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人に向き合う、自分と向き合うーー「内省」と出会い、人生を好転させた佐治逸郎の軌跡

2012年、株式会社リクルートのHRカンパニーと、株式会社リクルートエージェントの統合によって誕生した、株式会社リクルートキャリア。「人で、世界一になる」ことを目指し、これから創られていくこの場所では、社員一人ひとりが主人公です。今回は、大手総合商社、教育関連のNPOを経てキャリアアドバイザーになった、佐治逸郎のストーリーをお届けします。

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「内省」をし続けた結果辿りついた「本当の自分」とは

人生において大きな意思決定をするとき、自分は何をしたいのか? 自分が求めているものは何か? と我が身を振り返る「内省」をしたことはあるでしょうか。 佐治がはじめて意識的に「内省」を行ったのは、就職活動をスタートした2008年、大学2年の終わり頃。自分は何がしたいのか?なぜそうしたいのか?を自問自答したり、世の中のトレンドやビジネスについて探求する「内省ノート」を書き始めた時だったそうです。

f:id:carraria:20160420184909j:plain大学2年の終わりから書き続けている「内省ノート」。現在も書き続けている。

「就職活動を通じて自分や社会課題に本気で向き合い続けていく中で今の日本の教育では、1回しかない人生をどう生きていくのか、自分自身ときちんと向き合う『内省』の機会が欠如していると感じるようになったんです。そこで僕は、公教育を変えるには、文部科学省に入り、官僚としてはたらくしかない。と思い、公務員を志望していました。」(佐治)

とことん内省を突き詰める中で、「じゃあ、実際に文部科学省で働いている官僚の人たちは、どんな思いをもってどんなチャレンジをしているのだろう?」という純粋な疑問に突き動かされた佐治は、霞ヶ関の若手官僚が集まるオープンゼミに参加したり、知り合いを辿ってOBOG訪問をするなど、現役の官僚の方に会い続けました。その結果佐治が辿りついた答えは「何をやるかより誰とやるかが自分にとって重要だ」ということでした。「教育を変えることそのもの」にも強い興味があった一方で、それ以上に大切だったのは、「不条理を変えたい」という強い思いを持って、周囲を巻き込みながら行動し続けている「同志」がたくさんいる会社ではたらく、ということに気づくことが出来たのです。

その結果、佐治が新卒で入社したのは、とある大手総合商社でした。総合商社なら世界を相手に仕事ができる。その上、一人ひとりが自分の言葉で「なぜその仕事をしているのか?」について語っている。その仕事を通して、かねてから興味関心の強かった国際協力につながる仕事ができるかもしれないし、将来的には「教育を変える」というチャレンジもできるかもしれない。しかし思い描いていた理想が、この会社で叶うことはありませんでした。

「最初に就職した総合商社では、なぜうちの会社にきたのか、何をしたいのか、自分自身のWillについては1度も聞かれたことがありません。「やれと言われたことをひたすらやり続ける」ことの方が重要で、その人の人生に関わり、内省を促し、持ち味を発揮させていくというマネジメントスタイルではなかったんですね。シンプルに言うと『自分のことをきちんと見てもらえていなかったことが寂しかった』ということかもしれません。今思うと、自分も若かったんだと思います(笑)」(佐治)

その後、商社を退職した、とあるところで出会った社長から声をかけられたことをきっかけにベンチャー企業に飛び込み、さらにその後は「自らコトを起こしたい」と考え、NPOで「教育イノベータ―育成支援プロジェクト」というイベントを主催するように。ベンチャーもNPOも、いずれの事業コンセプトも、佐治が学生の頃から課題に感じていた「教育」をテーマにしたものでした。しかし彼は、法人化の準備を進めていたNPOを法人化しないという決断に至ったのです。

「教育を変えたい、という思いを持ったイノベータ―が一堂に会した非常に熱気のあるイベントで、新聞で取り上げられるほど反響も大きかったのですが、将来的に収益化して運用していくことを考えたとき、ビジネスとして成立するイメージが湧かなかったんです。これは完全に自分の実力不足でもあるんですけど、みんながWIN-WINになる仕組みを作るには、ビジネスにして持続可能なものに仕上げてこそ、意義のあるテーマだと思っていたので…。このままだと自分は何もできないままだと考えて、「ビジネスを通じて、当事者意識を持ってイキイキ働く人を増やす」という軸で、改めて就職活動を開始することにしたんです」(佐治)

再び転職活動をはじめた佐治が、最終的に絞った会社は3社。そのなかにリクルートキャリアがありました。

暗黒時代からの脱出へーーカギになったのは「自己開示」

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転職活動の際に、佐治は改めて「内省」を行い、自分に足りないものが何かを見つめ直しました。

 「僕自身はどちらかというとパッションで物事を解決する人間で、ビジネス感覚が弱いなと思っていました。それをイチから鍛え直さないと……と思い、「はたらく」ことに直結する事業をやっていて、熱量とビジネス感覚の両方を持っていると感じていたリクルートキャリアの門を叩くことにしたんです」(佐治)

 そうして佐治は、リクルートキャリアの営業職として再スタートを切ることになりました。しかし、彼はすぐに高いハードルに直面することになります。

 入社後の配属先は、ヘルスケア業界の企業を担当するグループでした。しかし“総合商社出身”という肩書きがあることで「こいつは、どれくらいやれるんだ?」という目で見られるのを、次第にプレッシャーに感じるようになったといいます。入社して最初の半年では60%ほどの目標達成率しか出せず、目の前のお客様にも価値を返せていないことへの焦りが、佐治を追い詰めました。

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