「今いる枠からはみ出したっていい」NEET株式会社若新氏が説く“ゆるい生き方”
ニートばかり約150人を集めて会社を作り、全員が取締役に就任するという「NEET株式会社」、現役女子高生がゆるいまちづくりを提案・実験する「鯖江市役所JK課」。いずれも「え、こんなの本当に成り立つの?」とメディアにも注目されたプロジェクトだ。
これらの仕掛け人が、慶応義塾大学の教員でもある若新雄純さん。内発性や多様性を引き出すための人と組織のコミュニケーション論や、産業・組織心理学を専門とする。若新さんによると、NEET株式会社も鯖江市役所JK課も「“ゆるさ”をキーワードにした実験」という。彼のプロジェクトに対する真意を聞いた。
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科特任助教
株式会社NewYouth代表取締役
若新雄純さん
人と組織のコミュニケーションを扱う研究者・プロデューサー。全員がニートで取締役のNEET株式会社を2013年11月に設立したほか、女子高生(JK)がまちづくりに関わる公共事業「鯖江市役所JK課」、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」などの実験的なプロジェクトを多数企画、実践する。近著に『創造的脱力』(光文社新書)。
仕事のやる気は「内的モチベーション」が左右し、ニートにもそれが当てはまる
――ニートだけで会社を作る、女子高生に街づくりに参加させる…いずれもかなり斬新というか、「無理でしょ?」と思われがちなプロジェクトですが、どういうきっかけでこのようなプロジェクトを企画・実践するに至ったのですか?
僕の専門は、内発性や多様性を引き出すための、人と組織のコミュニケーション。大学院在学中から取り組んでいるテーマですが、特にモチベーション研究は長いです。
今の日本経済は成熟期にあるために、例えば「会社で認められたい」とか「給与を上げたい」なんていう“外的要因”だけではモチベーションを維持できなくなっています。この現状から、内的なモチベーション…つまり「自分はこうありたい」と思える動機づけを“自分の内側”に求める必要があるのではないか、と考えるようになりました。
「ニート」は社会的に見れば少数派です。割合としては、40人クラスに1人いるかいないかというイメージ。だから、よく「ニートにどう働きかければ彼らは変われるのか、社会復帰できるのか?」などと議論されますが、それはあくまで多数派による意見。彼らを変えるものがあるとすれば、「働ける場所」という外的なものではなく、「働こうとする自分」なのだと考えています。
いろいろな研究、実験を繰り返し行いましたが、面白いことに、「自分の内側」には自分一人ではたどり着けないんですね。当人のことなのに、自分で考えるだけでは一向に見えてこない。しかし、他者と関わる中で見えてくるのです。
仕事において「自分には何が向いているんだろう?」「自分の強みってなんだ?」と一人で悶々と考えても、なかなか答えにはたどり着けないものですが、上司や同僚、部下との会話や、日常の仕事関係の中で自分の特性に気づかされたりしますよね。他者のほうが、自分のことを深く知っていたりして驚かされたりもします。
ニートは、地位や給与などという外的要因では動かない人たち。しかし、他者と関わる中で見えてくる「内なる自分」を知れば、次の一歩が踏み出せるのではないかと考え、それを実証するために「NEET株式会社」を立ち上げました。
とまどうことが「内なる自分」を知るきっかけになる
――会社設立は、あくまで「実験」だということですか?
その通りです。これは会社発足当初から皆にはっきりと伝えていること。「どうすればうまくいくか?」なんていう答えは僕の中にはないし、仮説もないと言い続けています。
でも、集まってきたニートの中には、「そうはいっても若新の中にはきっと何らかの答えがあるのだろう」「そのうち何らかの指示があるだろう」と思っている人も少なくなかったのですが、設立して1年も経てば、「何の答えもない…これは本当に実験なのだ」とようやく気づいてもらえる。
「NEET株式会社」は全員が取締役ですから、自分の上役は誰もいない。「なんだこのクソ会社!」と叫んでも、すべては自分に返ってくる(笑)。そういう状況下におかれると、人には“とまどい”が生まれます。自分で考えるしかないことがわかって、「どうすればいいんだ」ととまどう。でも、とまどいが「何とかしなければ」という気持ちにつながり、周りと意見交換する人が増え始め、そこから変化が生まれる…かもしれない。僕自信も、本当にいっぱいとまどいました(笑)。
――「とまどい」が、主体的に動かないと何も変わらないという事実に気づかせてくれると。
僕は「とまどい」は、自分の内的モチベーションを知るうえで非常に重要だと思っています。答えがない議論、到達点がないプロジェクトを進める中では、必ずとまどいが生じますが、それをきっかけに周りとぶつかりながらも方向性を見つけ出していけば、どういうときに自分の中のスイッチが入るのかか、気づくことができます。
「鯖江市役所JK課」も同じです。まちのことなんて深く考えたこともない女子高生と、市の職員がかかわって、何が生まれるかなんて誰も分からない。当然、全員がとまどいますが、わからないからこそ互いに探っていく。その中で見えてくる「新しい何か」が重要なのです。
ゆるい帰属意識がモチベーションになり、「これならできる」の発見につながるのが理想
――NEET株式会社は2013年11月設立、JK課は2014年4月発足です。それぞれ1.5~2年が経ち、何らかの成果は見えてきましたか?
「鯖江市役所JK課」は、アプリ開発やスイーツ商品企画などたくさんの活動実績があります。市役所の職員のサポートもしっかりしているので、プロジェクトとして安定期に入りました。一方で、NEET株式会社は、レンタルニート事業部やデジタルゲーム事業部などを立ち上げていますが、初年度の売上高が92万8739円(2013年11月~2014年11月)という状態。これ、利益じゃなくて、年間売り上げですからね…日本一儲かっていない会社だと自認しています。
それでも、まだ100人前後の取締役が、このNEET株式会社にとどまっています。
この会社では、違法でなければ、そして夢中になれるものなら何をやってもOK。ただ、それはすなわち、「やることを自分で0からつくり上げる」必要があるということ。響きはカッコイイですが、「0からつくる」は、実はかなりしんどいことです。そして、そこにとまどいが生まれるわけですが、集まったニートのメンバーたちは既存のものを楽しめない、枠組みにはみ出した人たちなんですね。
例えば、砂場に遊びに行ったら先にいた上級生が立派な砂の城を作っていた。大人は「それで遊べばいいじゃん」と思うかもしれませんが、1回ぶち壊して、ショボい城でも自分の手で作り上げるのが楽しい。そういう人たちなんです。
だから、既存の会社を「この会社は君に合っているよ!受け入れてくれるよ!」とお勧めするのは、もともとあるお城を選ばせているだけ。だから、ショボくても自分の城を作れるこの会社に面白さを感じ、居続けてくれているのだと思います。
それどころか、最近では変な「愛社精神」のようなものすら芽生え始めていると感じますね。組織への束縛で得られる報酬ではなく、自分の意志でNEET株式会社というコミュニティに参加し、関わりあっているという「ゆるい帰属意識」が、不思議と生まれていると感じます。彼らにこう思ってもらえるようになったのは、大きな収穫。これからもこの会社に愛着を持ち、とまどいながらもゆるゆると「これならばやっていける」というものを見つけてくれればいいと思っています。時間は、かなりかかりそうですが…。
「0か1か」の2択で人間は分けられない。その間に無数の選択肢を作ることで現状を「ゆるく」したい
――ある程度の手ごたえが得られた中、この先の若新さんの目標を教えてください。
今の世の中は、選択肢が少なすぎると思っています。一人前に働けているか、働けていないかという、「0か1か」で評価されてしまっている。
でも本来、人を「0」と「1」で明確に分けることはできないはず。0と1の間には実はたくさんの中間の選択肢があり、もっと0~1の間にグラデーションを付けられるのではないかと考えています。
例えばNEET株式会社には、ずっと引きこもっているわけでもなく、かといって一人前に働いているわけでもない「中間のゾーン」という若者がたくさんいます。0でも1でもありませんよね。本当は0.5の位置にいる…と言いたいけれど、会社の現状を見るとまだ0.001ぐらいでしょうか(苦笑)。
日常生活の中で、我々が「選択する」機会は数多あります。でも、「この3つの中からどれか選んで」と言われることが、僕自身どうもしっくりこなかった。たかだか数個の選択肢で、すべての人がしっくりくる選択肢が網羅されるわけはないし、結果、多くの人が「しっくりこないけれど、一番近いもの」を選んでいるのだと思います。
多様化が進む今の時代、「この中から選べ」と言われても、そこからこぼれる人は必ず存在します。そんな少数派やマニアックな人たちと協同することで、0と1の間に存在する無数の選択肢を増やし、グラデーションを作っていきたいですね。そうなれば、もっと少数派が存在しやすい社会になり、多数派だと思っている人たちも、自身の世界がもっと広がるようになると思っています。
――なるほど。「人の存在場所を0と1だけで判断するのではなく、もっとゆるい基準があっていいんだ」ということですね。
そうです。できればいつか、そのグラデーションづくりを“学校”という教育の仕組みの中でできたらいいなと思っています。今の学校では、「文系・理系」とか「正解・不正解」などと、これまた2択で決められる場面が多いけれど、世の中は白と黒の2色だけではできていない。白黒だけで決められてしまいがちな仕組みの中で、大事な10代を過ごすのはリスクがあると思っています。
「先生はああ言っているけれど、実際はどうなんだろう?」と疑問を持ち、自分で考えてみる。この習慣をつければ、「白黒だけで物事は決まらない。白と黒の間にはグラデーションが存在する」ことに気づき、将来がきっともっと楽になると思うんです。
例えば、進学の際や就職活動の際、みんな「Aを選ぶべきかBにすべきか…正しい選択はどっちだろう?」と悩む。その結果、どちらを選択したとしても、少しでも自分の予想と違っていたら「正解はもう一つの選択肢のほうだったかも…」と悩み、落ち込む。
でも、どちらが正しいなんて、本当はないんですよ。そのことに気づければ、「希望していた仕事と少し違っていたけれど、こういう方向性もあり得るかも」などと、ゆるく柔軟に考えられるようになり、新しい世界が開けると思うのです。
枠に縛られ過ぎず「ゆるさ」を意識すれば、将来がもっと広がる、楽しくなる
――確かに。学びの場でそれが実践されれば、将来に対する選択に悩んだり、恐怖心を抱くこともなくなりそうですね。
そうですね。ただ僕は、今の若いビジネスパーソンも同様に、一つの正解を求める固定概念に縛られすぎて、いい意味での「ゆるさ」を失いかけていると感じますね。
現状を変えたい、でも今いる枠からははみ出したくない…と考える人は多いですが、枠を手放さなくては新しいものは得られません。
例えば、本気で「語学力を付けたい」と考えた時、多くの人は会社に通いながら通勤時間やアフターファイブなどに勉強すると思います。一方で、とりあえず会社を休職してふらりと海外留学しちゃう人も少数派ですが存在します。前者のほうがカッコよくスマートに見えますし、後者を選んだ人に対しては「今やっている仕事はどうするんだ!」「半年間休んだら帰ってきたときにポジションないかも」なんて指摘する人が多いでしょう。
一方で、思い切って会社という枠組みを手放して、ぽーんと海外に飛んでみる。周りから「無謀だ」と言われても、何とかするしかありません。そして、戻ってくるころには英語力以上のものを身に付け、価値観も変わって、無理に元のポジションに戻る必要すらなくなる。そんな経験をすると、「枠にしがみつかなくても、自分の力で人生を切り開ける」ことに気づけるんじゃないでしょうか。
もちろん、このやり方ですべての人がうまくいくわけではないと思いますが、少なくとも前者の「現状を維持しながら努力する→結果、変化が起きなかったとしても“仕事が忙しかったのだから仕方ないよね”と周りが許してくれる」環境を選んだ人より、多くのものを得られるチャンスはあると思います。もちろん、多少のリスクもありますが。リスクは受け入れる準備をしておけば影響は軽微で済みます。
つまり、「現状を変えたい」と思ったら、ある程度の「いい加減さ」が必要だと思うのです。枠から出ることのメリット・デメリットを考え、計算し尽くすと、変化を受け入れづらくなってしまいます。
今の世の中、多くの人が抱いているのは「もし失敗したら、自分の存在価値が下がるのではないか」という漠然とした恐怖心。でも、はみ出してみたら案外大丈夫だった、とわかったら、「枠がなくても、ちょっとぐらい失敗しても、自分は自分」と自己肯定ができます。そしたら、変化を楽しみながら、もっと自分らしく毎日を生きられるのではないでしょうか。
▲11月に発売された若新さんの新刊『創造的脱力~かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論』(光文社新書)
EDIT&WRITING:伊藤理子 PHOTO:平山諭
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