犬おぼえがき「歯ごたえチュウイー」
メキシコ系アメリカンのニックの散歩風景はとにかく賑やかだ。何しろ彼自身が底抜けに陽気で、鼻歌と言うには大きすぎる声で歌いながら歩く。知り合いを見かけたら通りの向こう側からでも盛大に声をかけて手を振る。
そして何と言っても騒々しいのは彼の愛犬のチュウイーだ。ニック曰く「XLサイズのミニピン」のチュウイーはとにかく見る人会う犬みんなに吠える。そんな飼い主と兄貴分の犬の陰でちょっと申し訳なさそうにチョコチョコと「XSサイズのミニピン」のチキータが付いて歩いていたものだ。
チュウイーの名前のChewyは「歯ごたえがある」とか「噛みごたえがある」という意味なのだが、確かにいかにもヤンチャ坊主という感じで吠える彼は歯ごたえのあるヤツに見えた。
チュウイーの体重は7kg近くあり、スラリと脚が長くて筋肉質、顔の模様などから見ても特大のミニチュアピンシャーではなくてマンチェスターテリアじゃないの?と私は思っている。ついでに言えば妹分のチキータはミニピンじゃなくてチワワじゃないか?と思っているのだが、飼い主のニックはミニピンが好きらしいので、まあいっかとスルーすることに決めた。
陽気と勢いがウリのニックらしいし、そもそもニックと仲良くなったのも、うちにも規格外に大きいミニピンがいるのがきっかけだ。シェルターから引き取った犬にはこういう間違いはよくあることだ。
ある日のこと、近所の人が「お宅の犬が通りをウロウロしてたわよ」と知らせに来てくれた。
「え?うちの犬、私と一緒に今ここにいますけど」と答えた後に「あっ!うちの犬と似た犬ってチュウイーじゃないか!?」と思い当たって、犬用オヤツとリードを引っつかんで犬がいたという辺りに走って行った。
思いのほかすぐに見つかったその犬は確かにチュウイーだった。散歩で会った時にはいつもいつも小憎たらしい顔で吠えるアイツなので、来ないだろうなと思いつつ「チュウイーおいで」とオヤツを見せて呼んでみたら、意外なことに耳をペッタリ下げてトコトコと走ってきた。ひとりで外に出たものの、どうやら相当心細かったらしい。顔を知っている人間に名前を呼ばれてホッとした風情だった。おいおい、いつもの歯ごたえはどこに行った?へなちょこチュウイーだよ、それじゃ。
家まで連れて行って呼び鈴を押したけれど応答ナシ。庭に放してまた脱走したらたいへんなので、仕方なく我が家に連れて帰った。ネームタグに書かれている番号に電話したら、ニックの奥さんが出てたいそう感謝された。出先なので、近所の親戚に迎えに行ってもらうからと言われ、短時間のお預かりをすることとなった。
さて、チュウイーを家の中に入れようとしたら、うちの犬たちに大抗議されてしまった。いつも会うたびに吠えるチュウイーはうちの犬たちにあんまり評判が良くなかったようだ。アウェイの場所で吠えられて、脚の間に尻尾を入れてショボーンとしているチュウイーはいつもと全く別犬みたいだった。君、全然歯ごたえないな(笑)仕方がないので、外に座って水を飲ませたりしているとお迎え到着。パアッと明るい顔になってチュウイーは帰って行った。
翌日、ニックがお礼にとビールを抱えて訪ねて来た。「そんなの気にしなくていいよ」と言う私に「チュウイーは俺の子供なんだよ。あいつにもしものことがあったりしたら立ち直れないとこだった。自分ちの犬じゃないのに、すぐに探しに行ってくれて本当に本当にありがとう。あいつを引き取った時はまだ小さくてね、もう7年も一緒にいるからね、あーもう、なんて言ったらいいか。ありがとうありがとう。」涙を浮かべて、鼻をグズグズ言わせながら話をしてくれた。
どうやら庭の手入れに来た業者が門をキチンと閉めていなかったらしい。その話になるとニックは鬼のような顔になって怒っていた。ホント喜怒哀楽のクッキリしたお方だと思いながら、チュウイーへの愛の深さに「うんうん、よーくわかるよ」と頷きながら優しい気持ちになった。
その日を境に散歩中に会ったチュウイーは私に吠えなくなった。それどころか私の顔を見ると、尻尾を振ってこっちに来ようとさえした。残念ながら、うちの犬たちはチュウイーが私に近づくことを許すつもりはないようで、2匹に低く唸られてシュンとなる姿はやっぱり歯ごたえがないへなちょこチュウイーだった。
ニックの一家は脱走騒動から1年ほど経った頃に仕事の都合で引っ越して行ってしまった。散歩の途中で会えなくなったのは寂しいけれど、きっと新しい場所でも陽気に賑やかに歩いていることだろう。
あの時お迎えが来るのを待っている間、うちの庭で並んで座って頭を撫でると体を預けて来たのが忘れられない。
チュウイーは決してキチンとしつけられた良い子ではなかったけれど、たった一度困っていたところに手を貸しただけで、その恩を忘れずに心を開いてくれた。「犬ってそういう生き物だよね」と心を温かく柔らかくしてくれる、そういう正しい犬だった。
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(執筆者: ガニング 亜紀) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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