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SuG「こっちの景色は最高だぜ」異端児の無謀な挑戦が残した“無理やり前向き”=Heavy Positive Rockという概念

SuG「こっちの景色は最高だぜ」異端児の無謀な挑戦が残した“無理やり前向き”=Heavy Positive Rockという概念

 2017年9月2日、SuGが日本武道館でのワンマンライブ【HEAVY POSITIVE ROCK】を最後に10年間の活動に終止符。武瑠(vo)、masato(g)、yuji(g)、Chiyu(b)、shinpei(dr)、何があろうと足掻きながら我が道を突き進んできた異端児たちは、この時まで何を掴もうと戦い続けていたのだろうか。そして、その戦いの果てに何を届けようとしたのだろうか? あれから28日……無謀とも言える挑戦に夢を見続けさせてもらった者として、最後のSuG総括記事をここに刻みたい。

SuG ラストライブ写真一覧

<閉鎖的な印象のあったヴィジュアル系シーンから生まれた異端児>

 SuGとの出逢いは2012年初頭。オーバーグラウンドとアンダーグラウンド、エンターテインメントとアートの狭間をサカナクションが絶妙に泳ぎ切りバンドシーンの革命児となり、中田ヤスタカとのタッグでブレイクしたきゃりーぱみゅぱみゅが斬新なアプローチで新たなポップアイコンとなり、すっかりムーヴメント化していたアイドルシーンからもありとあらゆるアイデアやクリエイティブを駆使するグループが台頭するようになり、時代は新しい波を貪欲に求めていた時代と記憶している。個人的にも各ジャンルからシーンを根底から覆してくれるような存在を探しており、その中で伝統を重んじているせいか依然閉鎖的な印象のあったヴィジュアル系シーンから、サウンドもアートワークも衣装もメイクも宣伝アプローチもバックボーンも何もかもがV系のようであってそうでない、一組の異端児を僕は見つけ出した。ファーストコンタクトは『不完全Beautyfool Days』発売時の武瑠への単独インタビュー。「清春(黒夢/SADS)さんと峯田(銀杏BOYZ)さんに同じものを見ている感覚がある」と語り、フォーマット化されたもので良しとするV系シーンに対しての苛立ちを隠さず、楽曲もMVもファッションも小説も何もかも同期させてすべてで勝負していく革命の意思を掲げ、でも実はめちゃくちゃ暗い引きこもりだったことも話してくれたりして、だからこそのHeavy Positive Rock(=“無理やり前向き”なロック)を作っていきたいんだと彼は意気込んだ。

<アクロバティック過ぎる展開「今までで最大の賭けをやろうとしています」>

 事前に楽曲やMVからも匂っていた異質さ。蔓延った概念にしっかり中指を立てられる気概。音楽シーンに革命を起こさんとする覚悟。そんな存在と出逢えてしまった喜び。SuGの戦いを記録しながら応援していくことはこの瞬間から自分のライフワークとなった。また、同年よりSuGは閉鎖的なV系シーンから音楽や言葉だけでなく現実的なアクションとしても飛び出すようになり、当時リアルロックと称されていた骨太なライブバンドシーンやももクロやBABYMETALといったアイドルシーンの猛者たちとも積極的に対バンを繰り広げるようになり、プログレッシヴなコンセプチュアルアルバムをまんま再現するツアーにも挑戦。明らかに難易度の高いチャレンジを連発していく。その果てには「次は根こそぎヴィジュアル系バンドという概念から外れたことをやると思うんで。……もう今までで最大の賭けをやろうとしています」と言い出し、その発言通りV系の大手プロダクションから離れ、活動休止に入って「復活できたら復活します」という前代未聞の大博打までやってのけ、実際にV系じゃないバンドとして1年後にシーンに戻って……今振り返りながらテキスト化していて思ったが、このバンド、アクロバティック過ぎるでしょ(笑)! でもそこまでしてでも彼らが変化を求め続けた理由は「誰も展開したことのないようなクリエイティブや音楽で驚かせたい」「ファンに今まで見たことのない景色を見せてあげたい」といったピュアな想いであった。その為にもSuGはあらゆる部分でジャンルや固定概念をぶち壊していく必要があった。

 そんな彼らの奇跡の復活劇直後の2014年。メンバーがしばらく「あのライブを超えられない」と苦悩するほどの、でもそれだけ「SuGはあらゆる部分でジャンルや固定概念をぶち壊していく必要があった」その現実に応えられたイベントがあった。と書くのは、自分が主催していたゆえ手前味噌で恥ずかしくもあるのだが、それはV系シーンの異端児として孤軍奮闘してきたSuGと、アイドルシーンの異端児として同じく孤軍奮闘してきたBiSのツーマンライブ【異端児フェス】。蟲ふるう夜にの命懸けのオープニングアクトを強烈な燃料として双方が全身全霊で大狂乱した同イベントは、バンギャとドルヲタが交じり合って巨大なサークルモッシュの渦を創造するという、まさしくジャンルの壁や音楽シーンの概念を崩壊する奇跡を起こした。以降、SuGはこれまで以上に異種格闘技戦を各地で繰り広げ、どんな現場でもどんな対バン相手でも折れることのない、必ず熱狂を生み出して帰っていく屈強なライブバンドへと進化。音楽/エンタメシーン全体にSuGという異端児の存在を印象付けていく。

<崖から飛び降りる覚悟で日本武道館という夢に飛び込むしかなかった>

 しかし2016年、SuGは事件とも言える大きな転機を迎えることになった。5月5日 東京はEX THEATER ROPPONGIでのツアーファイナル公演【SuG LIVE「VIRGIN」】。アンコールで「teenAge dream」を歌い終えた武瑠は、「今、音楽はどんどんどんどん縮小していくとか、特に俺たちのジャンルはもう「我慢の時代」とか「終わった」って言われまくってます。俺たちでも思うぐらいです。だけど、だけど……俺たちは9年前、たった3人、動員3人、だけど、その1年後に300人のワンマンをソールドアウトできました。その奇跡は起こせました」と語り、そして、いつでも生意気なほどに堂々としているイメージとは裏腹に、その目を赤く染めながら、珍しくマイクを持つ手も震わせながら、呼吸するその音まで震わせながら「こんな逆境だからこそ、逆境だからこそ! 来年10周年に……挑戦します。やります、日本武道館!!!!!!」と叫んだ。それはまさしく夢の実現。しかし、これは後に分かることなのだが、この時点でSuGは限界を迎えていたのである。

 同年秋『SHUDDUP』リリース時のインタビューで武瑠は、「もうマネージャーが辞めることも知ってたし、いろんな意味で「やります、日本武道館!」って言わないと終わってたんです。だからあれは言いたいから言ったというよりは、言わなきゃいけなかった。包み隠さず言えば……武道館が挑戦であることには変わりないんですけど、武道館がその先の“希望”になるのか、ただの“延命”で終わるのか、もうどっちかなんですよ。おそらくその危機感はファンに伝わってない。俺らって変に大丈夫そうに見えるみたいで。でも普通に“希望”か“延命”のどっちかしかない。そういう覚悟であの日「やります、日本武道館」って言ったんです。で、多分あれがなかったらそのままやんわりと終わっていた可能性もあった」と発言。要するにこのバンドの活動を機能させる為には、強引にでも日本武道館という目標を掲げる必要があり、その過程の中で“希望”を見出せる状況にならなければ、継続は不可能になるということ。だからもう向かうしかなかった。今まで発表/開催してきた音楽やライブ、発言、みんなに夢を抱かせたそのすべてのモノに対してひとつの決着をつける為にも、いまだかつて観た事がない世界をみんなにお届けする為にも、崖から飛び降りる覚悟で日本武道館という夢に飛び込むしかなかったのである。

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