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名シェフが腕によりをかけたメニュー。絶品の素材をスペシャル・コースで!

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 これは嬉しい! 「奇妙な味」のアンソロジー、しかも中村融編の!

「奇妙な味」は江戸川乱歩の造語でもともとは探偵小説の分類のひとつだが、ぼくはジャンルの正統・王道・本格からハミ出すヘンテコな小説はみんな「奇妙な味」だと勝手に理解している。本書に収録された作品も、外形的にはミステリありSFありファンタジイありホラーありサスペンスあり、はっきりと超自然要素が入ったものもあれば日常リアルの地平で了解できるものもある。もともとの発表媒体もさまざまだ。ジャンルに限定されない「奇妙な味」の可能性は無辺だが、そこから逸品を選びだし、絶妙の取りあわせで読者へさしだすのがアンソロジストの腕前である。

 編者あとがきに曰く〔傑作ばかりを集めても、いいアンソロジーができるとはかぎらない。並べ方しだいでは、持ち味を殺しあってしまう場合もあるのだ。逆に玉石混淆でも、並べ方さえよければ、おたがいに引き立てるかもしれない〕。この信念に基づき本書は作品の順番まで考えぬかれている。いわば中村シェフのスペシャル・コースだ。

 たとえば、本書の半ばに収められた(18篇中の10番目)テリー・カー「試金石」。かつて初訳版(安田均訳)で接しているが、こんかい新訳版(中村融訳)で再読してだいぶ印象が変わった。まさしく「並べ方」の塩梅によるものだ。初訳が掲載されたのは〈SFマガジン〉、しかもテリー・カーは小説家の顔よりも新しい傾向のSFを盛りあげた編集者として有名。そんな事前知識があったので、結末であらわれる「醜悪な古いもの」の意味を過剰に見積もっていた。しかし、合理的な解釈がつかない作品が多いこのアンソロジーで読むと、読みどころが変わってくる。一方に日常をしだいに失調させていく謎のお守りの不気味さがあり、もう一方に細かい金勘定をサバサバとおこなう書店主ののどかさがある。このコントラストが絶妙だ。

 もちろん、SF的に解釈するか、奇妙な味にひたるか、どちらの読みかたが正解と決まってはいない。そうした幅を味わうのも読書の楽しみだ。

 ケイト・ウィルヘルム「遭遇」は雪に閉ざされたバス待合室のなか、過ぎゆく時間がたんたんと語られるうちに不協和音が高まっていく。現在進行中の物語と近過去の回想が継ぎ目なしにつながる。視点の取りかたにも仕掛けがあり、一読するかぎりは幻想的な実験小説の趣きだ。しかし、中村融氏は解説で「(読みかたしだいで)非常にSF的な解釈が成立する」と示唆している。そう言われると、作中にいくつかヒントが隠されているようだ。腕に覚えのある読者は挑戦してみては?

 ミルドレッド・クリンガーマン「赤い心臓と青い薔薇」も、解釈を読者に委ねる作品。語り手の中年女性(わたし)が意識を取り戻すと病院にいて、同室になった別の中年女性(ミセス・ベンバートン)が話しかけてくる。語りが二重化されたちょっと凝った形式の小説だ。ミセス・ベンバートンの身の上話はありふれた家族の情景からはじまるが、その輪にひとりの青年が入りこんで不幸がはじまる。「振り払うことのできない闖入者」は奇妙な味の古典であるヒュー・ウォルポール「銀の仮面」の変奏だが、クリンガーマンはさらにその先、日常の底を抜く展開を用意している。

 最初は簡単に回避できると思っていた事態が、底なし沼にはまるようにどうやっても回避できなくなってしまう。その不条理は、イーヴリン・ウォー「ディケンズを愛した男」でも描かれる。構図は「赤い心臓と青い薔薇」と逆で、災難をもたらすのは家へ入ってきた闖入者ではなく家のホストだ。南米奥地のサヴァンナにぽつんと建つ家に、老人がひとりぐらしをしている。そこへ遭難した探検隊の生き残りの男がたどりつく。老人の態度は温厚だ。男が回復するまで面倒を見てくれ、気にせず滞在するよう申しでる。見返りはいらない。ただ、ディケンズを朗読してくれればよい。ディケンズの本はすべて揃っている(蟻にやられた二冊を別にすれば)。ディケンズはいい。何度読んでも飽きることがない……。

 さて、失われた二冊とはなんだろう? もしかするとウォーは正答を用意していないかもしれないし、作品の本筋ともたぶん関係はない。しかし、ついつい読者は考えてしまうのだ。なにか仕掛けがあるんじゃないか、と。そうやってしばし思案を巡らせる楽しみも、奇妙な味の余得だ。

 本書にはそういう深みのある作品だけではなく、豪快ネタが炸裂するアイデア・ストーリーも収録されている。ハリー・ハリスン「大瀑布」はそのタイトルどおり、大瀑布によって上の世界と下の世界が区切られている。下の住人にとっては「上の世界」は確認ができない空想の領域なのだ。極端な世界設定はSFの十八番だが、この作品が面白さはその設定だけではない。大瀑布の権威を自任する男のトボけた素振りだ。滝の上方では尋常ならざる事態が起きているようなのに、それがどうしたとばかり、とくとくと知識を開陳していく。ハリスンらしいシニカルなユーモアが横溢する一篇だ。

 ブリット・シュヴァイツァー「旅の途中で」は、それを上回るバカげたアイデア。直立した身体から頭がもげて地面へ落下してしまった。見渡すかぎり空と大地ばかりで頼れるものは皆無だ。頭は可能な動作だけで(つまり顎・口・歯によって)、身体と再結合しようと試みる。初期のかんべむさしを彷彿とさせるスラップスティックだが、ことさら笑わせようとしないところが(一箇所だけ自分でツッこむくだりがある)、かえっておかしい。

 これ以外にも、運命の巡りあわせをスマートに描くシャーリイ・ジャクスン「お告げ」、意地悪なユーモアが沁みるジャック・ヴァンス「アルフレッドの方舟」、不穏な展開からキレイにオチがつくロジャー・ゼラズニイ「ボルジアの手」、呪術/疑似科学の怪奇に超現実イメージを溶かしこんだフリッツ・ライバー「アダムズ氏の邪悪の園」など、見逃せない作品ばかり。

(牧眞司)

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