すトイプードル、帽子やハイヒールなど、さまざまなデザインが当時の議論でも候補に挙がったと紹介されています。

結果としてリーダーである故・田中一光氏の提案が、メンバーの協議の下で採用されたと言いますが、男女のマーク=トイレという発想になった経緯はどうだったのでしょうか。

 

トイレのマークは日本発!東京五輪の前年に館林市の市庁舎で生まれた【日本の不思議】
(※画像はイメージです)

その点を、故・田中一光氏がかつて所属した日本デザインセンターに問い合わせると、当時のメンバーの一人で、日本デザインセンターの最高顧問である永井一正氏のコメントを広報を通じて得られました。永井一正氏と言えば、2020年の東京オリンピックのエンブレム選考で審査員の代表を務めた、デザイン界の巨匠ですね。

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