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栗原類が発達障害を告白 民放でこれまで同様に振る舞えるか

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 タレント・栗原類がテレビで発達障害を告白したことが話題になっている。勇気ある行動にコラムニスト・オバタカズユキ氏が拍手を贈る。

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 NHKがまたひとつ、たいした仕事をやってのけた。5月25日放送の「あさイチ」(NHK総合)で組んだ「どうつきあえば?夫や子どもの発達障害」特集にタレントの栗原類を招き、彼が発達障害であることの告白の場とした件である。

 番組開始から20分ほど経った頃、キャスターの有働由美子アナが、〈実は今日のゲストの栗原類さんも、実は公表されていないんですけど、発達障害の当事者でいらっしゃる――〉と話を振った。それを受けて栗原類はこう語り始めた。

〈はい、僕がアメリカにいた8歳の時に、ADD、注意欠陥障害と診断されたんです。渡米したばかりで英語がわからないという言語的な問題だけでなく、行動的な面もちょっとおかしいと思った担任の先生が、親に「診察を受けてみるのはいかがですか」と言ってくれ、それでぼくは初めてADDと診断されたんです〉(※適宜、文章整理しています)

 緊張だろう。表情がいつも以上に硬い。でも、両の眼にはいい意味で力が入っている。ガチな覚悟が見て取れる。

 栗原類はこの番組内で、冷蔵庫のお茶の位置がいつもと違うだけで気持ち悪く感じるような拘りが今でもあること、感覚過敏でテレビの大きな音や人の大声が苦手であることなどを明かした。子供の頃に観た魚が主人公のアニメ映画で自分の障害と向き合えるようになったエピソード、自分のできることとできないことを親や主治医がちゃんと言ってくれたからこそ今の自分があるという思いも語った。

 彼に関しては、キャラを演じているというより天然に近い不思議君ぶりを感じていたので、カミングアウトに驚きはしなかった。でも、そのしっかりとした告白には凛々しさがあった。あの栗原類は確実にカッコよかった。

 番組内で一人の医師が〈3歳児検診で発達障害が疑われる率13%。10人に1人よりも多く、これはみんなで考えていかねばならない問題だ〉と言っていたが、世間の理解はまだまだ足りない。発達障害は千差万別で栗原類が抱える困難はその一例にすぎないとはいえ、彼の勇気ある行動はたくさんの障害者やその周囲の者の気持ちを強くさせたことだろう。

 私のツイッターのタイムラインでは、そう簡単に人を褒めたりしない精神科医が〈こういった告白をしてもらえると、患者さんや家族へ、説明しやすくなるのも確か。ありがとうございます〉とつぶやき、大勢がそれをリツイートしていた。番組はNHKオンデマンドでまだ視聴可能なはずだ。できることならNHKには公共の利益のために番組を再放送か無料配信してほしいが、関心のある向きには買って損のない優良コンテンツだと思う。

 私がもっとも感銘したのは、特集の終盤に栗原類がこう述べた部分である。
 
〈基本的にテレビで発達障害を取り上げる時は、天才型や著名人の名前を出したりするから、それを見て「ぼく発達障害?」とか、実際に障害のある人でも相談しにくいところがあると思うんです。やっぱり周りが理解してくれるような環境がもっと整ったらいいなとすごく思います〉

 そうそう、そうなのだ。ここ10年ほどの間に、発達障害に関する情報はずいぶん増えた。しかし、マスメディアがその題材を扱うと、栗原が指摘したような「脚色」をすぐにやってしまう。Aにはそんな障害があった、にもかかわず、こんなに成功したのである!というお決まりパターン。日常生活は滅茶苦茶だったが、驚異的な記憶力や集中力や映像思考力などなどで、彼は彼にしか為しえない偉業を果たしたのです!といった語りのスタイルだ。

 たしかにそう紹介できる成功者も存在する。でも、当然の話だが、発達障害があれば図抜けた他の能力がセットでついてくるわけではない。大半の障害の持ち主は人知れず地味にハンディキャップと格闘している。シリコンバレーでイノベーションをおこしたり、芸術やスポーツなどの才能で世界を感動させたりするのはごくごく一部の天才的発達障害者だけだ。

 なのに、世間は彼らにファンタジックな夢を重ねたがる。奇跡の物語として彼らを消費しようとする。そして、どんなに駄目な人間だって誰よりもすばらしい何かがきっとあるんだよ、みたいな無責任ポエムにつなげてくれる。もともと特別なオンリーワン主義的ポジティブシンキングをおしつけるなよ、と思う。おかげで図抜けた能力を持つでもない大半の障害者の人生が見えなくなっちゃうじゃないか。

 実際はそんなんじゃない。もっと普通に周りから理解され、周りに相談できる環境が欲しいんだ。等身大のぼくらの受け入れから始めてほしいんだ。つまり栗原類はそう訴えたのである。「え~、キャラじゃなくて障害だったの。きつー」とドン引きされかねないリスクを背負い、彼は人間宣言をしたのだ。私にはそう見えた。

 大きな話題になった「あさイチ」放送日の夜、栗原類は「改めて」と題してブログにこういう文章を投稿した。

〈今日のあさイチは多くの人に発達障害について知ってもらう凄くいい機会だったと思います。ご覧頂いた方々の反応も暖かく僕が伝えたかった事をちゃんと伝える事が出来て凄く嬉しかったです。ただ僕は僕であり、今までとこれからが何も違う事はなく僕にとっては一本の道が繋がっていてそこを歩いているだけです〉

〈僕の行動に関して今まで面白いとバラエティで笑ってくれた方々、僕が発達障害者だと知ったから“笑っちゃいけない”とは思わないでください。僕が発達障害者であっても、そうでなくても僕は僕だし、僕の個性が人を笑わせられるほど面白いのであれば、それはコメディ俳優を目指している僕にとっては本望です〉

 彼はコメディ俳優の道を歩きたい青年だったのか。それなら障害のことはグレーにしておくほうが都合良かろうに、あえて告白とは強気だな。では、分かった。観る者が発達障害者だということも忘れるぐらい笑える芝居を楽しみに待とうじゃないか。

 栗原類の挑戦に期待すると共に、これからのマスコミが彼をどう扱うかに注視したい。具体的には、NHKという温室の外、民放のお笑い番組やバラエティ番組といった市場社会で彼がこれまで同様に振る舞えるか、だ。

 一昨年、お笑いコンビの松本ハウスが著した『統合失調症がやってきた』という本づくりに私は編集協力で関わった。本が出て以来、統合失調症のハウス加賀谷とその良き相方の松本キックは、全国の自治体やNPOなどが催すイベントに呼ばれ続けている。舞台にもコツコツ立っている。でも、テレビ出演は、障害者情報バラエティ『バリバラ』(NHK Eテレ)ばかりだ。彼らはとっても面白いのに、フラットにお笑い芸人として起用する民放の番組がなかなか出てこない。

 障害者という線引きを乗り越えるのは、障害者の周りにいる者たちの役割だと私は思っている。栗原類、松本ハウスで視聴率稼ぎを狙う野心家の仕事を早く見たい。面白ければ何でもありの精神で突き進む、この国のお笑いの底力を見せつけてくれ。


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