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助成金カットの文楽人間国宝「助成金に頼る自分らもアカン」

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 歌舞伎、能、文楽など伝統芸能に見いだされる“日本なるもの”をノンフィクション作家・上原善広氏が浮き彫りにするシリーズ「日本の芸能を旅する」。今回紹介する義太夫(文楽)の人間国宝、竹本住大夫氏は、「伝統継承」への危機感を口にする。

* * *
 文楽を騒がせた最近の事件といえば、義太夫の人間国宝、7代目竹本住大夫の昨年の引退だ。住大夫は今年90歳になるが、まだまだ元気だ。

「いやもう、あとの生活が心配で、なかなか辞められんかっただけですわ。ホンマでっせ。文楽は辞めても退職金も出まへん。今でもみんな、日割りでやってますねん。せやから私は、ファンの方々のおかげで、ここまでやってこれたんやと思うてます」

 住大夫の引退の他にもう一つ、橋下徹大阪市長による助成金カットが話題となった。文楽は現在、大阪府・市、国の助成金によって成り立っている。この助成金制度は、1963年に松竹が文楽を手放したことをきっかけに始まったが、住大夫は、助成金に頼っていなかった時代を知っている数少ない生き証人だ。

「助成金に頼ってる自分らもアカンのです。昔は素人義太夫が盛んで、教えることで玄人も食えてた。当時は素人にも横綱、大関とか番付を付けたりして、そら盛んでした。それが戦後になって、組合つくるのが流行ったときに、文楽にも組合ができた。それが三和会で、私もそこにおました。師匠たちは因会をつくった。ようは二つに分かれてしもたんです」

 もともとは待遇改善のために二つに分かれた文楽だったが、それには理由がある。それまでスポンサーだった旦那衆が、大阪からいなくなったのだ。さらに日本が高度経済成長期に入ると同時に、伝統芸能ばなれが一気に進む。

 師匠連が所属した因会には松竹がついていたが、住大夫らが所属した三和会は自主運営だった。住大夫たちは、それこそ東京を始めとする“ドサ回り”をして生計を立てた。

「そら大変でした。何とか掛け合って東京の三越で定期的にやらせてもろたり。地方回りも、文楽は三味線も人形も必要ですさかい、毎回、大移動なんです」

 当時の地方興行は、任侠の親分さんたちが握っていることが多かった。昔はそれこそ「大親分」と呼ばれ、尊敬される大物もいた時代だ。

 住大夫らはそんな親分衆とも渡り合いながら、自主公演を続ける。しかし客の入りが悪いと、宿泊や食事などの待遇が極端に悪くなったという。やがて松竹が経営難になると、文楽も二派に分かれている場合ではなくなる。当時の財界などが掛け合い、大阪府市と国による助成金制度が始まり、文楽も一つにまとまることになる。

「せやけど、今の子(後輩たち)は、“結構すぎて”可哀そうです。私のときは、家の中は貧乏でも、外では高級なところにつれて行ってもろた。今の子はそんな苦労してへん。私はええ星の元で生まれたんでんな」

※SAPIO2015年6月号


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