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【書評】 遺体が教えてくれる「生と死は地続き」という事実

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【書評】『葬送の  仕事師たち』 井上理津子著/新潮社/本体1400円+税

井上理津子(いのうえ・りつこ):1955年奈良県生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者等を経てフリーに。著書に『さいごの色街 飛田』(新潮文庫)、『遊廓の産院から  産婆50年、昭和を生き抜いて』(河出文庫)、『名物「本屋さん」をゆく』(宝島SUGOI文庫)など。

【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター)

 本書は、葬送にまつわる仕事の実態とそれに従事する人々の思いを取材したノンフィクション。取り上げられているのは、葬儀社社員、納棺師(遺体に経帷子などを着せて棺に納める人)、復元師(遺体の顔を生前のように復元する人)、エンバーマー(遺体に防腐処理などを施す人)、火葬場職員などだ。

 著者の取材は丹念で粘り強く、業界外の人間が知らないリアルな話を数多く拾っている。たとえば、遺体は極めて繊細で、触れた手の温かみによってもダメージを受け、腐敗が進んでしまう、死後も髪の毛は伸びると言われているが、皮膚が収縮するため伸びたように見えるだけ、といった遺体の基本知識。

 あるいは、自動的に焼くだけと思われる火葬だが、実は職員が遺体の焼け具合を目視で確認し、焼けやすいように炉の中に長い棒を突っ込んで手作業で遺体を動かしている、残骨や残灰は専門の業者が引き取り、最後は骨粉にして寺院に合祀する、といった火葬にまつわる意外な話。

 著者は、葬送の仕事師たちに机を挟んで話を聞くだけでなく、可能な限りその仕事の現場を見ることにこだわり、いくつかの現場取材を許されている。ある復元と納棺の現場に立ち会ったときには、遺体を見て、驚きを隠せなかったという。〈血の気が完全に消え失せた青白い顔で、白目をぎょろっとむき、口もだらりと開いていた〉〈近づくと、何とも形容しがたい悪臭が漂って〉と書く。

 内臓が腐敗しているため、肌は緑とも黒ともつかぬ色に変色している。そんな遺体に対し、「おじいちゃん、ちょっと痛いの、ごめんね」などと話し掛けながら作業を進めていく。復元によって温和になった顔を見て、著者も思わず「男前になられましたよ」と遺体に声を掛けた。

 著者の文章からは、〈葬送の仕事師〉たちは淡々と仕事をしているかのように想像できる。だが、実際はギリギリのところで心の平衡を保っているのではないだろうか。そして、そのバランスが崩れることもある。

 ある納棺と復元のプロは、東日本大震災のとき被災地に派遣され、棺の蓋を開けた瞬間、遺体の口からいきなり体内に充満していた腐敗ガスと泥が噴射し、反射的に遺体に覆いかぶさった。「これしかできない」自分の無力さを痛感すると同時に、自分の仕事を続ける覚悟ができた、と振り返る。

 稀有な体験談を語るエンバーマーもいる。夫を亡くした妻の希望で、夫の遺体にエンバーミングを施し、夫が好きだった服を着せ、車の助手席に座らせ、エンバーマーが運転して夫婦の思い出の場所をドライブして回った、というのだ。

〈葬式を請け負う人たちにとって、「死」は「生」と“地続き”なのだと私は感じ始めていた〉

 我々の日常は生と死をはっきりと分けて捉え、死を遠ざけ、死を隠して生きている。だが、本当は「生と死の境界は曖昧だ」という葬送の仕事師たちの感覚、死生観こそ、真実を捉えているのではないだろうか。本書を読んでもっとも強く感じるのはそのことだ。彼らの多くが遺体と死に対して謙虚であることも印象的だ。それは生に対する謙虚さにもつながるのではないだろうか。

 本書のテーマ自体は特に目新しいものではない。だが、著者の取材力は素晴らしく、そのおかげで類書に比べて成果は頭抜けている。

※SAPIO2015年6月号


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