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「東電批判したら経産省から圧力」渦中の古賀茂明氏『日本中枢を再生させる勉強会』講演テキスト起こし

【このテキストは転載自由、拡散自由です】

先日7月5日火曜日に衆議院議員会館にて開催されました超党派の勉強会「日本中枢を再生させる勉強会」に於ける、古賀茂明さんの講演の様子を取材し、テキスト化いたしました。

動画やPDF化した当日の資料は、こちらに掲載しています。参考にしてください。(取材:東京プレスクラブ、協力:プレスネットワーク)

東電救済法案とも言われる「原発賠償機構法」が早ければ今週にも通るとの見方もある中、周辺の動きは慌ただしくなってきています。今つけるべきけじめをつけずに、未来の若者達に負債を押し付けることにするのか。わたしたちはその瀬戸際にあると言えます。ここでどういう決断をするかで、未来のエネルギー産業は大きく変わってくる可能性があります。このまま、あいかわらずの体質のままで進んでいっていいのでしょうか。

東京電力の今後、エネルギー産業の今後についてのたたき台となる『古賀プラン』を震災後迅速に公開し、議論のたたき台をつくってきた経産省の古賀さんが、先日事務次官より「辞めてほしい」と「退職勧奨」されたとの報道がおこなわれました。一体何が起きたのでしょうか。講演はその時の話からはじまり、公務員改革、そしてエネルギー産業の改革のあり方などについて触れる大変興味深い講演です。講演の時間は実質30分でしたが、実に濃密な30分間でした。

古賀さんはまさに現代の「志士」とも呼ぶべき、得難い論客だと思いますが、理由も明確でないまま、そのような人物を斬り捨てようとする経産省やそれを止めようともしない官邸らの動きには危機感を覚えます。その影響はマスコミにも及び、寄稿やテレビ出演までも難しい状況となりつつあるそうです。意見を述べることすらままならず圧力を受ける状況、その裏には何があるのでしょうか。

出席者:
渡辺喜美さん(みんなの党)、小沢さきひとさん(民主党)、塩崎やすひささん(自民党)、河野太郎さん(自民党)、ほか勉強会出席者多数。

●古賀茂明さん(経済産業省 大臣官房付)プロフィール
ダイエー、カネボウなど事業再生のプロフェッショナル。中曾根康弘元総理をして「これは革命だよ」と言わしめた公務員改革を支え、遂には昨年末公務員改革に及び腰の民主党と衝突し、閑職に飛ばされる。震災後はエネルギー産業の未来へのたたき台となる『古賀プラン』等を公開し、議論の一翼を担う人物として注目されている、が先日経産省より「退職勧奨」という圧力を受ける。まさに「戦う官僚」。その力の源泉をきいたところ、がんとの闘病を通して「正しいことをやりたい」と考えるに至ったとのこと。

古賀茂明氏講演「日本中枢を再生させる勉強会」(超党派)

私が今までやってきました公務員改革の話と、それから電力の話。この2つを中心に話をさせていただいて、あと色々質問等あると思いますので、それにお答えしていきたいと思っています。よろしくお願いします。

まず私が置かれた立場であります。報道でご存知の方も多いと思いますけども、6月の24日金曜日の午後でしたけども、松永和夫経済産業省事務次官から呼ばれまして、7月15日をメドにやめてくれと。理由は君に相応しいポストがないから。という一言でありました。

で、私は一昨年の12月の17日に、公務員制度改革推進本部の事務局というところから経産省のほうに戻りまして、そのときに普通の時期ではない移動だったので「いますぐポストはないから、ちょっと年明けまでまってくれ」というふうに(経産省の)事務次官と官房長官から言われまして、そのまま結局一年半以上仕事がないままという形になっております。それ以前は渡辺大臣が行革担当大臣をやられていたときに、ちょっと手伝ってくれということで呼ばれまして、公務員改革基本法というのが出来た後をうけてその実施法を作っていくという仕事に携わったわけであります。

公務員改革

今日はちょっと話のなかで、おそらくですね。自民党や民主党の先生方が「なんだこいつ!」と思うようなことをいってしまうかもしれませんけども、私は特にどの政党ということはなくやっておりますので、そのなかで感じたことをそのままお話しします。それが結果的に自民党批判であったり民主党批判であったりといったことに繋がるかもしれませんがそこのところはご容赦いただきたいというふうに思います。

もともとですね、自民党という政党も公務員改革には決して熱心ではなかったと私は感じております。ここにきている先生方は、もちろん非常に前向きで私が公務員改革をやっているというのも、色んな形でサポートをしていただきました。自民党の会議のなかで、声高に改革の必要性を叫んでいただきましたし、最後よりきられそうになるところを何回も土俵際で踏ん張っていただいて押し戻すということをやっていただいて、私のいたときに公務員改革の法案が一応できた。出来て国会に出せたというところまでいっております。

実はそのとき、おもしろいことに自民党はどちからというと、全体としては足を引っ張っていた方が多かったんです。自民党本部の幹部会とかそういうところに行くと、私は1人でその必要性を訴えていました。そして例えば「人事院から権限を内閣人事局に持ってくる」なんてことをいったら今日は名前を言いませんけども、一般の方は改革派だと思っておられるような先生が「君そんなことできるわけない。僕だってできなかったんだ」みたいなことを、おっしゃる、というようなことがありました。

自民党に足を引っ張られながら、実は裏で民主党の先生方には非常に応援していただいていたということもありました。松井孝治先生や――これはいい話ですから名前出していいと思いますが――そういう方々が裏で「お前ガンパレ!」と。あとは外務の竹内先生ですね、そういう方々には裏から支えていただいた。しかしながら結局自民党時代に出した案は廃案になってしまいました。

そのあと選挙で民主党政権になり、私は非常に期待しました。というのは、我々を裏で支えていただいていた民主党が政権をとるのならばもっと思い切ったことができる。そういうふうに思いまして、事務局にも全体ではもちろん後ろ向きの人も多かったんですけども、若い人を中心に「これもしかすると凄いことができるかもしれないぞ」というので内々に、いろんな革新的な案を、錬ったりしながら待っていたのですが、当初ではマスコミでもだいぶ話されていますのでご存知のかたも多いと思いますが、仙谷官房長官。当時は最初に話をいただいた時には大臣のポストが決まっていない段階で、厚労大臣か行政刷新大臣かというような話をされた段階でお声がけをいただきまして、公務員改革だけでなく様々な改革について色々意見交換をさせていただいたりしました。そのときには、補佐官で来てほしいというふうなお話しもいただいて、そのあと行政刷新大臣になられたわけですけども、行政刷新会議のメンバーはどうするんだとか、事務局をどういう風に構成するか。こういう案を作ったりして、仙谷さんはその場で我々が推薦した方に電話をして、了解と取り付けたり、そんなところまで話が実は進んでおりましたが、9月のシルバーウィークの間に呼ばれたのですけども、2時間以上待たされまして、本当は早く来てくれと言われて予定よりも早くいったのですが、そのあと結局ずっと中に通してもらえない。入ってみたら雰囲気ががらっとかわっていて、何か具体的な話はなにもなく雑談をして「それじゃまた」みたいなことで、それっきり私は仙谷さんとはお話しをしていないという状況であります。

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