最低賃金引き上げで地域経済への影響は?(地方議会ニュース解説委員 山本洋一)

■ 最低賃金引き上げへ
安倍晋三首相が全国平均で時給798円の最低賃金を毎年3%ずつ引き上げ、1000円にする目標を打ち出した。賃金の引き上げで消費を喚起し、GDP(国内総生産)を拡大する狙いだが、果たしてシナリオ通りとなるのだろうか。地域経済にはどのような影響を与えるだろうか。
首相は24日の経済財政諮問会議で、来年以降最低賃金を3%ずつ引き上げ、1000円を目指す方針を表明した。現在の最低賃金は東京が最高の907円で、鳥取・高知・宮崎・沖縄は最低の693円。毎年3%ずつ引き上げると全国平均が2023年度に1000円を超える。
仮に全国一律で引き上げた場合、2023年度の時点で東京が1149円となるのに対し、鳥取や沖縄などは878円にとどまる。全国的に賃金は上がるものの、地域間格差は271円に広がる。
■ 最低賃金引き上げの背景とは?
最低賃金引き上げの背景には、首相が9月に表明した「新・3本の矢」がある。新たな3本の矢は(1)希望を生み出す強い経済-GDP600兆円(2)夢を紡ぐ子育て支援-出生率1.8%(3)安心につながる社会保障-介護離職ゼロ。このうち現在500兆円程度のGDPを2割拡大するには、GDPの6割を占める個人消費の拡大が不可欠というわけだ。
日本経済の長年の課題であるデフレ脱却のためにも、賃金の上昇が必要だというのは異論の少ないところ。だが、賃金というのは基本的に労働者の需給バランスで決まるものである。政府が経済界トップに賃上げを「お願い」したり、最低賃金を無理やり引き上げたりすれば、どこかにひずみが生じる可能性がある。
■ 最低賃金引き上げは良いことばかりか?
最低賃金引き上げのひずみとして真っ先に考えられるのは失業率の上昇だ。最低賃金の引き上げで企業負担が増えれば、企業は全体の人件費を維持するためにも雇用を減らそうとする可能性がある。
日本の場合、労働者の解雇が難しいため、企業は新規採用を抑制したり、新たな採用者を安く、首も切りやすい非正規雇用にしたりするかもしれない。グローバル競争の中にある企業は人件費の安い新興国に拠点を移そうとするだろう。あおりを受けるのは若者だ。
もう一つのひずみ東京一極集中の加速だろう。最低賃金を全国で一律に引き上げても、地域間格差は広がるばかり。ますます東京に若者が集まり、地域の衰退につながりかねない。かといって過疎地の最低賃金を重点的に引き上げれば、体力の弱い地場企業がもたなくなるのは目に見えている。
3つ目は外国人労働者受け入れへの影響である。少子化が急速に進む日本では今後、労働者不足が深刻化する。経済成長のために労働者不足を補うには外国人労働者の受け入れが必要だが、日本を目指す外国人の多くは日本の労働者に比べて語学能力や技能が低いため、最低賃金が上がれば企業も積極的に雇いにくくなる。
愛知県は24日、国家戦略特区の枠組みを活用して外国人労働者の受け入れ要件を緩和する方針を明らかにした。自動車などの製造業を中心に今後、労働者不足が見込まれることから、高い日本語能力や技能を持つ外国人を対象に、自治体などによる審査を経て最長5年間の在留を認める方向だ。
しかし、こうした各地域の取り組みも、最低賃金の引き上げが邪魔する恐れがある。シリアの難民問題を契機に移民の受け入れ議論が広がっているが、こうした議論にも影響を与えるだろう。
日本の最低賃金は厚生労働省の中央最低賃金審議会が厚生労働大臣に答申し、答申を元に各都道府県の地方最低賃金審議会がそれぞれの地域の最低賃金を審議・答申して都道府県労働局長が決める。ややこしい形態をとっているが、実質的には国が全国の最低賃金額を決める仕組みだ。現に今年は首相の指示の下、全国平均で18円引き上げられている。
政府は最低賃金のあり方を地域に委ねるとともに、失業者を減らしたり、正規雇用を増やしたり、低所得者のセーフティーネットを整備したりすることに知恵を集中すべきだ。地方行政や議会も最低賃金の功罪について冷静に分析しなければならない。
(地方議会ニュース解説委員 山本洋一)
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