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「学校を休んで家族旅行」集まる否定論の発想は前時代的?

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「学校を休んで家族旅行へ行くこと」の是非について議論が白熱

雑誌AERAに掲載された記事を契機に、「学校を休んで家族旅行へ行くこと」の是非についてインターネット上で白熱した議論が展開されています。肯定的な意見として「教科書を読むだけでは得られない貴重な体験ができる」、否定的な意見として「決められた通りに学校へ通うことが教育上重要だ」など、議論百出のようです。個人的な意見としては、「私事を公事に優先させない」という発想は前時代的だと感じます。

そもそも、学校が年間学習予定や時間割を一方的に、しかも全員一律に決めることが当然だという固定観念に違和感を抱きます。さらに言えば、学年ごと教科ごとに年間の授業時間数が一律規定されていることが不自然です。帳尻合わせのために毎年3月近くになると学校の授業が急に速く進んだ、という経験のある人も多いのではないでしょうか。このことからも、制度設計に無理があることは明らかです。

生徒の学力や学習ペースに合わせ個別カリキュラムを導入すべき

子どもたちは百人百様にも関わらず、大人の管理都合により一律した枠にはめ込まれています。全く同じことを勉強しても、30分で理解する生徒もいれば、1時間かけても理解できない生徒もいます。授業時間が45分と定められていれば、前者にとって残り15分は退屈で無駄な時間に、後者は理解不足のまま次へ進むことを余儀なくされます。

そうした問題を解消するためには、学校運営の効率を優先した時間割を廃止し、生徒一人ひとりの学力や学習ペースに合わせた個別カリキュラムを導入すべきでしょう。極論になりますが、何時に登校して何時に下校しようが、そもそも学校へ来ようが来まいが、生徒および保護者の自己責任で判断しても問題はありません。結果的に個人の学力や目標によって何をどの程度勉強するのか自由に設定ができ、旅行や休日も各家庭の都合に合わせてスケジュールを組むことができます。

学校外教育を容認する法案は高く評価できる

そうした意味では、超党派の国会議員が提出を目指す、フリースクールや家庭学習など学校外教育を容認する法案は高く評価できます。教育の手段を「学校へ通う」ことだけに限定せず、遠隔授業、オンライン学習、通信教育なども含めて個人の自由選択に任せ、国は検定試験などで学習の成果さえ認証すれば十分です。

併せて指定教科書制度も廃止し、「いつ、どこで、何を、どのように」学ぶのかは原則として個々人の裁量に任せ、教職員は教育コンシェルジュとして適宜サポートする役割に徹するべきです。

一方で、「個別カリキュラムにして時間割を自由にすると、生徒が怠ける」と懸念の声も上がりそうですが、実際は逆です。「他人は気にせずマイペースで進め」といくら言っても、周りの生徒が何をどこまで勉強しているのか気になり、競争心が刺激されて多くの生徒が自主的に学習を進めるようになるでしょう。

毎年4月に自動的に全員が進級するほうが不自然

当然ながら、個別カリキュラムの導入によって生徒の進捗状況には差が生じます。習字やそろばん、柔道や剣道などの習い事では、老若男女関係なく練習して上達すれば上の級へ進めますが、それと同様に学校教育も科目ごとの達成度に応じて先へ進めるようにすべきです。学力に大きな差があるにもかかわらず、毎年4月に自動的に全員が進級するほうが不自然です。

時間割自由の個別カリキュラムなど、物理的に無理だと思われるかもしれませんが、ICT(情報通信技術)を活用すれば可能です。私自身の取り組みで話せば、生徒個別のスケジュールはカレンダーソフトで管理し、教壇から授業をする代わりに生徒が各自のペースで映像プログラムを学習しています。また、生徒一人ひとりの苦手弱点に合わせてパソコンで演習問題を作成するアダプティブ・ラーニング(適応学習)を実践し、学習報告書をメールで全員に配信しています。適切なリーダーシップのもと、教員の理解と協力さえあれば、技術的には普通の小中学校でも同じことはできるはずです。

(小松 健司/個別指導塾塾長)

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