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しっとりした情緒、先鋭的テーマ、知的ギミック……さまざまな音色を響かせる名手

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 ケン・リュウは1976年生まれ。2002年のデビュー以来、旺盛に執筆をおこない、発表した短篇はかなりの数にのぼる。そのうちから訳者の古沢嘉通氏が15篇を選びぬき、この日本オリジナル短篇集がつくられた。こうして一冊にまとまったのを読むと、ケン・リュウはさまざまな傾向を書き分けられる才能だとわかる。器用な職人作家という意味ではない。彼独自のテーマやモチーフはいくつかあるのだが、それを小説に展開する際に統御を加え、さまざま音調・色調を生みだす。少し上の世代のグレッグ・イーガン(61年生まれ)やテッド・チャン(67年生まれ)のような読者の脳天を直撃するインパクトはないが、キメ細やかな味わいがある。短篇SFの百花繚乱期だった1950年代に当てはめれば、フィリップ・K・ディック、ロバート・シェクリイ、ウィリアム・テンといったあたりよりも、フリッツ・ライバーやデーモン・ナイトに近い感じだ(この喩えだとかえってわかりにくいかな?)。

 ぼくは日本への紹介された順で「もののあはれ」と「紙の動物園」(どちらも本書に収録)を読んでいたので、ケン・リュウは東西文化の差異を支点としてしっとりした情緒を描きだす作家だと思っていた。

「もののあはれ」では、小惑星の落下で壊滅する地球から、ただ一隻、太陽帆推進式の宇宙船が脱出する。全住人1021名のうち日本人は語り手の大翔(ひろと)だけだ。太陽帆に穴が空き人力で補修するしかすべがない状況で、物語はハインライン「地球の緑の丘」を思わせる感動的な展開を見せるが、ケン・リュウはそこに日本特有の文化・感性を重ねあわせる。象徴的なのは、同世代の少年たちがヒーローによって世界が救われるコンピュータゲーム、あるいは駒の強さの優劣があるチェスを選ぶのに対して、大翔は個性のない石を用いる囲碁を好むことだ。彼は「囲碁の世界観は、すべての戦いを包みこんでいる」と言う。勝つことを目的とするのではなく、要素と要素を結びつけて最適な局面を実現させるイメージだろうか。

「紙の動物園」は、折り紙でつくった動物に命を吹きこむ魔法を持つ中国出身の母親と、アメリカ生まれの息子(語り手)がおり、息子の成長を追って両者の価値観の相違があらわになる。英語を習得しようとせずアメリカ流の生活にもなじまない母。魔法の折り紙よりもスター・ウォーズのアクションフィギュアを欲しがる息子。しかし、母の死後、息子は彼女が背負ってきた歴史に、語れずにいた気持ちに触れることになる。

「もののあはれ」と「紙の動物園」は、さりげない異化効果として漢字(もしくは中国語)を織りこむ手さばき、現在と回想とを滑らかに行き来する叙述など、洗練された語りで読者を作品世界へ引きこんでいく。前者はヒューゴー賞、後者はヒューゴー賞・ネビュラ賞・世界幻想文学賞の三冠を受賞しているが、それもむべなるかな。とはいえ意地悪く見れば、日本文化や中国文化の扱いはほとんどエキゾチックな味付けにとどまっている。

 しかし、ケン・リュウはそれだけの作家ではない。「文字占い師」では、1960年代初期に台湾に滞在したアメリカ人の少女の目に、第二次大戦前からつづく東アジア(台湾・中国・日本)の屈折した歴史が、いたたまれない情景として焼きつく。漢字に宿る深淵な魔法によって過去と未来を言いあてる「測字」がファンタスティックな要素として作中に導入されているが、基調はあくまで重苦しい現実である。

「良い狩りを」では、西欧文明の流入により急速に近代化しゆく香港を舞台に、妖怪退治師の青年と妖狐の娘の運命がもつれあっていく。敵味方の関係からはじまったふたりだが、滅びゆく旧い知識を共有する仲間として惹きつけあうようになる。これは奇妙なラヴ・ストーリー(しかし、ふたりをつなぐものは通常の愛ではない。曰く言いがたい関係が新鮮)であると同時に、パラダイム・チェンジの寓話でもある。”伝説”の言葉で言いあらわされてきた世界が、”科学”の言葉へ置き換わっていく。どちらの言葉も「正しさ」(世界を網羅的に表現する)においては等価の魔法だが、科学のほうがより強力な魔法だ。”科学”が世界を塗り替えるとき、”伝説”に属する主人公たちはいかに生き延びられるか? 土着の匂いが濃い序盤から一転し、物語後半はスマートでオカルティックな都市小説が立ちあがる。

 以上に紹介したのはなんらかのかたちで東洋の文化を扱った作品で、これはケン・リュウの生い立ちを反映している。彼は中国で生まれ、11歳のときに家族と一緒にアメリカへ移住した。執筆は英語だが、中国SFの英訳も手がけている。また、ハーヴァード大学在学中は英文学を専攻するかたわらコンピュータ・サイエンスを受講し、卒業後は一時期マイクロソフト社に在籍した経歴の持ち主だ。

 本書に収録されたなかでは「愛のアルゴリズム」が、認知科学のアイデアを中核にすえた作品。もともと玩具用に開発されたAI搭載の人形が、子どもを失った親のためにヴァージョンアップされ、ついに現実的なチューリング・テストさえパスする。だが、その到達点において、開発者の夫婦(彼ら自身が子どもを亡くしている)はひとつの疑問に突きあたる。私たち人間の感情はAIのアルゴリズムと異なるところがあるのか? ケン・リュウ本人の弁によれば、この作品はテッド・チャンの短篇「ゼロで割る」に通ずるものがあるとのこと。同じ中国系SF作家としてよく引きあいに出されるし、ケン・リュウもしばしばこの先輩作家からの影響を明言しているが、「愛のアルゴリズム」を読むかぎりケン・リュウはテッド・チャンほどラディカルではない。日常的な人間性の範囲を超えず、問題を提示するところまでにとどめている。そのかわり情味のある結末で余韻を引く。

 テッド・チャン作品に通じるという点では、「選抜宇宙種族の本づくり習性」が見逃せない。これは「世代を超えて智慧を伝える」方法の宇宙カタログであり、そのなかのひとつのエピソードが、チャンの「息吹」のアイデアに似ている。ただし、作品全体としてはイタロ・カルヴィーノ『見えない都市』や、ハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』のライト版とも言うべき奇想小説だ。ドライで知的なユーモアが楽しい。ケン・リュウはこんな作風もいけるのか! まったく底知れない。

(牧眞司)

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