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大昔の通信手段・飛脚は速かったの? 東京から大阪まで飛脚になって手紙を届ける

飛脚というものがある。江戸時代頃から活躍した、今でいう郵便屋さんのような存在だ。新幹線も飛行機もない時代に東京ー大阪間を最短3日で手紙を届けていたという。棒の先に箱をくくりつけた、妙に前傾姿勢な飛脚の絵などは誰もが見たことがあるのではないだろうか。

ただ、果たして本当にそんなに早く手紙を届けることが可能だったのだろうか? 東京から大阪まで、たったの3日間で到着するなんて考えられない。絶対にキツいはずだ。

通信の進化

誰かへメッセージを届ける「通信」は進化を続けてきた。「狼煙」という時代もあっただろうし、「矢文」という時代もあっただろう。そして飛脚が登場し、郵便制度が登場し、やがてEメールなどが出現した。日々進化しているのだ。

ケータイだけを見ても昔はこんなの!

そんないろいろある通信手段のなかでも今回注目したいのが、「飛脚」である。江戸時代から明治初期まで活躍した通信手段で、東京ー大阪間を最短3日で届けたというのだ。今では新幹線や飛行機があるからわかるけれど、もちろん当時はそんなものはない。すごすぎないだろうか。

という話を(※この記事を書いている地主です↑)、

KDDIのハラダさんにされました!

昔を知る

KDDIに呼ばれ、私はハラダさんを訪ねた。そこで話されたのが「飛脚」だった。今やスマホでなんでもできるけれど、当時は違った。Eメールは便利だけれど、故きを温ね新しきを知りたい、と言われたのだ。

飛脚をやってください、と頼まれました。

飛脚になって、大阪のKDDI社員に当サイトがリニューアルしたことを伝えて欲しいと頼まれたのだ。私としては、メールでいいじゃん、と思うけれど、飛脚がいいらしい。頼まれると断れないタイプなので、飛脚についてとりあえず調べることにした。

こちらがリニューアルしたTIME & SPACE。

そして港区にある物流博物館の、

玉井幹司さんを訪ねました!

j「そもそもなんですが、飛脚って実在しました?

t「もちろんしました。資料もたくさん残っています。

j「しちゃいましたか、やっぱり。でも、東京ー大阪を最短で3日とか、考えられないですよね・・・・・・。」

t「ひとりの人が届けたわけではありません。17世紀には東海道に20カ所の「継所(つぎどころ)」と呼ばれるものがあり、そこで届ける人が変わります。リレー形式ですね。18世紀になると57カ所の継所ができました。だから、ひとり当たりが走る距離は10キロくらいなんです。」

j「そう言われると現実的な気がしてきました。でも、脚すごい速いですよね?」

t「公用飛脚24時間で200キロ走ると言われています。時速で言えば8キロくらいなので、今のマラソンランナーより全然遅いですね。」

当たり前だけれど、飛脚は実在した。そして、最短で東京ー大阪間を3日で届けていたのも間違いない。当時の料金としては、この3日で届けるコースがいちばん高く、今の金額で考えると数万から数十万したそうだ。その金額を払ってでも届けたいものがあったのだ。

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