「入居者のための食堂」が魅力的すぎ! 朝食100円、昼食・夕食が500円で食べられるワケ
「駅に近い街の一角に自分たち専用の食堂がある」……そんな何だか特別な気分と安心感を味わえる「入居者のための食堂」が神奈川県相模原市にあります。朝食100円、昼食・夕食500円。体に優しい手づくりの食事を、財布に優しいワンコインプライスで毎日提供しています。どんな仕組みなのか、なぜそのようなお店が誕生したのか気になり、淵野辺のトーコーキッチンを訪ねました。
入居者の皆さんのための食堂。プラス効果しかないと思って始めました
賃貸物件の入居者専用食堂トーコーキッチンがあるのは、JR横浜線・淵野辺駅から歩いて2分ほどの商店街にある賃貸ビルの1階。運営するのは、40年にわたって淵野辺駅周辺の賃貸住宅(アパート、マンションなど)1600室を管理している東郊住宅社。地域密着型の、いわゆる“街の不動産屋さん”が直営する食堂です。
この食堂では、朝8時から夜8時まで毎日、朝食を100円、昼食・夕食を500円という格安価格で提供しています。栄養のバランスを考えてつくられた日替わり定食のほか、カレーライス500円やキッズプレート300円、コーヒー・紅茶・ルイボスティー100円、サイドメニュー50円などのメニューがそろいます。おいしさや食の安全性を最大限追求した食堂です。 【画像1】優しい色合いでまとめられたインテリア(写真撮影/金井直子)【画像2】チキンソテー照焼ソースと魚の味噌漬け焼きセット。栄養バランスが良く、食材の味を生かした優しい味です。ご飯は白米と五穀米から選べます。この充実した食事を500円で提供してもらえるのはとてもありがたいことですね(写真撮影/金井直子)
食堂を利用できるのは、東郊住宅社が管理する物件の入居者およそ3000人のほか、物件オーナー約200人、協力関係業者、東郊住宅社社員など。借りている自分の部屋のカードキーで食堂にも入れるシステムです。鍵の保有者と同行すれば、家族や友人も一緒に入店できます。
部屋探し中の人も、食堂の利用体験ができます。東郊住宅社の事務所でコーヒーチケットを渡しているので、問い合わせてみてください。利用時には店舗内のスタッフに言って入り口を開けてもらいます。関係者以外の人でもトーコーキッチンに興味があれば、一度は利用することが可能だそうです。
この仕組みを立ち上げたのは、東郊住宅社二代目の池田峰さん。
「入居者の皆さんのための食堂をやろうと決めたのは、全方位にプラスの効果があると考えたからです。入居者さんには健康な食事環境を、入居者の実家のご家族には安心を、物件のオーナーさんや当社には入居率の安定をもたらしてくれます。それに何より、おいしいものは人を幸せにしてくれますしね」とほほ笑みます。【画像3】写真左:池田さんのレシピを採用したハヤシライス「ハヤシ社長」500円(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)。写真右:朝食はご飯、豚汁、卵料理と副菜2種で100円! 2食頼む学生さんもいるとか。それでも200円!(写真提供/トーコーキッチン)
1人暮らしでも、子どもだけでも、安心して過ごせる場をつくりたい
淵野辺は周辺に大学(青山学院大学、麻布大学、桜美林大学)が点在する学生街。東郊住宅社の管理する物件中、一人暮らし用ワンルームが物件の6、7割を占め、そのうちの8割ほどに学生が入居しています。
食堂の平均利用者数は1日100人ほどで、高いリピート率が特徴。全ての入居者が利用しているわけではありませんが、来店者の多数を占める学生のほか、ファミリ—、夫婦、独身者など、さまざまな入居者がおいしい食事を求めて、日々訪れます。
「味はどう?」
「部屋で困っていることはない?」
池田さんは毎日2度、3度と食堂を訪れ、来店中の入居者にあえてそうしたフランクな口調で話しかけます。
「多分、私は日本で一番『味、どう?』って聞いている不動産屋なんじゃないかな(笑)。もちろん気軽に話したくないという方もいらっしゃるので、人に応じた距離感を保つように努めていますが、入居者の皆さんとコミュニケーションをとることはとても大切なことだと考えています」
「顔が見えるということは、人と人との関係を築く上で重要です。顔の見えない『不動産屋と入居者』だと、かしこまった間柄のままですが、お互いの人間性が見えれば、心がつながる。物件を管理したり、快適に暮らしていただいたりする上で、そのつながりがとても役立っています」
「部屋は大丈夫?って聞くと、『そういえば、設備の調子がイマイチで……』と生の声が直接返ってくるので、その物件全体の管理にも役立っています。当社は何か問題があれば直接現地へ赴いて迅速に対応するサービス体制など、入居者の利便性や信頼を高める工夫をしていますが、日常的な交流があることで、担当者をより信頼していただけるのではないかと感じています」【画像4】人懐っこい笑顔が印象的な池田峰さん(写真撮影/金井直子)
では、池田さんが交流を深めている食堂利用者には、どんな方々がいるのでしょうか。
「ここは、席が空いていればコーヒー1杯でずっといていいよっていう食堂。何時間も試験勉強やレポート作成をしている学生さんも多いですし、閉店後まで大きなテーブルで美術の課題を仕上げていた学生さんもいましたよ。彼女の課題のモチーフは何とここ『トーコーキッチン』でした(笑)」
「お客様第1号は賃貸物件のオーナーさん。1人暮らしのご高齢の方で、自炊だとついつい味が濃くなってしまう。最初はここの料理に『この味薄くないかい?』っておっしゃるほどでしたが、塩分量を考えた食事をここでとって頂いたことで、健康な食生活を送るきっかけになったようです」
「夏休みには、5年生くらいでしょうか、小学生のお子さんが1人で週3回くらい300円の日替わりキッズプレートを食べにきてくれて、仲良くなりました。親御さんは共働きで、昼間はその子が家で1人になってしまう。親御さんにとって、ここは安心してお子さんに食事を提供できる場所と考えていただけたようです」
「朝、朝食をとり、コーヒーで一息ついてから、仕事に出かける働くお母さんもよくいらっしゃいます。仕事に子育てに頑張って、そして疲れたときにはいつでも利用していただければうれしいですね」
「食事は人と人のコミュニケーションを取り持つものでもあります。大家さんのなかには、トーコーキッチンで人とつながることを楽しみになって、それまではお会いしても物件の話ばかりだったのに、『入居者に自分で育てた野菜を配ったら喜んでもらえたよ!』なんて行動が変わった方もいらっしゃいます」
こうした「人と人がつながる場」「1人暮らしでも、子どもだけでも、安心して毎日を過ごせる場」をつくろうと考えたのは、池田さんの海外生活経験が背景にあります。
池田さんは、日本の大学を休学して、ニュージーランドのワーキングホリデーで英語をマスター。アメリカの大学に編入した後、日本でグラフィックデザイナーとして就職。さらに、ニュージーランドで広告会社を運営して8年間滞在したという、異邦人としての長い生活体験があります。
「アメリカでは知らない人同士でも軽口を交わすことがありますし、ニュージーランドでは、街を歩いていて人と目が合うと、知らない人同士でもニコっと挨拶する習慣があります。そんなとき、『部外者でも認められている、ここに居ていいんだ』と安堵や喜びを感じるわけです。また、私は一人旅が好きで、宿の近くに行きつけの店をつくって通っているうちに、そこに居る人たちとなじみになる、自分の居場所ができる……そんなことが楽しくて、1カ所に長く滞在したものです。1人でも居心地よく過ごせる場所があるということは、誰にとっても安心で素晴らしいこと。人によって他者との距離感の違いはあるでしょうが、その人なりに愛着を感じてもらえる場をつくれればと思いました」【画像5】「今日は何の集まりなの?」と会話に加わる池田さん。3人はテストお疲れ様会で朝から集まっていた学生さん。「食のこと、海外生活のこと、仕事のことなど、池田さんは幅広くいろんな話が飛び出てくるから楽しいですね」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
『トーコーキッチンがあるから淵野辺暮らしが楽しい!』と感じてもらいたい
ところで気になるのは100円、500円という価格。それで元が取れるのでしょうか。
「100円の朝食はさすがに赤字です(笑)。全体でも収支はトントンです。この食堂はあくまでも入居者サービスのために設立したので、利益を上げることは考えていません。逆に、売り上げが増えたらその分を食材に還元させます。利用者が増えれば、食事の質がますます向上するというわけです。食事をする人が楽しめて、安心できる場所だと思ってもらうことが大切なんです」
食材はおいしい地元産や近隣商店街で仕入れたものを用いるほか、人とのつながりを大切に考えて、関係者から頂くものも積極的に活用しています。例えば、畑を持つ賃貸物件オーナーが育てた野菜や果物、入居者がお土産に持参してくれる地元名産品など。入居者の家業で扱う食材なども取り寄せることがあるそうです。
そして、利益はなくとも入居者のための食堂をつくろうと考えた目的は、「積極的に淵野辺暮らしを楽しんでもらいたい」ということ。
「実は淵野辺という街は、ここにぜひ住みたいという積極的な強い理由で選ばれることは少なく、大学や職場があるからという理由で住んでいる方が多いんです。たとえそうであっても、せっかくのご縁なので、淵野辺での暮らしを一層楽しいものにしてほしいし、いつの日か愛着をもって淵野辺での暮らしを振り返ってもらえたらうれしい。そう思いながらトーコーキッチンを運営しています」 【画像6】店長の松本さん(右)と調理スタッフの茜さん。「常連さんが多く、下宿のまかないをつくっている感覚で、アットホームな雰囲気ですね」と松本さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)【写真7】小さなお客様が残したかわいいメッセージ。店内に飾られています(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
入居者に安心をもたらす先進的なサービスで、暮らしを快適に
東郊住宅社では、先代の創業社長の時代から礼金ゼロ・敷金ゼロの仕組みを他社に先んじて積極的に取り組んできました。ほとんどの人にとってこのゼロ・ゼロが入居の決め手となっているそうですが、2015年12月にトーコーキッチンをオープンして以来、入居者専用食堂の存在が入居先として選ばれる一番の理由に加わりました。
家賃は周辺相場と比べて若干高めに設定されていますが、下記の先進的なサービスを受けられることを考えると、「適正価格だと考えます」と池田さん。そうした家賃設定にもかかわらず、東郊住宅社管理物件の空室率は1.5%と低く、2016年6月に同時期の神奈川県の空室率が35%を超えると報道されたことを考えると、かなりの優良ぶりを発揮しています。
●入居者にとってうれしい東郊住宅社の先進サービス
・礼金0、敷金0、鍵の交換費用もなし
・退室時の修繕義務なし
経年劣化や通常損耗による修繕は物件オーナーが負担する条件になっています。
(入居者の過失・故意による破損の場合は、修繕費が生じます)
・入居者本位の管理サービス
設備の故障や鍵の紛失など各種トラブルに対して、深夜でも自社で対応するサービスがあります。
・積極的な防犯体制・定期巡回清掃
カードキーをはじめ、センサーライトや防犯カメラ等、各種防犯機器の採用によって常に注意を向けています。お掃除隊による清掃巡回も行い、これが防犯にも役立っています。
・入居者用食堂「トーコーキッチン」で安心の食事環境
「学生さんの1人暮らしに、ちゃんとした食生活を送れるかどうかをとても気にされる親御さんが多いと思うんです。だから、トーコーキッチンがあれば、『この食堂があるから東郊住宅社の物件がいい。安くて安心な食事環境が整っているなら、家賃の予算が5000円ほどアップしてもいい』と判断していただけるわけです。学生さんだけでなく、忙しくて自炊が難しい独身の方や高齢の方など、安心な食を求めている人はたくさんいるはずです」
学生の立場でも、学生寮のように決められた食事環境ではなく、好きなときに友人と一緒に食堂を利用できる点が魅力でもあります。画像5に登場した学生の皆さんに利用状況を聞いてみました。
北海道出身のAさんは、「大学生協で、この食堂を利用できる物件があることを知りました。この食堂が決め手となって、母にぜひここにと勧められて決めたのが今の部屋です。トーコーキッチンでは毎日食べても飽きないようにメニューが充実していますし、近くて気軽に利用できて、空いていれば学食のようにずっといてもいいので使いやすいですね」
愛知県出身のBさんは、「トーコーキッチンは友人に連れてきてもらって、度々利用しています。別の街の賃貸住宅に住んでいますが、普段の食事は出来合いのものを買ってしまうことが多いので、どうしても栄養が偏りがち。入居者用食堂のある物件のことを知っていたら、淵野辺で暮らすことを検討したと思います」
東京都出身のCさんは、「実家住まいでしたが、通学時間がかかるので部屋を借りることにしました。友人から評判を聞き、昨年の夏、東郊住宅社の管理物件に入居しました。週に何度か食事に来ています」
栄養バランスを考えた安い食事が3食提供されて、いつでも気軽に利用できる居心地の良い場所が近所にある。筆者も学生時代に1人暮らしをしていましたが、そうした場所があればどんなに便利だっただろうと思います。さらに、気軽に相談できる不動産会社の担当者が身近にいれば、心強いだろうなとも感じます。【画像8】写真左:コーヒーは挽きたて・フレンチプレスにこだわって。写真右:アニマルフィギュアを呼び出し札として活用。注文品ができると「ぞうさんでお待ちの方!」と呼ばれます(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
そうしたところに魅力を感じて、ほかの街から転居してくる人も目立ってきたそうです。
「おいしくて栄養を考えたメニューのある食堂なんて山ほどあるのに、淵野辺がいい、トーコーキッチンがいいと言ってくださる方が増えている。鍵を開けて入る“いつもの食堂”に安心感や居心地の良さを感じていただいているのかもしれません。この仕組みをおもしろがって来店してくださる方こそが、この食堂を楽しい場所につくり上げているのだと感じます」
トーコーキッチンは、その仕組みが評価されて、2016年度の「グッドデザイン・ベスト100」「グッドデザイン特別賞[地域づくり]」をW受賞しました。「多くの方々に特許取得を勧められますが、このアイデアを独占するつもりももうけるつもりもありません。皆さんの賃貸ライフを楽しくできたらうれしいので、逆に、どんどんまねして導入してくれる不動産会社があればいいなと思うばかりです」
取材の合間にも入居者に「何かあったらすぐに言ってね!」と気を配る池田さん。「部屋探しと賃貸契約のお手伝いだけが不動産会社の仕事ではない。ほかの街から淵野辺にやってきた方々が安心して暮らせるようにすることこそが大切」との思いを伺い、そんな不動産会社の存在に大きな頼もしさを感じました。●取材協力
東郊住宅社「トーコーキッチン」
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