『クマのプーさん』はやっぱり男の子だった件
今回はアサイさんのブログ『紺色のひと』からご寄稿いただきました。
『クマのプーさん』はやっぱり男の子だった件
8月24日、『Twitter』で「クマのプーさんは実は女の子だった」という説が話題になっていました。びっくりされた方が多かったようで、たくさんリツイート(発言転載)され広まったようです……が、プーさんはまぎれもない男の子です。原作の絵本と英語の原著に当たって、この説の検証を試みました。
結論を急ぐ方のために
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・原作ではプーさんは男の子として書かれている
・クリストファー・ロビンがそう言ってるから間違いない
・ディズニーのプーさんより原作挿絵のほうがかわいいから原作読もう!
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「実は女の子」の噂の出所は?
話題に気付くのが遅れてしまったので、発言元を検証していた2スレ781さんのタイムラインを参考にさせて頂こうと思います。
『Twitter』で広まったのは、どうやらこちらの発言。
島田紳助の芸能界引退もビックリだけど、くまのプーさんが女の子だったのも更にビックリ!!
http://twitter.com/#!/nori73/status/106155518174830592
25日22時40分現在、613人にリツイートされています。
またこの方の発言と同じような内容を発言している方もおり、それがさらにリツイートされ……と、拡がりは留まるところを知りません。
この発言の元になっていたのは、日本テレビ系列『ZIP!』*1 という番組の『相武紗季ナビゲート』というコーナーであり、ここでプーさんの話題を取り上げていたことが発端であったと推察されます。僕は当該番組を見ていませんが、そこで「実は女の子」という発言があったのでしょう。
「知られざる!くまのプーさんの雑学-NEVERまとめ」*2 等のウェブページにも同様の記述があり、気になって検索した方が根拠として紹介する例もあるようです。
*1:『ZIP!』8月24日放送 5:50 – 8:00 日本テレビ 『TVでた蔵』
http://datazoo.jp/tv/ZIP%EF%BC%81/507602
*2:「知られざる!くまのプーさんの雑学[チーズが嫌い]」2011年08月26日『NAVERまとめ』
http://matome.naver.jp/odai/2130146289463244501
また、「ショック!なんとプーさんは女の子だった?Twitterで意外な憶測飛び交う」*3 では「原作ではどちらかというと女の子っぽい設定であったプーさんは、ディズニーがアレンジを加え男の子になってしまったというのが通説のようだ」などという記述も見受けられます。
25日現在、2ちゃんねる等にもお話が拡大しているようです。
*3:「ショック!なんとプーさんは女の子だった?Twitterで意外な憶測飛び交う」2011年08月24日『秒刊SUNDAY』
http://www.yukawanet.com/archives/3912458.html
どうして女の子とされてしまったのか?
プーさんが女の子とされている大きな理由は、原著のタイトルでもあるプーさんの本名“Winnie-the-Pooh”、ウィニー・ザ・プーすなわち“プーのウィニー”の“ウィニー”が女の子につけられる名前だから、です。
上記リンク先の中には「しかも原作では、メス設定なんだとか」という記述もあり、よりいっそうの混乱を招いています。
でも、原作にメスの設定なんてあったかしらん? このあたりをはっきりさせるべく、慣れ親しんだ原作絵本と原著をひもときました。
トップの画像は、たまたま実家の本棚に埋もれていた『クマのプーさん』原作童話と、その原著ペーパーバック。
日本語訳『クマのプーさん』での扱い
その前に、原作『クマのプーさん』がどのような物語の構成になっているかを説明しておきましょう。
本著の作者A.A.ミルンはイギリスの作家です。『クマのプーさん』は、彼が自分の息子のクリストファー・ロビンに、クリストファーお気に入りのクマのぬいぐるみとクリストファー自身を主人公にした物語を語り聞かせる――というお話です。物語は、クリストファーが“ぬいぐるみの”プーさんをひきずって階段から降りてくるところから始まっています。
ということを踏まえて、まずは、日本にプーさんを紹介した石井桃子訳『クマのプーさん』(岩波書店)の冒頭部分を読んでみましょう。以下の引用部分は岩波書店『クマのプーさん/プー横丁にたった家』A.A.ミルン作・石井桃子訳(1962年初刷・1987年第31刷) からの引用となります。
まずは、プーさんの本名――“プーのウィニー”という名前がどうやってついたか、の部分を読んでみましょう。
もしかして、みなさんが、クリストファー・ロビンのことを書いた、もう一つの本をおよみになっているとしたら、クリストファー・ロビンが、まえに、プーという名まえの白鳥をもっていたということを、おぼえていらっしゃるかもしれません、それは、ずいぶん、まえのことでした。そののち、わたしたちは、その白鳥とさよならをしましたが、そのとき、白鳥がもう、プーという名まえをいらないだろうと思ったので、名まえだけ、もってきてしまったのです。ところがこんど、クリストファー・ロビンのテディ・ベアが、なにかすばらしい、じぶんだけの名まえを、ほしいといいだしたのです。すると、クリストファー・ロビンは、かんがえもしないで、すぐに「プーのウィニー」がいい、といいました。で、そういうことにきまりました。
(中略)
だれでも、しばらく、ロンドンにいれば、かならず動物園にいくものです。
(中略)
クリストファー・ロビンも、動物園にいくと、北極グマのところへまいります。そして、左から三ばんめの飼育係さんに、なにかヒソヒソとささやくと、その人が、戸をあけてくれます。それから、わたしたちは、くらい通路や急な階段を通りぬけて、あるオリのまえに出ます。その戸も、あけられます。すると、茶色い、毛のはえたものが、のこのこ出てきます。「ああ、クマくん!」という、うれしそうな叫び声をあげて、クリストファー・ロビンは、その動物のうでのなかにとびこみました。ところで、このクマが、ウィニーという名まえでした。
“プーのウィニー”という名前は、以前飼っていた白鳥と、動物園でお気に入りだったクマから名前をもらってつけた、ということがわかります。ここでクリストファー・ロビンは「クマくん!」と呼びかけていますが、原著では「Oh! Bear!」であること、またウィニーが女性の名前であることから、元々モデルとなったクマはメスのクマであったのではないかと想像がつきます。
原著『Winnie-the-Pooh』での扱い
続いて、イギリスで書かれた原著『Winnie-the-Pooh』を読んでみましょう。プーさんの性別に関するヒントが隠されている記述がありました。本段落の引用は、ペーパーバック A.A.MILNE/ERNEST H.SHEPARD『Winnie-the-Pooh』(A PUFFIN BOOK)からの引用となります。
以下は、物語の始まり、クリストファーがぬいぐるみをひきずってお父さんのもとにやってきた後の部分です。
When I first heard his name, I said, just as you are going to say, “But I thought he was a boy?”
“So did I,” said Christopher Robin.
“Then you can’t call him Winnie?”
“I don’t.” “But you said–”
“He’s Winnie-ther-Pooh. Don’t you know what ‘ther’ means?”
“Ah, yes, now I do,” I said quickly; and I hope you do too, because it is all the explanation you are going to get.
石井桃子さんの訳は非常に素晴らしく、大人になった今読んでもとても楽しいのですが、この部分が省略されていました。なんとなく文意が通るように訳してみました。
わたし(注:作者)がはじめて彼の名前を聞いたとき、みなさんもそうすると思いますけれど、「あれ、このクマくんは男の子じゃなかった?」とたずねました。
「そうだよ」クリストファー・ロビンは答えました。
「でも、“ウィニー”って呼ばなかった?」(注:男の子なのに女の子の名前がついているよね? という意味)
「ちがうよ」「でも、いまきみは……」
「そうじゃなくて、彼は”ウィニー・ザー・プー”だってば。”ザー”ってどういう意味か、おとうさんは知らないの?」
「ああ、なるほど、そうだね」と、わたしはあわてて答えました。彼の説明はこれですべてなのですけれど、みなさんに意味が通じることを願います。
最後の部分“ther”に関するところは上手に説明できませんが、文脈から読み取れることは次の点でしょう。
・クリストファー・ロビンにとって、“プーのウィニー”は女の子ではなく男の子
・“he:彼”としていることからも、やっぱり男の子として扱っている
・クリストファー・ロビンにとって、“ザー:ther”がつくと、女の子の名前でも男の子として扱われるルールらしい
以上のことから、原著でもプーさんは男の子として扱われていると判断できます。
尚、“ther”の記述については、子ども心に基づいた、実に納得のいく解説をされている方をお見かけしたので、引用しておきます。
ウィニーは女の子の名前(らしいの)だけれど、それに ther がつくと男の子の名前になると、クリストファー・ロビンは思いこんでいて、そのまっすぐな思いこみにお父さんのミルンは一言もないのですね。
ときには子どもの言うことはその子にとって絶対で、関わる大人もどうしようもないのですね。
「Re: Winnie-the-pooh 名前のことで、教えてください!」『PBの掲示板(ネタバレ可』
http://www.seg.co.jp/cgi-bin/kb7.cgi?b=sss-netabare&c=e&id=372
なるほどー。そういう“子ども特有のルール”って、僕にもあった気がします。
ところで、原著でプーさんに対して作者のミルンが“he”という言葉を使っていることに関しては、ぬいぐるみを指して代名詞的に使っているのかな、とも考えたのですが、改めて読んでみるとミルンは、このクマのぬいぐるみをただのぬいぐるみとしてではなく、“クリストファー・ロビンの友人として”一貫して擬人化し語っています。息子当人に語っているのだから当然と言えば当然なのですが、だからこそ“he”たる呼び方をされているプーさんは男の子だ、というひとつの証拠足り得るでしょう。
ということで、結論
以上、プーさんは原著で男の子として書かれています。名前の由来となった北極グマがメスであるらしい、ということから「プーさんのモデルは女の子」ということはできなくもないでしょうが、物語『クマのプーさん』で書かれているキャラクターであるプーさんは、紛れもなく男の子であると言えるでしょう。
なお、これらを元にしたディズニーのプーさん。おっさんっぽいダミ声であることから、「実は女の子」という説とのギャップがあり、より驚きをもって広く受け入れられたのが今回の件だったのかな、と思います。
ちなみに僕はディズニー版のプーさんより、原著で挿絵を担当しているE.H.シェパードさんによる挿絵のほうがずっと好きです。
挿絵・お話ともに一番僕が好きなのは『コブタが、ゾゾに会うお話』。章ごとに分かれて発売されている本では、『プーのゾゾがり』というタイトルですが、知ったかぶったプーとコブタのやり取りや台詞回しなど、大人が読んでもすっごく面白いです。
執筆: この記事はアサイさんのブログ『紺色のひと』からご寄稿いただきました。
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