「地域の価値を上げることが建物の価値向上に」賃貸マンションリノベで駐車場を公園にしたワケ
築年数を経た賃貸住宅の価値向上のために実施するリノベーションは、住戸内部の設備や内装の一新がスタンダードだ。しかし、今年4月、東久留米にある築27年の集合住宅「ル・シュバル」は、住戸内部のリノベはごくシンプルな内容にとどめながら、隣接していた駐車場を地域住民も利用できる「コモンガーデン(私設公園)」につくり変えるという、他にあまり例をみないリノベに挑戦した。なぜこうした取り組みに乗り出したのか、オーナーと企画担当者にその背景について聞いた。
3年前から空室が続いていた4戸を子育て世帯向けにリノベーション
東京都の多摩地域に位置する東久留米。昭和30年代後半から大型団地が次々誕生し、住宅地としてにぎわいを見せた。西武池袋線で池袋駅から約20分という立地も魅力だ。さらに、市内には、黒目川や落合川が流れ、湧き水も豊富。水辺の景色や緑をいたるところで感じることができる。
集合住宅「ル・シュバル」が誕生したのは、今から27年前の1990年のこと。小学校に近いことからファミリー世帯をはじめ、高齢者世帯など幅広い世代が暮らしている。【画像1】鉄骨造3階建の「ル・シュバル」(リノベーション後)。2階と3階あわせて計4戸の空室が続いていた(写真撮影/末吉陽子)
代々、東久留米のまちづくりに携わってきたオーナー家
「ル・シュバル」のオーナー・神藤さんは、運送業や倉庫業、東久留米では駐車場経営など幅広い事業を手掛けてきた。
物件がある東久留米駅は開業102年目という歴史を持つ。当時からこのエリアの名士として知られた神藤家は、駅の誘致や駅前開発にも尽力したという。戦後、農地から宅地に開発が進む過程においても、街づくりに携わってきたことから、東久留米に対する思い入れの深さは「子どもの代にもしっかりと受け継がれている」と次女の久美子さんは語る。
17年前に先代が亡くなったとき、資産の相続で縮小を決意。現在は、先代の妻と娘2人で、「ル・シュバル」をはじめ主に駐車場の管理などを行っている。住宅は「ル・シュバル」のみで、数年前から全12戸のうち4戸の空きが続いており、どうしたらよいのかずっと悩んでいたという。【画像2】東久留米の一帯の土地を保有してきた地主の神藤さん家族。長女の中井寛美さん(左)、次女の神藤久美子さん(真ん中)、母親の神藤ますさん(右)。現在は、次女の久美子さんが家業の代表を務めている(写真撮影/末吉陽子)
そこで相談を持ちかけたのが、建物や住まいそのものの価値向上だけではなく、街とつながる設計に定評があるブルースタジオの大島芳彦さん。日本のリノベーションデザインを牽引してきた建築家だ。
大島さんに依頼をしたのは、東久留米の土地柄や歴史、そして神藤さんたちが受け継いできた想いを尊重してくれるはずだと思ったからだという。
「建て替えも考えたのですが、1億円以上掛かるので無理だなと諦めました。最初は、自分たちでIKEAとか無印良品で家具を買ってきてリフォームしようかなんて話していたんです。でも、そんな話をしてから3年くらい結局なにもできなくて。そんなとき、姉がブルースタジオを紹介してくれて、パンフレットに物語のある暮らしについて書かれていたのが目に止まったんです。『ル・シュバル』に価値をつくり出すとしたら、どうしたらいいのか。大島さんだったら、私たちの家族が取り組んできたことを上手く表現してくれるんじゃないかって思ったんです」(久美子さん)
打ち合わせの初日に、駅から徒歩約20分の「ル・シュバル」まで歩いて来たという大島さん。近隣の状況や雰囲気を調べ、さらに物件に隣接する駐車場を「コモンガーデン(私設公園)」とする提案は、最初は住戸内部のリノベだけを検討していた神藤さんたちの心にどう映ったのだろうか。
「本当は、4戸の空き部屋をリノベーションするだけのつもりでしたが、所有している隣の駐車場をコモンガーデン(私設公園)にすることや菜園の提案もしていただきました。はじめは驚きましたが、つくっていただいたパース画を見たら、こんな住まいで暮らしたいなって思ったんです。
ベランダからお母さんが公園で遊んでいる子どもに呼びかけていたりして、私も子どもがいるので、住まいの横に公園があるのはとっても良いなと感じましたし、地域の皆さんにも活用していただけるのは、地域の皆さんのために役立ちたいという、私たち家族が受け継いできた想いをかたちにできると思い、大島さんの提案を受け入れることにしました」(寛美さん)【画像3】オーナーの心を捉えた“新生”ル・シュバルのパース画。子どもの自由な発想力を大事にしたいとあえて遊具は置かず、近隣の人が自然と集えるように柵や壁がない庭を設計。地域とゆるくつながる仕掛けを盛り込んだ(画像提供/ブルースタジオ)
“地域のために”を考えるオーナーだからこそ、「コモンガーデン(私設公園)」を提案
では、そもそもなぜ駐車場を「コモンガーデン(私設公園)」とすることを提案したのだろうか? 大島さんに聞いてみた。
「これから人口が減る日本において、建物だけの価値を上げるのではなく、地域の価値を上げなければいけないと考えています。そして地域の価値は、人のつながりがあることで高まるもの。なぜなら、人が根源的に暮らしに求めているのはコミュニケーションだからです。もちろんスーパーや駅が近いなど、生活利便性はあってしかるべきだと思います。不便でいいという人は仙人ですよ(笑)。利便性そのものは悪ではないですが、コミュニケーションはもっと大事なものだと信じています。
『ル・シュバル』も駅から徒歩約20分ですが、『公園が真横にあって、近所の人も使える家庭菜園や書籍の貸し出しもしてますよ』という付加価値を持たせました。もちろん地域交流を苦手に感じる人もいると思います。ただ、とくに子育て世帯はコミュニケーションを求めている人が多いのに、都市部では受け皿となる地域が少ない。そこで、『みんなで育てる ”公園付き” 共同住宅』をコンセプトに据えることでフィルタリングを行い、コミュニケーションを求めている人を呼び込みたいと考えました」【画像4】リノベーション会社「ブルースタジオ」でクリエイティブディレクターを務める大島芳彦さん。空室の多くなった物件に新たな価値を生み出すことで入居者を呼び込んできた(写真撮影/末吉陽子)
しかし、無料で使用できる「コモンガーデン(私設公園)」を設置したとしても、オーナーには直接的な利益が増加するわけではない。こうした提案をしたのは、神藤家に脈々と受け継がれるマインドを感じたからこそだという。
「ヨーロッパでは『地域社会に貢献するのは富める者の義務』というパブリックマインドがありますが、日本でも地域の名士にも同じように『公共の益に利するべし』のような家訓があるんです。そうしたマインドがない相手に『地域の事を考えてください』と言っても、受け入れられるのは難しいと感じています。
利益だけではなく、長期的な目線で地域のことを考えていただけるのは、やはり古くからの地主さんじゃないかなと。神藤家の皆さんも、同じように地域のためになることをしたいと考えている方だったので、コモンガーデン(私設公園)を受け入れてくださったのだと思います」 【画像5】Before(左):駐車場は2台しか借り手がなく、広いスペースは子どもたちの遊び場となっていた(画像提供/ブルースタジオ)After(右):子どもから大人まで自由に使える私設公園に。6月24日(土)10時から初の試みとなるプチマルシェを開催予定(写真撮影/末吉陽子)【画像6】施主とDIYを行う「HandiHouse project(ハンディハウスプロジェクト)」と共同で、地域住民約20人とともに1週間でつくった小屋。こちらは推せん文とともに本をシェアする「まちライブラリー」の本棚になる予定(左:画像提供/ブルースタジオ、右:写真撮影/末吉陽子)
物件の価値だけでなく、エリアの魅力を高めることが住宅の価値向上につながる
加えて大島さんが掲げたテーマは“フランスの住まい”。というのも、「ル・シュバル」とはフランス語で馬という意味。先代が馬好きだったことから付けられたそうだが、そこを発端にフランスの文化を深掘りしていくと、「ジャルダンファミリーオ」と呼ばれる家庭菜園の存在に行き着いたという。
「フランスでは、家庭の菜園をみんなでつくっていく文化があるんです。それをまるまる東久留米に持ってきたいと考え、近隣住民も参加できる菜園があって、遊べる公園があって、小屋があるという世界観をつくれないかと考えました」
リノベーションにあたりターゲットとした入居者は、小学校低学年くらいまでの子育て世代を想定。「部屋からコモンガーデン(私設公園)で遊ぶ子どもを見守りやすい」2階と、「空の眺めと天井の開放感を追求した」3階と、それぞれの階の特徴にあわせてリノベーションのプランを変えている。
また、新築当初は家賃11万円だった物件が、経年により7万円まで下がってしまったそうだが、今回のリノベーションではバリューアップをしていることから2階は9万4000円、3階は9万7000円(ともに共益費は4000円)で設定している。 【画像7】リノベーションした2階の室内。広々とした1LDKの部屋はリビングの居住面積を狭めて、インナーテラスを設けた。テラスでのんびりしながら公園で子どもが遊ぶ様子を見守ることができる。テラスの床材はリビングと同じ色にすることで広さも演出(写真撮影/末吉陽子)【画像8】こちらは3階。天井板をはずして屋根の勾配にあわせた斜め天井に。高さを出したことで空間を広く感じることができる(写真撮影/末吉陽子)
私設公園という収益性のない土地活用を決断し、街に開かれた共同住宅に姿を変えた「ル・シュバル」。建物だけの価値を上げるのではなく、建物につながる地域の価値を上げるような仕掛けをデザインすることで、エリアの魅力が高まり、ひいては住宅の価値も向上すると考える大島さん。そして地主でオーナーの神藤さん家族の想いが融合して生まれ変わった住まいに、どのような人が惹かれて暮らしはじめるのか、どのようなコミュニティが育っていくのか、「ル・シュバル」のこれからが楽しみだ。●取材協力
・ル・シュバル
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