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白亜のタージ・マハルと対峙する、アグラの赤いお城に行ってみた

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インドが世界に誇る、大理石でできた眩いばかりの白い墓廟「タージ・マハル」。このタージ・マハルから約2.5キロメートル離れた場所に、「赤いお城」なるものがあることをご存じですか?

この「赤いお城」とは、タージ・マハルと同じくユネスコの世界遺産として登録されている「アグラ城塞」です。

元々は11世紀に原型が築かれていたとされるこの城塞。15世紀-16世紀前半に掛けて北インドを支配したローディー朝がデリーからアグラに遷都した後、このローディー朝の王様たちにより、宮殿、城壁、モスクが増築されました。

そしてこのローディー朝を破り、16世紀~18世紀に掛けてインド大陸で勢力をふるったムガール帝国。中でも、16世紀半ばに帝国を繁栄に導き、現代インド人からも尊敬すべき人物として称えられるムガール帝国の第3代皇帝アクバル大帝は、この城塞を「赤い砂岩」で改装するように命じます。

4000名にも上る大工が日々作業をし続けて、8年の時を経た1573年に、「赤いお城」が完成します。この城塞が最大に広がりを見せた際は、東京ドーム8個分の広さにも及んだそうです。

またアクバル大帝のお抱え歴史家アブル・ファズルの記録によると、当時、5000ものベンガルやグジュラティスタイルの美しい建造物が建てられたとのこと。アクバル大帝の時代、とてつもない規模の繁栄を誇っていたことが伺えます。

その後、アクバル大帝を含めて、3代の王様たちがこのアグラ城を居住の地とします。

その最後の王、愛する王妃のためにタージ・マハルを築いたムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンは、この敷地内にあった建物を幾つか壊し、お城の敷地内に白亜の大理石をベースとした宮殿やお部屋を建築させました。

周りは赤い城壁ですが、一歩中に足を踏み入れると、対照的に白亜の建造物に遭遇するのは、こうした経緯があるためです。

その後、このシャー・ジャハーン帝は、自分の三男であり、第6代皇帝となったアウラングゼーブにより、囚われの身となり、このアグラ城に幽閉されます。そして、自身が命じて建てさせたタージ・マハルを臨む塔にて、その生涯を終えることとなったそうです。

現在もアグラ城塞から、インド北部を流れるガンジス川最大の支流ヤムナー川の先に、白く浮かび上がるようにタージ・マハルを眺めることができます。シャー・ジャハーンがどのような気持ちで、愛する王妃の眠る白亜の墓廟を眺めていたのか、少し感慨に浸りそうです。

さて、大繁栄期には巨大であったアグラ城は、残念ながら、その後のイギリスによる植民地支配時代に多くを破壊をされてしまいました。

とはいえ、現在も、アクバル大帝・シャー・ジャハーン帝時代に建てられたままの城壁、大門、宮殿、塔、庭園、モスクなどが残っています。一部インド軍の管理下にあるものもあり、幾つかを見学ができないものもありますが、それでも十分見応えがあります。インドの歴史や建築様式を知るとても貴重な場所の1つです。

タージ・マハルを訪れる際には、「赤いお城」アグラ城塞にも、合わせて足を伸ばしてみてはいかがでしょうか? 

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