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「映画づくりは他者を見つめること」:8月26日公開『わさび』『春なれや』外山文治監督ロングインタビュー

8月26日から渋谷・ユーロスペースで、映画監督・外山文治の特集上映が組まれる。これまでに制作した3本の短編映画が世界各国で高い評価を受け、注目を集める外山監督の“創作の原点”を、脚本家・梅田寿美子が聞いた。

祖父から孫へ 名前に込められた思い


19歳でテレビドラマの助監督として映像業界の門を叩き、2005年に伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞を受賞した外山監督だが、その原点は小学生の頃にまでさかのぼる。

―― 映画の世界への憧れは子供の頃から?

実は、祖父が小説家になりたかったんです。戦争のために文学の勉強は出来なかったんですけど、亡くなるまでずーっと書いてました。その思いを孫に託す意味を込めて僕に、”文章を治める” 文治という名前をつけたそうです。でも、本人は野球選手になりたいと思ってましたね。ただ、少年野球をやりながら創作童話部にも入っていて、絵本や児童文学はよく読んでました。宮崎に住んでいたので巨人軍のキャンプに入らせてもらった時に、ホームラン防止ネットがメチャクチャ遠くにあって「野球選手は無理だ」と(笑) で、高校では演劇部に入りました。書く仕事・物語を作る仕事は、ずっといいなって思ってたんですよね。

―― 映画を撮り始めたきっかけは?

高校時代、退屈だったんで(笑) 父親の運動会を撮るようなホームビデオを借りて、自分で書いた話を暇つぶしに友達と撮り始めたのがきっかけです。ただ、それが楽しかったんですよね。一人じゃなくて、友達と何かを作るということが。それで、そこから映画に行くべきか、大学の文学部に行くべきか葛藤があり、結局映画を選んだということですね。親が映画好きだったので、家に映画はたくさんあったんです。

―― 食べていける自信はあった?

まあ、お金を稼ごうと思ったら全然別の道を選んでますよね。やっぱり、映画や芸術っていうのは「腹の足しにもならない」と言われるような世界。そこはある時期から覚悟を決めてやっています。でも、僕、実は営業が得意なんです。父も母も営業マンとして非常に優れている人で、営業能力の高い二人の血を引いてるので(笑) 今回の個人配給も、手探りで分からないことだらけですが、自主営業もしています。


映画は自己主張ではなく、他者への視線

8月26日から上映される外山監督の短編集『わさび』『春なれや』『此の岸のこと』は、3作品とも“人を見つめた作品”だと言える。外山監督の映画作りにおける“視線”を伺ってみた。

―― 映画作りで大事にしていることは?

自分の生きてきた人生を証明するような作家さんて沢山いると思うんですけど、僕の場合はちょっと違うんですよね。自分の心象風景とか、心の原風景を映像にしたいということもない。他の人たちの生活の営みを撮りたいっていうのがまず一番最初にあります。そういう意味では、視線が自分より他者に向いているのかもしれないですね。他者のことに関心があって、それこそ高齢者の話は自分とはまったく違うジャンルですけれども、目を向けてみたらそこには自分と結び付くものがあるだろうし。「もっと自己の主張みたいなのをやらないの?」とも言われるんですけど、やっぱり、人に向けて作ってますね。


映画監督 外山文治短編集① 『わさび』


【あらすじ】心の病を抱えた父を守るため、実家の寿司屋を継ごうと決めた女子高生・山野葵と、その決断に反対する母や大人達。そんな葵の前に、かつて彼女が所属していた少年野球チームの監督・庄吉が現れる。粉雪が舞う静かな夜、葵は庄吉に野球の勝負を求める。庄吉の投げるボールの軌道を、葵は子供の頃から”魔法”だと信じていた。逆境の日々の中で、せめて魔法のような力を信じたい――。

『わさび』は、朝ドラヒロインとして国民的女優になる前の芳根京子が主演を務めた作品。飛騨高山の美しい街並みを舞台に、1人の少女の葛藤と決断が静かに描かれている。

―― 最近あまり描かれないタイプのヒロインですね?

今の映画は、キラキラした子たちばかりが描かれているじゃないですか。「青春だ、夢を追いかけよう!」みたいな。そんな人ばっかりかなぁ?と思った時に、ああいう健気な子も、僕は美しいと思っていますし、描くべきだと思っています。吉行和子さんは『わさび』を見て、「ああいう生き方をしている子は、昔は沢山いましたよ」と仰ってました。自分の中で、時代に左右されないことを描きたいと思ってます。

―― 切ない物語ですね。

よく、「泣けました」って言われるんですけど、泣かすために撮っているのではなくて。一生懸命生きてたら泣くことくらいあるじゃないですか、っていうことなんです。『わさび』に出てくる人たちは、自分の幸せを選んだお母さんも含めて、それぞれ皆、どこか悲しい部分があって。それは生きていたら誰しもが持ってるものなんじゃないかと思うんです。途中、コーチが出てくるんですけど、コーチも葵を救う救世主にはしたくなかったんです。ただ一瞬人生が重なって、また別々に過ぎていくようにしたいなと。

―― リアリティにもこだわられたとか?

葵のお父さんが心の病気という設定だったので、実は現場にずっと精神科医を付けていました。鬱病やメンタル障害にも様々なものがあるので、どう描くと良いかを色々相談して、お父さんのお芝居を付けていただきました。精神科医の方々って、日頃から、映像で描かれる”病気の表現”に違和感を感じていたみたいなんです。なので、病気の設定もちゃんと作っていただいて。リアリティというより、やはりそこは嘘をついてはいけないところだと思うので。

―― カットしたセリフがあるそうですね?

はい。予告編には入っている「楽しいことばかりの人生なんて、さび抜きの寿司みたいなものだ」という言葉があって、この作品のテーマでもあるのですが、演じて頂いた俳優さんにはお手紙を書いてカットさせて頂きました。テーマは台詞ではなく、作品を通して感じてもらえればと思っています。


映画監督 外山文治短編集② 『春なれや』


【あらすじ】櫻の花が咲く季節、ひとりの老いた女性が警察に保護された。身元不明の老婆には、どうしても行きたい場所があるという。「ソメイヨシノは60年咲くことができない——?」そんな噂の真偽を確かめるべく、老人ホームを抜け出してきた女性と、彼女を案内することになってしまった青年。春の日に永遠とは何かを問う物語。

名優・吉行和子と村上虹郎が共演した『春なれや』は、熊本地震のわずか数日前に熊本県菊池市の“万本桜”で撮影され、その美しい情景の中、叙情的な物語が紡がれている。

―― すごく情景的な作品ですね。

詩的な作品にしようと思ったんですよね。吉行さんが俳句を詠まれるので、「俳句みたいなものを作りましょう」って。意外と台詞書くのが大好きなんです。なので、台詞に逃げちゃう時がある。台詞が上手くいくと、場がまとまっているように見えるし、上手く収めた感が出てしまう。だから、説明過多にならないように極力削除してるんです。画で語る、喋らない雄弁さ、みたいなことを、今回は俳句でやってみようと。

―― 高齢者と青年という設定はなぜ?

希望を描きたかったんです。「永遠なんてものはあるのか?」みたいな話なんですが、永遠なんてないわけですよ。でも、作品の中ではずっと肯定して前向きで終わる。実はチャレンジだったんですよ、絶対に否定しないってことが。青年はきっと町を出るんだろうと思いますが、世代の違う人とのコミュニケーションで、彼に新しい価値観が芽生えて、踏み出す一歩に繋がるっていう。それが何なのかは、あえて描かないんですが、吉行さん演じる小春にもそれはちゃんと伝わるから、最後に微笑む。

―― 外山監督の作品にはお花が出てきますよね?

お花、好きですね。決して裕福ではない家庭だったのですが、家にはいつもお花が飾ってあったので、苦しいとは感じなかったです。映画という仕事も、お花と一緒でなくてもいいものではあるんですけど、豊かにしてくれる。実生活を豊かにするには家電を買った方がいいところを、お花を買うわけですよね。なんだかそういうところに魅力を感じているのかもしれません。その代わり苦労はするよっていう……映画づくりもそんな活動ですね(笑)

―― 小春にとっての桜のようなものってありますか?

小学校低学年の頃は、体が弱くて成長も遅い子だったんです。普通の学級で大丈夫か?みたいな。ままならないことも多くて、そういう時は本を読んでいました。ふと振り返った時に、自分の作品もいつか、ああいう時に見てもらえる一本になりたい、と思いますね。


映画監督 外山文治短編集③ 『此の岸のこと』


【あらすじ】夫は長年に渡る妻への介護生活の果てに自らの体を患い、妻よりも命の燈火が少ない事を知った。頼る宛てもなく、世間との交流も蓄えも持たない夫は、ひとり出口を失っていく。老老介護の現実は厳しく、次第に生きる力を枯渇させていく夫。彼が最後に求めたのは、部屋に飾られた一枚の旅行写真。かつて森の湖畔で撮影したスナップ写真に象徴される妻と自分の笑顔だった。

蜷川幸雄が設立した高齢者のための演劇集団、さいたまゴールドシアターの座員を主演に、台詞を一切使わずに老老介護を描いた『此の岸のこと』。タイトルには、この物語は「遠いかなたの対岸のことではなく、此の岸のこと」であるというメッセージが込められている。

―― 老老介護を描くのはしんどくなかったですか?

作品を作っている時は、不思議だなと思ってました。当時、老老介護をしている人は600万世帯いると言われていて、こういう日常を毎日送っている人たちがこんなにいるのかと。普通に暮らしているんです。普通に暮らしているけど、心中に向かっていく。普通に暮らしているだけで。その不条理みたいなものを感じながら撮っていました。ただ、「悲惨だ」という声は、実は若者からしか挙がらなかった。高齢の方からは「こんなに一生懸命愛してもらえて、羨ましい」と。最初はこの作品を実際に老老介護をしている人たちに見せることに、抵抗があったんです。でも、「自分たちの想いを代弁してくれた」と好意的に受け取ってくれて。完成後にそういった声を聞いて、しんどさはなくなっていきました。

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