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帰還ショックに悩む人の居場所 角田光代『東京ゲスト・ハウス』

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Photo credit: Amazon Japan

TRiPORTライターのレティです。

皆さんは「逆カルチャーショック」という言葉をご存知ですか? それは長いあいだ異国に滞在した後、母国に帰ったときに受けるショックのことをいいます。馴染みがあるはずの母国の文化や価値観などに疑問や違和感を抱いてしまう現象で、留学や仕事などで外国に長期滞在をしていた人によく起こるそうです。

では、長い旅をし続けている人も逆カルチャーショックを受けるのでしょうか? 旅人の場合は、必ずしも母国の文化や価値観に対して違和感を抱くわけではないようです。それよりも「旅の生活」から「日常生活」への帰還によるショックを受けることのほうが多いのかもしれません。そしてそれは、旅という非日常的な経験した人と、そうでない人とのあいだに生じるコミュニケーションの問題によって起こるのではなかと思います。

角田光代さんの『東京ゲスト・ハウス』のなかで、まさにその「ショック」、そしてそのコミュニケーションの壁が描かれています。旅好きの人は必見の書物です。

帰国後も旅を続けている人を受け入れる場所

半年間のアジア放浪から帰ってきた主人公アキオは、住む場所もお金もない。以前付き合っていた恋人には新しい男ができ、日本に戻ってきたアキオの居場所はどこにもありません。そこで、アキオは旅の途中で知り合った暮林さんのことを思い出します。カトマンズのホテルの屋上で出会った暮林さんは古い家に住んでおり、部屋が余っているので一泊300円で泊めてあげると以前アキオに言っていました。やむ終えずアキオは成田空港から暮林さんに電話をかけ、部屋を借りることに。そして実際その家に着いてみると、他の客もいることがわかりました。暮林さんは旅で知り合った複数の人にその部屋を貸しているのです。暮林さんが「東京ゲスト・ハウス」と名づけたこの家は、旅から帰ってきても旅をし続けている人を受け入れる場所になっています。

Photo credit: Tatsuya Uchida「ネパールトレッキング(ポカラのゴレパニ、タダパニコース6日間)

旅を語る場所

上にも書いたように、逆カルチャーショックを受ける人は母国の文化・価値観などに馴染めないことで悩んでいます。長い旅から帰ってきた人々の「帰還ショック」とはまた少し違うものでしょう。しかし、逆カルチャーショックとの共通点もあります。その一つにコミュニケーションの問題というものがあります。たとえば、アキオは久しぶりに友だちのハダと飲みに行ったとき、共通の知り合いの恋愛事情について聞かされ、彼の旅については何も尋ねられませんでした。そのとき、アキオは次のように考えます。

ぼくは適当にうなずいてさんまの身をほじくり味噌汁をすすった。なんか違うだろ、と思っていた。ぼくは半年間ここにいなかった。ユキちゃんやサトシや中村とまったく関係ないところにいたのだ。ふつう、どうだった? とか訊くもんではないのか。何かすいごい経験をしたか、どんなところにいったのか、感動的なことはあったのか、やばい目にあわなかったのか、ユキちゃんがだれとやったとかそんなことより、もっと重要な質問があるはずじゃないのか? しかしハダが夢中でしゃべる、サトシやエンドーさんのことを聞いているうち、それらが今ぼくにとって、とっくに捨ててしまった野球カードほどの印象しかないように、ぼくの6か月間もハダにとってはどうでもいいことなのだろうと思えてきた。

その一方で、「東京ゲスト・ハウス」の仲間内では、アキオがそのようなコミュニケーションの壁にぶつかることなく、自分の居場所を手に入れることができます。たとえ暮林さんの家に一緒に住む客に3万円を盗まれたとしても、「旅というものは」と指導したがるうるさい旅のベテランが登場したとしても、そこがアキオの居場所なのです。世界中のゲスト・ハウスで起こり得るトラブルや会話などが「東京ゲスト・ハウス」には詰まっています。つまり「東京ゲスト・ハウス」では、日常生活を送りながら、旅の非日常性も味わい続けることができるわけです。

Photo credit: Haruka Noro「Khushi and Ramly in Nipal

さいごに

角田光代さんは直木賞作家として有名ですが、彼女は旅人、そして旅作家であることも忘れてはいけません。彼女の作品は旅エッセイや旅を描いた小説が多いので、特にアジアが好きな人は今すぐ本屋さんに足を運んでみるべきです。

現実には「帰還ショック」で悩む旅人を受け入れるゲスト・ハウスは存在していないかもしれません。しかし、この本を手に取る読者は「東京ゲスト・ハウス」の人たちとともに「いつも旅の中」に居続けることができるはずです。

【本と旅】ガイコクジンが選んだ「旅に出たくなる本」5選

(ライター:Letizia Guarini)
Photo by: Haruka Noro「Khushi and Ramly in Nipal

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*Tatsuya Uchida「ネパールトレッキング(ポカラのゴレパニ、タダパニコース6日間)
*Haruka Noro「Khushi and Ramly in Nipal

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