患者さんの脱走(small G)

患者さんの脱走(small G)

今回はsmall Gさんのブログ『small G』からご寄稿いただきました。

患者さんの脱走(small G)

タイトルだけを見るとギョッとされる方もあるかとは思いますが、実はよくあることなのです。

通常、閉鎖病棟でも無い限りは病棟というのは受付を通せば、時間内である限り、外の方も自由に訪問できますし、その逆に自分の足で外に出ていくこともできます。
無論、医師からの指示でオペ後や特殊な治療に関わる間は病棟どころか部屋からも出てはいけないという決まりにもすることはありますが、そんな病態や治療中であろうとも患者さんがもし「俺はこの治療を受けない!帰る!!」と言えば、それをとめる手段は通常ありません。

患者さん自身が治療を望まないものを医師がおこがましくも自らの意志で継続することは出来ません。
無論、こういったことは患者と医師との間の信頼関係や患者さん自体が元々持っているキャラクターなども大きく関係しているので、99%の患者さんと上手く交流や治療ができても、その残り1%の患者さんとどうしても上手くいかないことだって十分あるわけです。

前回書いたような、息子や娘のみならず、他のすべての家族にまでホトホト呆れられているような例はまた特別でマレすが、今回居なくなった患者さんは言ってみればまさしく平成の「山下清」とでも言うべき方でした。

この方は重度の初発糖尿病の方で、全く未治療の還暦前後の男性だったのですが、名古屋市の生活保護課の方が公園で保護し、ある病院へ連れて行って調べたところ何とHbA1cが20%!、血糖値が800mg/dL!という状況・・・。即座に治療開始でした。

しかし、しかし・・・この方にはある問題があって病院にとどめおく必要性を理解してもらうことがまず大変に困難だったのです。問診に入る前から理解力に大いに問題があったので、心理検査を依頼してIQを測定してもらったところ六歳半程度の理解力で成長が停まっているとの回答。
このまま治療に対する理解が得られなければ確実に自分の入院の意味が理解できないこの男性は病院を出て行くこと必定です。病院にいれられて自分が理解できないことをされ、一日数回薬を投薬されるようなことにどれほどの意味があるのか全く理解できなければ、彼にとってはこの病棟における治療も強制収容所程度の感覚でしか無いはずです。

最初はベッドの上で漫画を読んで過ごしていたのですが、あるとき突然、全財産である着替えの袋を背中に抱えて「帰る、帰る」と連呼を始めたりしました。この時は何とか宥めて部屋に戻したのですが、この時点で既に私の内心では「これは無理かもしれない」という気持ちがありました。
しかし彼には実際のところ帰る家など無く、待っているのは路上生活。しかも、病棟では給食後に残飯の中に手を突っ込んで食べるようなこともしておりましたので、そういったことが習い性になってしまっているのでしょう。
無論、そういった知的レベルで路上で生活をしていこうとすれば、当然の如く食の確保という意味では残飯を漁るということなくしては行きてはいけないはずだったでしょうから到底それを責めるわけにもいきません。

こういった方をなんとかして生活保護のセイフティネットの傘の下に入れてあげて余生を福利厚生システムの中で過ごさせてあげたいとひと月頑張ったのですが・・・少しずつ投薬による治療効果が現れ、血糖が安定してきた頃にある朝突然姿を消してしまいました。たった20円の現金を握りしめて・・・。

こういったことが起きた場合にどうするかに関しては既に名古屋市の生活保護課と連絡がついていて、そのまま彼には路上生活に帰って貰うということでした。彼が事故もなく昔の生活をして欲しいとは心の底から願うのですが、コントロールされていない糖尿をこのままにしておくとあっという間に眼、腎臓、心血管、末梢神経そしてケトアシドーシスなどに襲われてどこかの病院にボロボロになって収容されるんだろうなと想像してしまいます。

移送施設のセットアップまで始まっていた時だけに本当に残念でなりませんでした。

自閉症の我が息子の将来と重なり、全く他人ごとではないものを感じた今度の患者さんの脱走でした。
少なくとも彼にまともな親や兄弟がいてくれたらこんな事にはならなかったのに・・・。

執筆: この記事はsmall Gさんのブログ『small G』からご寄稿いただきました。

寄稿いただいた記事は2015年09月17日時点のものです。

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