『薔薇の輪』の謎にぐいぐい引っ張り込まれる!

『薔薇の輪』の謎にぐいぐい引っ張り込まれる!

 クリスチアナ・ブランドは、謎解きミステリー好きの心をざわざわさせる作家だ。だいたい、読む前から作品の評判を聞かされるだけで心が躍ってくるのである。

「最後のページで真相が明らかになるが、不注意な読者だとわからないかもしれない」と言われて読んだのは『疑惑の霧』(ハヤカワ・ミステリ文庫)だった。

「イギリス版とアメリカ版の2通りが出回っていて、内容が違うから両方読まないと駄目だ」と聞いて古本屋を駆けずりまわったのは短篇「ジェミニー・クリケット事件」である。現在は短篇集『招かれざる客たちのビュッフェ』(創元推理文庫)とアンソロジー『51番目の密室』(ハヤカワ・ミステリ)の2冊で読み比べが可能だ。

 その他、瀬戸川猛資が『夜明けの睡魔』の中で激賞した『緑は危険』(ハヤカワ・ミステリ文庫)や渡辺剣次が現代の里程標として名を挙げた『はなれわざ』(ハヤカワ・ミステリ)など、とにかくどの作品もおもしろそうで仕方ないのであった。1980年代までにミステリーファンになった人なら、一度はブランドの洗礼を受けているはずである。最近は品切になっている作品も多いが、中毒患者を増やすために出版社はせっせと増刷を続けてほしい。

『薔薇の輪』(創元推理文庫)は、1977年にメアリ・アン・アッシュ名義でブランドが発表した、長篇ミステリーである。これまで邦訳されなかったことが不思議なほどの、ブランドのよいところが前面に出たミステリーだ。

 ブランドの第一の魅力は、謎解きの興味が小説を前に進ませる力の中心になっていることである。作者はさまざまなやり方でそれをやり遂げようとする。サスペンスという宙吊りの感覚やスリルという背後から迫ってくるものに追われる感覚、はたまたロマンスや薀蓄の力など、頼りにできる要素は数多くあるが、ブランドは禁欲的に謎の不思議さでそれをやり遂げようとする。というより謎に気を取られすぎて、他のことが目に入らない感じなのだ。ブランドの手にかかると、堅固であったはずの舞台にもおかしなところが次々に発見される。謎が次々に発見され、あっというまに世界が信頼すべからざるものに満ちた、危なげなものに変貌してしまうのである。

『薔薇の輪』はこういう状況設定から始まる小説だ。俳優のエステラ(ステラ)・ドゥヴィーニュの人気の源は、彼女の家庭生活にある。体の不自由な娘・ドロレスがいることを明かしており、その〈日記〉をエッセイの形で公開しているのである。現代でもブロガーの人気が本業を上回るタレントがいるが、その先駆けのようなものだろう。ところが、ステラと彼女がスウィートハート(愛しいあの子)と呼ぶ娘の未来に暗雲が垂れ込めてくる。ステラの夫・アルフォンソ(アル)はアメリカに渡ってギャングになり、刑務所に収監されていた。そのアルが特赦で出所し、娘に会いに渡英してくるというのである。彼を娘に会わせたくないステラは気を揉むが、アルは強引に押しかけてくる。

 アルとボディーガードのエルクが、ドロレスの住居である〈ティ・カリアード〉荘に到着したところで騒動が起き、トゥム・チャッキー警部が出馬を要請されるような殺人事件へと発展する。その模様はあえて省こう。初めは自明に見えた事件が、次第に怪しい部分が見出され、不可能犯罪へと変化していく過程はブランドの独壇場といってもいい。

「〜ならば、〜のはずだ。しかし」という引っくり返しが幾度か行われ、ブランド的な「疑惑の霧」に閉ざされた舞台が完成するのが全体のだいたい半分が経過したあたりである。そこからは仮説のスクラップ・アンド・ビルドが行われる。可能な限りの解が呈示され、それがことごとく否定されていく余詰めの快感がブランド作品における謎解きの妙味である。本書の真相は意外なものだが、それが明かされるときの驚きを十分に味わうためには、前段階の仮説検証をきちんと追っていく必要がある。じれったくなって解決篇を先に読んでしまうような読者には、ブランドの魅力は決して理解されることはないだろう。

 とても皮肉な小説でもある。上にも書いたとおり、エッセイをブログに置き換えれば、現代の話としても十分通用する内容だ。人間の醜い心理を、ブランドはいとも容易く暴きたてる。頭のいい人というのは実に怖い存在なのだ。

(杉江松恋)

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